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【蝦夷幽世問わず語り】ウェンユク

ヒトを害し、時には命を奪う大鹿。名前は【邪悪な鹿】を意味する(【ユク】は元々は獲物になりうる動物を総括した呼び名だったが、中でも鹿は狩猟が比較的容易だった為に、いつか【ユク】の語が鹿の呼び名そのものとして定着した)。

〈容姿〉
普通の鹿より体が大きく、そのツノはアットゥシ(厚司織)を織る際に用いる箆を鼻先から額にかけて多数並べたような形をしていると言われる。

〈性質〉
鹿らしからぬ荒々しい性格の持ち主。ヒトと見れば襲い掛かり、鋭いツノで突き殺そうとする。身動きはかなり素早い。また、伝承によってはヒトが巫術でウェンユク(に相似した姿)に変ずる事があり、その際は変身したヒトが女性であっても、牡鹿同様に頭にツノが生えている。

〈備考〉
平取の伝承に登場するウェンユクは、長い年月山に入った人々を襲い命を奪って来たが、イクスレイエと言う名の雄弁な勇者により退治された。弓矢での攻撃が通じない程身動きが素早く、立ち木を隠れ蓑にしながら奇襲を仕掛け襲い来るウェンユクを、イクスレイエは棍棒を作って迎え撃ち、遂には斃す事に成功したと言う。
更科源蔵さんが採話した伝承では以下の内容のものがある。とあるコタンに美しい娘が居り、求婚者が後を立たなかったが、娘の父親は「金の牡鹿、銀の牡鹿と力比べをし、勝った者に娘を嫁がせよう」と言い、その言葉の通りに多くの若者が鹿と力比べを試みたが、あべこべに悉くが殺されて谷底に投げ込まれる始末だった。それを見かねた勇者ポノオタスツウンクルが求婚者の振りをして牡鹿に挑み、捻じ伏せて谷底にあるイルラソプイラ(熱泉で体が溶ける穴)に叩き落とすと、牡鹿は娘の声で悲鳴を挙げながら体が溶けて死んでしまった。実は美しい娘が巫術により鹿に化けていたのだった。

参考資料
アイヌと神々の物語(萱野茂著、ヤマケイ文庫)
アイヌの民話(更科源蔵著、株式会社風光社)

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