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アバター

※注・同タイトルの映画の話ではない。


近頃は現実世界で生きにくい人間が、仮想世界に活路を見出だす機会が大幅に増えたような気がする(勿論、一元に語れない事は前置きせねばならない)。ひとつにはパソコン、タブレット、スマホの普及が急速に進み、それぞれのツールを活用した仮想世界へのアクセスが容易になった事もあるのだろう(流石に本格的にやるとなるとかなりの数の機材が必要になるのだろうが)。
中でも近年、アバターの製作に関しては随分とハードルが下がった気がする。手軽にパーツを組み合わせるタイプの専用アプリだけでも結構な数になろう。自作ともなれば、それはそれで3DCG専用ソフトのラインナップが増えている筈だ。それも、この10年前後の間の話である。
ワタクシが30代の頃、3DCGの技術はまだまだその筋の専門家にしか出来ない分野…と言う認識だったし、アバターを用いてネットの海で何らかの活動を行うとカルチャー…即ち【Vtuber】と言う概念は存在すらしなかった(いや、もっと言えばVtuberの呼称の起源となったYouTuberと言う概念も存在しなかったと思う)。
カルチャーの発達は凄まじく、また恐ろしく早い。それらを思いつき、世に浸透させる人々の強い情熱には頭が下がる。
対して、衰える一方のワタクシにはついて行くのがやっとだ。

ところで、【アバター】と言う呼称の起源はインド神話にあると言う。既知の情報なのだろうが、ワタクシは最近になって知った。

インド神話と言う概念は非常に複雑な歴史を持ち、ひと言で表すのが難しい。此処では、インド神話をおおまかに分けると【ヴェーダ神族】が信奉された時期とそれ以降の新たな神々が信仰された時期とに分けられる点、また近年において特に重んじられる神にトリムルーティ(三神一体)と呼称される三柱の神が存在する事、そしてその一柱に【ヴィシュヌ】(仏教では【毘紐天】(びちゅうてん)と呼ばれる)と呼ばれる神が居る事を、先ず解説するに留める。興味が湧いた方は是非ご自身で調べてみて欲しい。

ヴィシュヌは元来、一介の自然神に過ぎない存在だったが、時代が進むと元々は別の存在だった土着の神々の伝承を貪欲に吸収し、変幻自在の至高神として民衆に篤く崇拝されるようになった。
一神教に置いてはしばしば他の宗教の古き神々は邪悪な存在に落とし込まれ排斥の対象になるが、ヴィシュヌは寧ろ他の神々を【化身】と言うかたちで吸収した上で存続させ、それにより力と信奉者を得たのである。多神教故のおおらかさとでも言うべきか。
そのヴィシュヌが、民衆を救う為に変幻した姿を【アヴァターラ】(Avatar)と呼ぶ。アヴァターラの数や種類は神話や地域により諸説あるが、代表的なものは以下の10の変化である。

1、マツヤ(巨大魚。世界規模の大洪水から人類の始祖を救った)
2、クールマ(巨大亀。宇宙を維持するエネルギーであるアムリタを生成する際、海を撹拌する棒に用いられたマンダラ山を背に負い支えた)
3、ヴァラーハ(大猪。魔族ヒラニヤークシャが大地を海に沈めた時、牙を用いて大地を海から引き上げ、ヒラニヤークシャを退治した)
4、ヴァーマナ(聖仙カーシャパの息子。三界を支配した魔族バリに賭けを申し出、勝利して三界を奪い返した)
5、ヌリシンハ(人獅子。魔族ヒラニヤークシャの実弟ヒラニヤーカシプを倒す為に顕現した。ナラシンハとも。因みにシンハとは【獅子】の意)
6、パラシュラーマ(隠者ジャマダアグニの息子。クシャトリア(武将階級)の悪政からバラモンを救う為に顕現した。因みにパラシュとは【斧】を意味し、その名の通り斧を用いた武術を得手とする)
7、ラーマチャンドラ(コーラサ国の皇子。羅刹王ラーヴァナを倒す為に顕現した。パラシュラーマが存命中に顕現し、パラシュラーマとは争った事もある。叙事詩【ラーマーヤナ】の主人公)
8、クリシュナ(ヤーダヴァ族の王。悪辣な為政者カンサを倒す為に顕現した。またヴェーダ神族の最高神であった雷神インドラへの供儀や苦行を伴う信仰を否定し、愛の力を持って神々と接する事でヒトは神々からも愛される、と説いた。ヴィシュヌの化身の中でも最も有名な存在)
9、ブッダ(シャーキャ族の皇子、後に出家して聖職者に。異端の教えを魔族に吹き込み、魔族が地獄に追放される切っ掛けを作った。仏教の釈迦牟尼仏、つまり仏陀と同一の起源を持つ)
10、カルキ(ヴィシュヌの化身の中では唯一、未来に顕現すると予言された存在。白馬に跨り鋭利な刀を手にした武人、または馬の頭を持つ屈強な武人の姿をし、腐敗した世界を滅ぼし新たな世界を作るとされる)

この【アヴァターラ】の英語読みがアバターである。

電脳の海に置ける仮初め(?)の姿、それに対しインド神話を引き合いに出して【アバター】と呼称した方は良く良く洒落の判る方だと見える。アバターは時に誰かの救いになり(それはそのアバターを用いている人物自身も含む)、時にヴィシュヌの変幻のように自在であるからだ。
因みに、日本ではヒューマノイドタイプのアバターが主流のようだが、海外では動物や恐竜の姿をしたアバターを用いるVtuberの方も居るようだ(因みにこの記事を書こうと思った切っ掛けも、ケラトサウルスの姿をした海外のVtuberの方を見たのがそもそもの事の起こりだった)。この辺も民衆を救う為ならどんな姿に変ずる事をも厭わないヴィシュヌの姿勢に通じるものがある。

ところで、当のインドでは電脳世界に置ける仮初めの姿を【アバター】と呼ぶ事に対してどう言う反応があるのだろうか。残念ながら、そこまでは突き止める事が出来なかった。
ワタクシには、まだまだインドは遥か遠い。

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