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ハト受難

我が家の近所に鳥類保護区があり、そこに野鳥専門の病院がある。

怪我をして持ち込まれた鳥がリハビリしたり、野外復帰が難しい(例えば体の一部を欠損した等の理由で)個体は終生面倒を見る施設だ。

患者は圧倒的にハトが多い。それも公園等で群がっている、所謂ドバト(堂鳩)と呼ばれる濃灰色のあのハトである。怪我の程度もまちまちだが、大抵は何処かしらの器官を失っている個体が多い。脚の指が丸ごと無くなっている個体、片目が失明している個体、原因は判らないが体に麻痺があってまともに歩けない個体…etc。

野鳥病院に拠ると、収容されたハトの中には野良のドバトだけではなく、人に飼われていたレースバトの持ち込みも多いらしい。
何でも野鳥病院には患者として、猛禽に襲われ瀕死の重傷を負ったり、レースの途中で迷子になってしまったハトが持ち込まれる事が少なからずあると言う。
レースバトには大抵身元を示す足輪がつけられている。その足輪から飼い主を特定して連絡すると「飛べなくなったなら無用の長物だからそっちで処分してくれ」と随分な内容の回答が帰って来るのだそうだ。レースバトの飼い主にはそう言うドライが過ぎた冷血漢が多いようで、どの飼い主も判で捺したように同じ反応を示す…との話だった。

ハトを飼い切れなくなったからと言って違法に野外へ放つ無責任な輩も多いと聞く。
そう言えば2008年頃に埼玉と東京の県境で、飛べないように翼の羽毛を切り取ったハトが大量に遺棄されていた事件があった。
2000年代にはこの事件を始め、日本の各地でハトが大量に屠られたり飛べないよう細工をされたりして遺棄される事件が相次いでいる。
いずれも犯人は「その内カラスや猛禽が始末してくれるだろう」とでも考えたに違いない。2008年の事件はハトの翼の羽毛を切り取るだけに留めただけ少しはマシかも知れないが、凡そ根底に流れる精神は同じだろう。 

一時期は「平和の象徴」と言う事で、愛鳥家のみならず一般人にも可愛がられる傾向にあったハトだが、近頃はその傾向が変化しつつある。 
糞害や農作物の食害、更に寄生虫(ハト本体だけではなく、彼等が排泄し、蓄積した糞にも存在する)への懸念から、特にドバトへの嫌悪が高まっている為だ。 

東京では野外でハトに餌をやると、最悪の場合警察がすっ飛んでくるまでになった。怪我をしたハトを獣医が受け入れて治療する行為も禁じられていると聞く。 

日本にはハトを食べる習慣が存在しないので(最も近頃は純粋な野生ハトであるキジバトはジビエとして利用される機会が増えた)、ハヤブサやオオタカ等一部の肉食性鳥類がハトを襲って食べる他、彼等には殆ど敵が存在しない。
その上、ハトと言う鳥は餌、気候などの条件さえ良ければ年に2回以上(多い例では育雛の途中で産卵を続け、年8回繁殖した記録がある)繁殖する事が可能である。その為、年々日本のドバトの個体数は上昇していると思われる。 恐らく、世界的に見たら甚だ稀有に感じられる程、日本のドバトの個体密度は高いであろう(とある中国系タレントが代々木公園に群れる無数のドバトを見て「日本人は何故こんな美味しい鳥を食べないのか、勿体無い」と発言した逸話は、真偽の程は兎も角極めて有名である)。 

その内、絶滅した北アメリカのリョコウバトみたいに、ドバトが空を黒く遮る程に個体数が増える…なんて事があったら些か怖い。 
こんな按配に、ドバトと日本人の関係も昔ほど良好なモノでは無くなってきているのだが、然しそれと「飼い切れなくなったハトを不法遺棄する」事は全くの別問題であり、大いに恥ずべき所処であろう。 

ハトと言うと思い出す事がある。 

高校生の頃、当時住んでいた街に暴力団(近頃で言うところのヤクザではなく、ひと昔前の映画に出てくるような“任侠”を連想いただきたい)の親分さんが事務所を構えていて、その親分さんが大の動物好きだったのだ。
事務所にはスタンダード・プードルとドーベルマン・ピンシャー、シャム猫、そして多数のハトが飼われていた。 

犬は事務所に出入りしている若衆が散歩させたりしていたが、ハトの面倒は親分さんが自ら見ている様子だった。親分さんが手ずからハトに餌を与える光景を一度だけ見かけた事がある。
実際に対話した事が無いので噂話の域を出ないのだが、かの親分さんは常々「俺の事務所が潰れようとも、犬と猫とハトだけは絶対に手放さない」と言っていたそうだ。 

この動物好きの親分さん、年齢的にはワタクシの父よりも上の世代だったようなので、今はもう天に召されているのでは無いかと思う。もしかの親分さんが先に述べたハト受難の事実を知ったら、果たしてどんな反応を示すのだろうか。 

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