麻道日記③

 俺は当時下高井戸に住んでいて、浅川の家まではよく原付で通っていた。家にはいつも浅川以外の連れが何人かいた。男の場合が多かったが、週末はだいたいモデルの女の子が2,3人いた。俺と同じく、ハイになりたい乞食だった。浅川の家に行けば、タダで吸えるから色んな奴がたかっていた。自分と友だちの分はグラム5,000円で引いていた。

アニキの結婚式がハワイで行われた時、夜一人でプッシャーを探し、最終的には翌日そいつと、その買ったネタでワイキキをドライブした。東京はグラム50ドルって教えてやると、日本は高いなって笑われた。お前らマジでいいなってハグして別れて、その夜はホテルでおもっくそ無修正ポルノをみた。兄貴のカードにきっとその明細が入ってたはずだ。ごめんアヤちゃん。おれの義姉さん。

  安定剤を齧りながら現場にくる浅川を見てから、俺の防衛本能が、これ以上つながりを太くするなと言っていた。最初の方はよく浅川の家で吸っていたが、そのうちただ仲の良いプッシャーになっていった。

 とある週末、ネタを取りに行くと、浅川がバッキバキの目で全裸で玄関に立っていた。

後ろでは爆音で、ハウスミュージックがかかっていた。くわえタバコで、ネタの入ったジップロックを俺に差し出した。寝室の向こうから聴き取れないが、男の浅川を呼ぶ声がする。

浅川は金を数えながら、うるせー、今行くって と、タバコの煙に顔をしかめながら、答えた。

「天田くんも入る？いま3Pしてんのよ。」
低い声で笑った。
「今ずっーと、2時間くらい眼球舐めあってんの。」と言って、大オチを言ったかのように腹を折って笑った。
いいよ、じゃあなって、4Pの誘いを断って、拓也ちゃんちへ急ぐ。カッコつけた訳ではなく、ただただビビってしまったのだ。自分が遠いところまで来てしまったことだけは分かった。

 しばらくすると、誰かに起こされた。
じいさんだ。メシだぞって、顎で促された。檻の隙間から赤茶けた固いプラスチックの弁当が配られた。中をみると、ご飯に梅干しにふりかけもついていた。おかずは肉団子やコロッケにきんぴらなんかが入っていた。これは税金で食べられるんだなと、寝起きでそんなことを考えた。
食欲なんかなかったから、途中で残して蓋をすると、じいさんが残すならくれよ、じゃれ合うように言ってきた。

「いいっすよ…」

と、言うとまるで見られたくないように背を向けて弁当をかきこんだ。

それから、格子のむこうも夜になり、点呼がはじまる。番号を呼ばれ返事をする。誰か逃げたことを確認するのではなく、死んでいないかの確認なのだ。

そのあとは一度檻から出て顔を洗い、歯を磨く。歯ブラシとか歯磨き粉は俺の所持金から引かれる。それから布団を檻の外から持ってきて、各自無駄のないように並べる。

 確かにじいさんの言った通り、消灯が9時で、なんもすることないとマジで寝れない。これからのこととか、考え出すと確かに死にたくなる。あの先輩警官の言った通りだった。

 ぱっと目が覚めたら夜中だった。檻の向こうから後輩警官が、俺の顔に懐中電灯をあてていた。眩しくて意図も分からず、布団を被って寝た。

 翌朝、起床の音楽がなり、6時に目が覚めた。それから顔を洗って、布団を外にしまって、檻に戻る。

 ヤクザのおじさんが俺を睨みつけている。
「お兄さん、歯ぎしりすごいね」
檻の外からも、後輩警官が、加わる。
「すごいんだもん、お兄さん。なんの音か最初分からなくて、よく調べたらあんたの歯ぎしりだったわ。それなんともなんない？」

歯医者に行かないゲットーのB-boy(※)なんで、とは言えずしきりに頭を垂れて謝った。

(※inspired from 仙人掌)

7時になると、運動という名目で留置の全員が、四方を高いコンクリの壁で囲まれた、中庭に集められた。そこで、髭剃りをすることが出来る。あと、タバコを吸う者は、自分の所持金から差し引かれるが、その朝の運動の際、2本だけタバコが与えられる。
 俺は髭剃りなどせず、切れたニコチンを早く補充したくてタバコを吸った。約24時間ぶりのタバコだ。当然足にくる。でも最高にうまい。檻は全部で4つあるから、そこにいるのは留置されている全員だ。7.8人いたと思う。中には長くて、警官と和気あいあいと喋る容疑者もいた。他のやつらも一見して俺と同じ底辺をチョロチョロしてるやつに見えた。

 先輩警官がニヤニヤしながら俺に寄ってきて、
「お兄さん、歯ぎしり酷いんだって？部屋変えるか。あと、その髪俺がこれで刈ってやろうか？」
と、バリカンを目の前に持ってきた。俺は当時ロン毛で、普段は髪をゴムでひとつにして結んでいたが、件の自殺防止でゴムを外され、傍目にも鬱陶しかったのだろう。

いや大丈夫ですと、断って二本目のタバコに火をつけた。