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麻道日記

番号で呼ばれる。もう何番だったかは忘れた。随分昔の話だ、あれは5月だった。格子の向こうは春の陽気で、やけに青い空だったと覚えている。

 朝の8時くらいに家に警察がきた。4人くらいだったか。白髪混じりの眼鏡をかけた刑事が、紙を突きつける。俺は動揺していたが、事前にナベさんから電話で聞いていたから合点はいった。どういう経路でどうしてこうなったかも。

 警察を入れると、皆がそれぞれガサ入れをする。俺は動くなと言われたから、フローリングに直接置いてあるソファーに座り、タバコに火をつけて、それをじーっと眺めていた。
タバコをもつ指が震えていた。俺は恐怖と絶望感に打ちのめされていた。

「男の一人暮らしの割に綺麗にしてるな」

刑事は笑いを含んでそう言った。
一通り部屋中を見て、パソコンを押収した。
もちろん俺の部屋からは何も出ていない。証拠は全て捨ててある。

 それから刑事は、逮捕するから署まで来るよう言い、情けをかけてか手錠はしないと言った。

ワゴンに乗せられ警察署まで乗っているとき、甲州街道を新宿方面同じ方向を走っている車のタイヤのホイールが突然外れて、道路を転がっていた。そんな珍しいことが、こんなタイミングで起きるのだなと思った。


 それからはトントン拍子で、容疑者となり、留置に入れられた。

 留置の警察官は二人いた。一人が30代後半のガタイのよい先輩警官。その眼はどこか人を見下した様なサディスティックな色をはらんでいた。もう一人はイケメン風後輩警官。今風な空気感はあるが、組織の中で上手く生きてきた狡猾さをまとっていた。

写真や指紋を取り終えると、身体検査があった。狭い部屋でその二人に見られながら服を脱いで行った。

「若いのに腹巻きしてるの珍しいね、でもそれも預かるから。長い布で、首吊るといけないから」
と、先輩警官が事務的に言う。

「それからその足に付けてる紐も駄目だね。切っちゃうよ」
と、嬉しそうにハサミで俺のアンクレットをたった。願いを込めた記憶はないが、こんな風に切られたものを見て、俺の心は折れた。

 俺が入った檻には既に二人いた。一人は50代後半のじいさん。短く刈り込んだ髪はほとんど白かった。背は小さかったが、筋肉はしっかりあり、肉体労働をずっとしてきた物腰がすぐみてとれた。もう一人も50代くらいのおじさん。白いヘインズから出た腕に和彫りがある明らかなヤクザ。髪は中国人みたいな七三で、でっぷりとした腹と眠たそうな眼をもつデブだった。


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