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麻道日記⑧

 検察から檻に帰り、3日くらい後の夜、若い看守に起こされた。

「〇番さん、接見。」

弁護士はだいたい夜にくる。
というより就寝時間が早すぎるのだ。

「歯ぎしり相変わらず凄いね。」

面会室まで、ずっと嫌味を言われる。

話は変わるが、俺は留置生活を通して一貫して、こういった構図をよく見た。

権力がいかに個人の心を折っていくかの構図だ。

 留置では何日かに一度、風呂に入れるのだが、
時間通り差配しなければならないということは理解しても尚、あまりにも屈辱的だと感じることがあった。

まず、風呂に入っても外から看守が監視している。

そして、使用した最後の者が、洗い場を湯釜の湯で流すよう指示されるのだが、

入り口にサド警官が立ち、端もね、綺麗に流して、と笑いながら言われる。

その間ずっと、こちらは裸で、向こうは制服を着ている。

まだ、一応容疑者なんだけど、と思いながらそれを受け入れる。

こうして人の尊厳を徐々に奪い、心が折られていくシステムになっているのだ。


 三井弁護士は前と同じようなスーツを着て、前より少し疲れた表情をしていた。

「浅川の調べは進んでいるようです。」

同じ検事が扱う事件らしく、三井弁護士は向こうの担当弁護士に連絡をとり、浅川の状況を報せてくれた。

浅川は早くも口を割っているらしい。

まあ、ナベさんや俺に義理だてる必要はない。浅川も身辺を洗われて、懲役に行かないように計算して話しているだろう。

自分はどう立ち回るべきか、
それは既に決めていた。

「自白します。」

弁護士は表情を変えずに、続きを促した。

「検察が持ってる証拠は、多分俺と渡辺と浅川の、取り引きのメールのやり取りで、
細かいところは書いてないと思うんです。
だから、浅川を売らずに自白出来ると思って。」

暗黙のルールがある。パクられてもとにかく入手経路は隠す。誰に教わったでもないが、それは最低限のマナーみたいなものだった。

俺も浅川に義理はない。でもそのルールに従い、浅川を売らない。
もちろん仕返しが怖いという理由も大いにあるが、俺は保身は諦め、想像しうる既定路線を選んだのだ。

そう心に決めたのはいつのタイミングだったかは覚えていない。
そこに確固たる俺の意思があった訳ではない。恐らく、ここに入り、徐々にそこへ流れて行ったのだと思う。

「そうですか、証拠が出揃うまで分かりませんね。では、調書をとったあとは裁判となります。」

散々檻の中で、言われていた通りだった。
恐らくこのまま言われた通りの手続きが進んでいくのだと思った。

「あと、馬場さんと連絡取れました。馬場さんから差し入れの品預かってます。」

馬場ひかりという走り書きの文字、その隣に携帯番号が書かれたメモがボード越しに見えた。

実家の番号と、一か八かで伝えた番号は合っていたみたいだ。


ひかりはその当時付き合っていた女性だ。
俺はひかりに、ナベさんが捕まったことを話していた。

その後数日して連絡が取れなくなったから、
勘がよければ、弁護士から連絡があったときに、状況を理解した筈だ。

逃げることも出来ただろうに、
断れないことを知った上で、連絡をとって貰った。

 ひかりに現金と、ここでの着替えや、その他もろもろをお願いし、差し入れてもらった。

そして、ひかりに、色々な箇所への連絡をお願いした。特に、バンドリーダーのユウジと、近所のマコトちゃんの二人には、パクられたこと伝えて欲しいとお願いした。





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