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凡豪の鐘 #48


七瀬:ふーん.....これをやるんやなぁ....


七瀬は「消える君へ」を短くまとめたプロットをペラペラとめくって見ている。


〇〇:いや.....これをやふんやなぁじゃなくてさ、なんでいるんだよ。

七瀬:なんでって....好きな男の子に会いに来たらあかん?

〇〇:は?

美月、蓮加、茉央:はぁ!?

七瀬:ぷっ笑 あはは笑 冗談やって、皆んな〇〇の事好きやなぁ。

美月、蓮加、茉央:///


思わず立ち上がってしまった3人も、大人しく座る。


〇〇:(俺も勘違いしたじゃねぇかよ) で?なんでこんなとこいんの。

七瀬:夏に来た時に〇〇と美月が演劇部に入ってるって聞いたからな。文化祭で演劇やるんやろうなぁって思って。

七瀬:私の後輩やし、良い物にして欲しいなぁって思って、来たの。

〇〇:そんな暇あんの?

七瀬:女優って一本映画とかドラマ撮ると暇やねん。番宣用のテレビも撮り終わったし。

七瀬:まぁ、元から来ようと思ってたけどな。

美月:七瀬さんが教えてくれるなら心強いです!

茉央:私も! 久しぶりになな姉に会えて嬉しい!

七瀬:ははっ笑 茉央も律も久しぶりやなぁ。


小さい頃から〇〇、律、茉央、蓮加は七瀬とよく遊んでいた。


七瀬:それにしても.....この演劇は、難しそうやなぁ。

〇〇:........わかる。


そう。この演劇「消える君へ」 ほとんどの場面は病院で構成されている。セットはベッド一つと椅子一つ。つまり表現力が圧倒的に要される。


七瀬:この、ヒロイン役は誰がやるん?

美月:私がやります。

七瀬:.........んー....


七瀬は立ち上がって、美月をじっと見つめた。


七瀬:うん。美月でぴったりやな。

美月:良かった......

七瀬:主人公は〇〇やろ?

〇〇:よくわかったな。

七瀬:だって台本の口調が〇〇そっくりやん。

〇〇:................

七瀬:この話は主人公とヒロインが大部分を占めてるからなぁ....蓮加と茉央と律は、学校に出てくる友達役?

〇〇:うん。律は違うけど。

律:俺は一応、この演劇の監督なんだ。

七瀬:監督! 大事だよー?

律:うっ.....頑張ります....


七瀬は再び台本をペラペラとめくり、読み始めた。そして少し悩んだ表情を浮かべ、台本を閉じた。


七瀬:〇〇。これは元ネタとかあるん?

〇〇:......うん。一応小説が元になってるよ。

七瀬:それ、皆んなに読ませた方がええかも。その方が入り込みやすいし。小説ある?

〇〇:.......なんかあるかと思って一応持って来たけど...


〇〇はバックから一冊取り出した。


七瀬:じゃあまだ文化祭まで時間あるから、読んだ事ない人は読もう。


律、茉央:はーい。

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山下宅


〇〇:..........はぁ...


ベッドの上で項垂れる。演目が決まってから憂鬱が止まらない。

かといって、美月と約束した以上良い物にしないといけない。


〇〇:..................


ゆっくりと目を閉じて瞼の裏に、過去の自分を想起させる。もはや小説なんて読まなくとも入れる。


〇〇:.....チッ....んだよ、どいつもこいつもバカにしやがって。

〇〇:別に教室で小説書いてたっていいだろうが・・うおっ!


ベッドから起きあがろうとしたが、バランスを崩して落下してしまった。


ドゴッ


〇〇:いだっ! ........あれ....はぁ....また自力で戻って来れなかったか...


落ちた衝撃でようやく戻って来れた。遠くから足音が近づいてくる音が聞こえた。


ガチャ


美月:な、何の音!? 凄い音したけど!


部屋に入って来たのは美月だった。手には、おたまが握られている。料理中だったようだ。


〇〇:ん、あぁ、ベッドから落ちただけ。

美月:そ、そう.....もうすぐ夕ご飯できるからね。

〇〇:あいよ。


美月は部屋から出て行った。


〇〇:........はぁ....


再び始まる憂鬱。早く自力で戻って来れるようにならないとという憂鬱と、「消える君へ」をやるという憂鬱。 なかなかに解決しがたい物だった。

〜〜

〜〜

美月:パクッ..............

〇〇:ズズッ............


食卓には会話がなかった。


〇〇:........なんか悩んでんのか?


話し始めたのは〇〇だった。


美月:.................

〇〇:ん?.....おーい?美月?

美月:...............

〇〇:美月?


〇〇は美月の目の前で手を振る。


美月:ん.....あ、なに?


気がついたようだ。


〇〇:なにって....なんか悩んでるっぽかったから。


美月:え?あ....単純に聞こえてなかった笑 まぁ、悩んでもいるけど...

〇〇:何に悩んでんの?

美月:.........「消える君へ」のヒロイン役.....なんか演じにくくて...

〇〇:演じにくい?前に自分とヒロインは似てるって言ってなかったっけ。

美月:言ったけどさ.....いざ演じるってなると、表現力とか声とか表情だけでやんないといけないから...それに大好きな作品だから絶対成功させたいし....


美月は箸を置いて節目がちになってしまった。


〇〇:........あの作品のヒロインはな、変な奴だったんだよ。

美月:え?

〇〇:天然だし、マイペースだし....でも時々核心つくようなこと言ってくるし。

〇〇:でも.......優しいってとこは美月に似てるよ。

美月:..............

〇〇:......ってのが、俺が思うあの作品のヒロイン像かな。これで結構演じやすくなったろ。

美月:.......凄いよく見てるんだね。

〇〇:....まぁな笑

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何日か経って、再び演劇に出るメンバーは部室に集まる事になった。


律:よし.....皆んな小説読んできた?

茉央:読んだ!

律:.........めっちゃ良い話だったな.....

茉央:.....私、泣いちゃった....

〇〇:..............


なんとなく複雑な気持ちだった。


律:じゃあ、えーっと......最初は台本読みか。


〇〇、美月、蓮加、茉央は椅子を丸く並べて、台本を手に取った。

台本に書かれているセリフの練習。人によって声の大きさや滑舌などは異なり、自分ではきちんと言葉を発しているつもりでも、他の人が聞いてみるとちょっと聞き取りにくいということもある。このようなことを読み合わせを通じて指摘しあうことが可能になる。

〜〜

〇〇:.........はぁ、お前さ、もっと配慮ってもんがあってもいいんじゃない?

美月:むーりー! だってベッドの上から動けないんだもーん。〇〇は私の足になるのだ!


滞りなく台本読みが進められていく。


〇〇:.....あれ?ここどこだ?

蓮加:チラッ.........ギュッ

〇〇:いっ!.........


〇〇の隣に座る蓮加が、〇〇の太ももを脇腹を思い切りつねる。

どうやらまた入ってしまっていたらしい。


律:ちょっとここら辺で休憩しようか。茉央疲れて来てるみたいだし。

茉央:ふぅ.....誰かを演じるって結構疲れるんやなぁ....

律:あと、〇〇。途中で台本と違う事言うなよ。

〇〇:あ......すまん....。

蓮加:.........ちょっと来て。

〇〇:うおっ!


蓮加は〇〇の手を引いて部室から出て行った。

〜〜

蓮加:ちょっと! どうすんのよ!

〇〇:いやぁ.......すまん....


人気のない所で〇〇は蓮加から叱られていた。


蓮加:台本読みの時点で戻って来れないって......本番どうするの?

〇〇:本番までにはなんとかしないとって思ってる.....

蓮加:はぁ.....本番で「ここどこ?」とか言ったら台無しになっちゃうんだからね?

〇〇:...........はい....。

蓮加:.....美月が本気で頑張ってるんだから、〇〇の演技で台無しにしたら許さないからね?


蓮加もいつになく本気なようだった。理由はわからないが。


〇〇:善処するよ.....

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山下宅


〇〇:ただいまー。

美月:ん、おかえりー。遅かったね。


〇〇は部活の時間が終わった後も、蓮加と二人で自力で戻って来れるように練習をしていた。


七瀬:おかえりー。

〇〇:あ、なな姉。帰ってたんだ。

七瀬:またすぐ東京いかなあかんけどな。


暇だといっても取材やらなんやら入っている為、七瀬は何度も東京と、この町を行き来していた。

〇〇は部屋で着替えを済ませ、ベッドにダイブする。


ボフッ


〇〇:うへぇー.....ダメだぁ。


結局、今日は自力で戻って来れることはなかった。過去に戻るという事は異常に体力を使う。中学時代は〇〇の中で、最も記憶に残り、最も濃い内容を過ごした時期だった。


コンコンコンッ もう寝てしまおうかと思った矢先に扉がノックされた。


〇〇:んー?


枕に顔を埋めながら返答する。


ガチャ ボフッ


〇〇:ん?


自分が寝ている隣に振動があった。目を開き隣を見ると。


〇〇:うわっ//

七瀬:なーんか悩んでる顔してるなぁ。


隣に七瀬が寝ていた。


〇〇:なっ、何してんだよ。

七瀬:んー?なんか悩んでそうだったから話聞きに来た。

〇〇:...................

七瀬:話してみ。誰にも言わないから。

〇〇:...........わかった。


とりあえず誰かに話を聞いて欲しかった。七瀬に全てを話した。あの作品は自分が書いたもので、実話である事。自分の過去に戻ると、自力では帰って来れなくなること。包み隠さず話した。

〜〜

七瀬:...........そっかぁ.....うーん....


七瀬は全てを聞いた後、しばらく唸っていた。何かを考えているようで、苦悶の表情を浮かべていた。


〇〇:まぁ.....自分で何とかするしかないんだけどな。


こんな大女優に苦悶の表情を浮かべさせるわけにはいかないと思い、無理やりこの話を終わらせようとした。


七瀬:......問題は〇〇だけじゃないんやけどなぁ....ボソッ

〇〇:え?

七瀬:........よし!〇〇はこの家を出よう!

〇〇:..........は?

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              To be continued



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