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夏枯れ番地一丁目 #1



カッカカッ カカカッ




チョークによる白線が、黒板に字を浮かばせていく。



教師:ここ大事な所だから。ちゃんとノートに写しとけよー......って...おい賀喜!ちゃんと聞いてるのかー?

遥香:うわぁ! は、はい!すみません!ちゃんと聞きます!

教師:聞いてなかったのか....


驚いて変な声をあげてしまう。一度腰を浮かせて、周りの薄ら笑いに恥ずかしさを堪えながら席に座り直す。


遥香:..............。


でも、窓際に座る私はまた、外に目を向けてしまう。



木々が隆々と生い茂り、緑が動く。川が清らかに流れ、透明な住処を自慢しているかのように、魚が泳ぐ。

鱗を煌めかせながら。


無駄がない程に美しく、鬱陶しい程に暑く、何かが始まるような気配を漂わせ、私の真ん中を毎度通り過ぎていく季節。



この町にもやっと夏が来たんだ。この町で過ごす17度目の夏。



私はこの町の夏が、好きだ。

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キーンコーンカーンコーン


蒸し暑い教室の中に、カーンとチャイムが鳴り響く


教師:よーし。じゃあ今日はこれで終わりなー。

男1:んあー!今日も疲れた....

女1:せんせー!クーラーまだ直らないんですか?

教師:まだ業者入ってないからなぁ。夏休み中には直るんじゃないか?


クーラーは壊れて動かない。まるで僕みたいに。

この蒸し暑い教室で夕方まで授業を受けるのは、もはや拷問だ。


男2:なぁなぁ、〇〇。

〇〇:.....ん?


あまり人と話さない僕にとって、声を掛けられるということは珍しい。思わず間を空けてしまった。


男2:俺さぁ...この前お前がバイトしてるとこ見ちゃったんだけどさ。

〇〇:.......で?

男2:この学校バイト禁止じゃん?先生には言わないからさ...少し金貸して・・

〇〇:貸すわけないだろ。


ザワッ 


蒸し暑い教室の中で、蒸し暑い視線が自分に集まるのがわかる。思いの外大きな声が出ていたらしい。


〇〇:バイトはしてる。でも僕は先生にちゃんと許可をとってる。

男2:き、許可って....あれは確か家庭になんか問題がないとダメだったはず...

〇〇:....それ以上何か言う?

男2:...す、すまん...



全員が暑さから逃れるかのように浮き足立ち、嫌悪感を覚える。


指と指の間が汗で濡れる感覚と、自分だけが夏という大きな乗り物に忘れられている感覚が、気持ち悪く混じり合う。


僕は"この町"の夏が、嫌いだ。

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下校中


ミーンミンミンミン ミーンミンミンミン


遥香:迅!見て! セミいる!

迅:あっぢー....

遥香:もー!聞いてるの!?

迅:聞いてない....なぜなら暑いから...


放課後、私は幼馴染の風立 迅と一緒に帰る。たった一人の....いや一人に"なってしまった"と言った方が正しいか。一人になってしまった幼馴染と、蝉が鳴り響くあぜ道を歩く。


迅:早く夏休み来ねぇかなぁ...

遥香:明日終業式じゃん笑 明後日には夏休みだよ。

迅:よっしゃ!....あ、でも夏休みも部活あるわ...

遥香:夏の体育館のバドミントンとか暑そう....窓開けれない?

迅:そうなんだよなぁ.....あ...

遥香:ん?...あ...


私達は少しだけ早歩きになる。夏休みへの気持ちを語っていたら、もうここまで来ていたようだ。


"音屋敷"


ここら辺の地域ではそう呼ばれている。誰も寄りつかない場所。いわゆる心霊スポットのようなものだ。誰も住んでいない、この大きな屋敷からピアノの音が鳴り響く。そんな噂が後を絶たない。


そんな屋敷の前を通らないと家に着かない。だからいつもここは早歩きをして通り過ぎるのだ。


遥香:........よしっ!

迅:早歩きしたら暑いじゃんかよー。噂も嘘だって...現に聞こえたことないだろ?

遥香:そうだけど怖いじゃん!

迅:もー.....

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遥香:んー.....


ベランダに掛けておいた風鈴がなびき、心地よい音を奏でる。夜は少しだけ冷える。

私は机の上で紙と睨めっこ。どうもここの構図が気に入らない。消しゴムで一旦消して...項垂れる。


遥香:あー....上手くいかない....


机に頬をべったりとつけて、少しの間目を閉じる。


遥香:......ん?


目を閉じると、何か違和感を感じた。


遥香:え....え?...は!?


開いた目を擦って、もう一度現実を確認する。

やはり、色が無い。色を塗ったイラストも白黒、煌びやかな風鈴もただのガラス細工になってしまった。


遥香:ど....どういうこと?


現状の把握に時間がかかる。いくらアニメが好きだと言っても現実に起こると脳がついていかない。

私は急いで色の無い家の階段を降りてリビングに向かった。


遥香:お母さん!.....いない...


リビングには、母も父もいなかった。


遥香:....うぅ....


何もなくなってしまったこの世界に、一人取り残された様で、涙が込み上げてくる。


ガチャ 玄関の扉を開けて、外を確認する。やはり色が抜け落ちている。


遥香:誰かー!!いませんかー!!!


緑だったであろうあぜ道を歩きながら町に向かって呼びかける。

返答はない。


遥香:誰かーー!!!


空虚な世界に、自分の声が鳴り響いているだけだ。


遥香:......どうなってるの....これ...


私はただただ立ち尽くすしかなかった。色と認識できるのは私が着ている服と肌と髪だけ。あとは何も情報がない。

......その時だった。


迅:よう。

遥香:うわぁ!?


後ろから声が聞こえた。心臓が飛び跳ねながら振り返ると、そこには色のついた幼馴染がいた。


遥香:...うぅ...よがっだぁ....迅がいるぅゔ....グスッ

迅:おーおー、泣くなって。

遥香:ごの世界なにぃい....こわいよぉ..

迅:あー....俺もよくわかんないんだよなぁ...気づいたらここにいた。

遥香:じゃあダメじゃん.........

〜〜

しばらく迅と二人で歩いた。この情報のない世界に何か手掛かりはないか。

私は迅の腕をしっかりと掴んで歩いた。


遥香:...色が無いって...怖いね...

迅:ここら辺の景色って綺麗だったんだなぁって思うよな。


あぜ道に緑がない。茶色も。何か大事なものを失ったかのように思える。


ガタッ


遥香:キャァー!

迅:うぉっ!


自分達の雑踏以外に音が聞こえた。音がしたのは、横の廃屋からだった。


〇〇:あ......

遥香:え...あ...〇〇君?...

迅:びっくりした....〇〇かよ...


廃屋から出てきたのは同じクラスの〇〇君だった。


〇〇:..............はぁ...


彼は私達に目もくれず、横を通り過ぎて行った。


迅:お、おい!何かこの世界の事知ってん・・


〇〇は一本の電柱の前で立ち止まった。


〇〇:....一気に3人も......

迅:な、なぁ....ここどこなんだ?

〇〇:.....夏枯れ番地だよ。今日は...夏枯れ番地四丁目だ。



何かが始まりそうで、いつも通り過ぎてゆく私の夏。

何かを始めろと急かしてくるが、そんな気はさらさらない僕の夏。



これは私達に起こった一夏の物語

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              To be continued

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