一度も話したことのない幼馴染と実は両思いだった。
梅雨に入ると髪がうねる。僕はこの季節が大嫌いだ。
〇〇:うー...最悪...
△△:おーおー笑 今日も一段と癖っ毛で笑
〇〇:うるさいなぁ...もう早く終わってくれこの季節...
癖っ毛の僕にとって梅雨は一番早く終わって欲しい期間。朝に頑張ってアイロンで伸ばしたとしても昼にはうねりが発現してくる。
△△:ま、気にすんなって笑 飲み物買いに行こうぜー。
〇〇:んー...
2本の指で髪を挟み伸ばしながら、席を立った。
〜〜
〜〜
ガシャン
△△:お前いっつもそれだな。
〇〇:いいんだよ。好きなんだから。
好きな飲み物は変わらない。好きな食べ物も。自分の好きなことって、そう変わらないんじゃないだろうか。
??:これから昼の放送を始めます。
その声を聞いた瞬間動きが止まった。
△△:おーい、〇〇?早く行くぞ?
〇〇:え?あ、おう。
??:今日の担当は2年1組、久保史緒里です。
教室に戻る途中、放送室の前を通りかかった。
〇〇:あ....
放送室の中では、幼馴染の史緒里が楽しそうに放送をしている姿が見えた。
感想は"綺麗"それしか出てこなかった。
△△:......〇.....〇〇! 〇〇!
〇〇:んぁ?
△△:溢れてる!飲みもん溢れてっから!
〇〇:うわぁ!
夢中で、飲み物を飲んでいたことにすら気づいていなかったみたいだ。
====================================
史緒里とは、小学校の入学式からずっと同じクラスだった。家も隣で顔を合わせない日はない。
しかし、僕たちは一度も言葉を交わしたことがない。いつもすれ違うだけで、目が合うとお互いに視線を逸らしてしまう。
△△:あのさぁ....いい加減話せよ...
〇〇:簡単に言うな!話せるんだったらとっくに話してる!
△△:だって小学校から一緒なん・・
ガラガラガラッ
〇〇:っ.....
昼の放送を終えた史緒里が教室に戻ってきた。数人の友達と明るく挨拶を交わし、僕の前の席に着席する。
それだけで、僕の体には汗が滲む。決して暑さと湿気のせいじゃない。
△△:史緒里さん!昼の放送良かったよ!
史緒里:ほんと!? ありがとう!毎回緊張しちゃうんだよね笑
史緒里が後ろを振り返り、笑顔で応答する。その笑顔を見るだけで心の奥が温かくなるのを感じる。
△△:全然緊張してるようには聞こえなかったけどなぁ...〇〇もそう思うだろ?
〇〇:へっ!? あぁ...いや、まぁ...うん。
史緒里:///
〇〇:///
自分で自分が恥ずかしくなって机にうつ伏せてしまった。
△△:(.........笑)
====================================
放課後
史緒里:だー....もうダメかも...
皆んなが帰った放課後の教室で、私は机に項垂れる。〇〇に話しかけようと思って散った回数は100回を超えてから、もう数えてない。
史緒里:上手くいかない....他の人とは話せるのに..男の子は苦手じゃないのに..なんで〇〇とだけ話せないんだろ..。
わかりきってる事を口に出してみる。話せないのは〇〇に"好き"という感情を抱いているから。"あの時"からずっと。
史緒里:....覚えてるかな。
〜〜
あれは小学校6年生の時、今と同じ梅雨の時期。
史緒里:(傘忘れちゃった...どうしよ...)
降り注ぐ雨の中、どうやって家に帰ろうかと昇降口で迷っている時だった。
△△:あれ?〇〇、傘は?
〇〇:え?あー.....忘れた!
△△:〇〇もかよー! じゃあ走って帰ろうぜ!
〇〇:おう!
史緒里:うわっ!
△△:あ!おい〇〇!史緒里さんにぶつかんなよ!
〇〇:ごめんごめん。
史緒里:はぁ.....え?
〇〇:よしっ!行こうぜ△△!
△△:走れー!
無邪気に〇〇は雨降る道へ駆け出して行った。ぶつかった事を謝ると同時に、私の手元に折り畳み傘を残して。
〜〜
史緒里:ささいな事だけど...あの時から〇〇はずっとかっこよかったなぁ...
まだ、あの時の傘は返せていない。
〇〇:ぶへー...部活疲れたぁ...
史緒里:へっ!?
〇〇:うぇ!?
教室に入ってきたのは〇〇だった。どうやら部活終わりで教室に用があったらしい。
史緒里:.......
〇〇:.........
ザーー.....ザーー.....
沈黙を切り裂くように、さも優しさかのように、雨の鼓動が響く。
時計を見るともう7時に近い。
史緒里:あ、傘忘れた...ムグッ!
急いで自分の口を塞ぐ。咄嗟に口を突いて出てしまった。
ゴソゴソ
程なくして後ろの方から音がした。後ろの席の〇〇が帰り支度でもしているのだろうか。
何か一言でも...「じゃあね」でも「また明日」でも...言えれば良かったのに。
自分が嫌になって、私は机に突っ伏した。
史緒里:(.....ん?)
突っ伏した机越しに、微弱な振動を感じた。何か机の置かれたのだろうか。
私はゆっくりと顔を上げた。目の前に置かれていたのは、折り畳み傘だった。
ガラガラガラッ!
史緒里:あっ!ちょ、待っ・・
声を置き去っていくように〇〇は教室から出て行った。私は窓際に行き、下を見下ろす。
眼下には、ずぶ濡れになりながら走る〇〇がいた。
史緒里:あぁーーー!!
私は顔を手で覆い隠しながら、その場にしゃがみ込んだ。
申し訳ない気持ちでいっぱいなのに。お礼も言えてないのに。前に借りた傘も返せていないのに。
どうしよう、彼の優しさに充てられるだけで、こんなにも嬉しいんだ。
====================================
〇〇宅
〇〇母:あんた!また傘忘れて!小学生の頃からなんにも変わってないんだから!
〇〇:わかったって! 次は忘れないから!
〇〇母:そう言ってあんたまた・・
バタンッ!
母にまた何か言われる前に部屋に入った。風呂上がりの髪を乾かさないまま、ベッドにダイブ。
〇〇:....はは笑
笑いが込み上げてくる。理由は決まっている。傘を貸してあげたから。今まで一度も話した事のない幼馴染に。
これは大きな進歩と言って良いんじゃないだろうか。
〇〇:よっと...
ベッドから飛び起きて窓際に向かう。カーテンを開けて隣の家は史緒里の家。手を伸ばせば届くんじゃないかというほど近い。
ザーー
まだ雨は降っている。
〇〇:このままずっと降っててくれないかな...
そしたらまた傘を貸せるし。
でも何となくわかっていた。きっと史緒里は俺のことなんて何とも思っていない。ただの隣人でクラスメイト。そう思っているに違いない。
なんだか虚しくなって窓を閉めようとした、その時だった。
パッ
史緒里の部屋の電気がついた。
〇〇:っ!
急いでカーテンを閉めてしゃがみ込む。
ガラガラッ 史緒里の部屋の窓が開く音がする。
〇〇:(やっば...自分の部屋の窓閉めんの忘れた)
史緒里:あーあ...また今日も話せなかったな...
どうやらあっちは気づいていないみたい。....でも誰と話せなかったんだろう..。もしかして好きな男でもいるのか!?
史緒里:傘も借りたの2本目だし...むー...どうしよ..
〇〇:(傘は...俺が貸したはず...あれ、これ俺のこと言ってる?いや、ないない。あるわけない)
史緒里:よしっ!明日こそは...明日こそは大好きな〇〇と話せますように!
〇〇:えっ!?
急いで自分の口を押さえる。
ガラガラッ
史緒里の部屋の窓が閉まっていく音が聞こえる。
〇〇:(大好きなって...大好きな〇〇って....)
ピシャッ 窓が閉め切られる音と同時に、俺は口を解放した。
〇〇:両思いってこと!?
〜〜
史緒里:はぁー! 緊張した...ちゃんと..伝わったかな//
====================================
翌朝
〇〇母:あんた、傘持ったのー?
〇〇:持ったよ!うるさいなぁ...行ってきまーす。
玄関を閉める。雨こそ降っていないが、湿気で髪がうねる。
〇〇:んー...
昨日とは違って何故か、"梅雨"という時期が早く終わって欲しいとは思えなかった。
ガラガラッ 隣の家から音が聞こえる。
〇〇:あっ...
史緒里:あっ...
まともに顔を合わせることはできない。昨日の事を思い出すと、口角が上がるのを抑えられない。
俺は口を手で隠して、少し俯きながら歩き始めた。
〇〇:........ん?
歩き出した足を止めるかのように、後ろから何かに引っ張られる。
後ろを見て確認すると、小さな手が俺のワイシャツを引っ張っていた。目線を上に動かす。
そこには小さな折り畳み傘でも、隠れる程に小さい顔の、史緒里がいた。
まぁ実際に隠してるんだけど。
史緒里:あ、ああ...あの!かか、か傘!返す!
〇〇:あ、ありがとう...あ、おはよう、あ、今更か...でも今会ったばっかか...あ、いやごめん//
自然と早口になってしまう。どうしようもないくらいに恥ずかしい。
史緒里:その....ね? 今日も傘忘れちゃって...忘れたというか意図的というかモゴモゴ
〇〇:ん?
史緒里:だから!その...今日も傘貸して欲しいっていうか...
〇〇:え?あ、まぁいいけど...
そんなもんいくらでも貸す。
史緒里:でも、それだと〇〇が濡れちゃうから..んーと...い、いい一緒に傘入って帰りたいっていうか!
〇〇:え、えぇ!?// いやそれは...願ったり叶ったりというか..
史緒里:や、約束!
梅雨って不思議。あんなにも嫌っていたのに、今はこんなにも愛おしく思っている。
〇〇:一緒に...学校いく?
史緒里:う、うん!
そして明日もまた
俺は、傘を持っていく。
私は、傘を忘れる。
====================================
Finish
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?