見出し画像

凡豪の鐘 #49


〇〇:まじで無理言ってごめん。

律:いいよ笑 楽しいし。荷物そこ置いといてー。

〇〇:さんきゅ。


〇〇は五百城家にお邪魔していた。お邪魔と言っても、今日から何日間も住む事になるのだが。


律:茉央も喜んでるし.....でも急になんで?

〇〇:あぁ.....ちょっとなな姉がな・・

〜〜

昨夜


〇〇:なんで俺がこの家を出て行かないとダメなんだ。


〇〇は七瀬から、この家を出る事を提案された。訳がわからなかった。


七瀬:私もこの小説読んだんやけどさ、〇〇とこのヒロインは一緒に住んでなかったんやろ?

〇〇:まぁ....うん。

七瀬:じゃあ役作りとしては、一緒に住んでたらダメやなぁ。

〇〇:いや、何もそんなに役作りしなくても...

七瀬:ダメだよ。

〇〇:え?


七瀬は〇〇の方を真剣な眼差しで見つめていた。


七瀬:この公演は.....本気でやるんや。

〇〇:え、あ...........わ、わかった。


気圧されてしまった。なんでこんなにも七瀬は本気なんだろう。


七瀬:それとな、この小説に書ききれてないこともあるやろ?

〇〇:......まぁな。

七瀬:それも....どっかのタイミングで話しておいた方がええんとちゃうかな。

〇〇:.................

〜〜

とまぁ、こんな具合で今は五百城家に居候させてもらってると言う訳だ。


茉央母:よく来たわね〜! 部活の合宿だって?


五百城家の母には、演劇部の合宿ということで通せた。天然である為、〇〇一人だけで合宿という訳のわからないことも疑う様子もなく押し通すことができた。


〇〇:お世話になります笑 お金はちゃんと入れますんで、よろしくお願いします。

茉央母:お金なんていいのよ〜。それにしても......久しぶりねぇ.....東京に行ってたんだっけか。

〇〇:久しぶりですね笑 東京に4年.....ですかね。元気でしたよ。

茉央母:それは良かったわ! 元気が一番だからね!

〇〇:あの....お父さんは?

茉央母:あぁ! 元々旦那の出張についてきてこの町に来たんだけどね。3年前くらいからまた出張行ってて。子供達も大きくなったしって事で単身赴任してるの。

〇〇:へぇー!そうなんですか。

律:なぁ.....母さんに〇〇、もう食べようよ....

茉央:お腹空いたよー!


食卓にはてんこ盛りのご飯とおかずが並んでいた。


茉央母:あ、ごめんなさいね笑 食べましょうか。

一同:いただきまーす。

====================================

〇〇:...........はぁ....うまくいかねぇ。

律:もっかいやる?

〇〇:いや......ちょっと休憩。


〇〇と律は部屋で演技の練習をしていた。


コンコンコンッ


律:はーい。

茉央母:お風呂いいわよー。

律:はいよー。.....〇〇入る?

〇〇:いいよ。律入ってこい。俺最後に入るわ。

律:おっけ。 じゃ、ちょっと休憩してて。


律はパジャマを持って部屋から出て行った。


〇〇:ふぅ.......くそー....


見慣れない天井を仰ぎながら演技について考える。今まで小説を中心に置いて、演技は付随したものとしてしか考えたことがなかった。

演技の為に、演技を中心として考えることは初めてだった。


コンコンコンッ 再び部屋のノックがなった。


〇〇:はーい。


ガチャ


茉央:入って....いい?

〇〇:あ.......おう。


部屋に入って来たのは、髪がまだ濡れて、パジャマ姿の茉央だった。

茉央は〇〇が座っていたベッドの横に座った。


〇〇:どうした?

茉央:んー.....なんか〇〇と話したくて。

〇〇:それだけかよ笑


なんだか風呂上がりの女子が隣にいるという事実で少しだけ緊張した。普段は意識なんてしないのだが。


茉央:お泊まりなんて久しぶりやなぁ.....

〇〇:お泊まりっていうか、これから何日もいるけどな笑 最後に茉央の家に泊まったのは....小6のころかなぁ。

茉央:〇〇が中学から東京に転校するって聞いて...最後にってことで泊まりに来たんやったな。

〇〇:よく覚えてんなぁ笑

茉央:だって....その頃から好きやったもん//

〇〇:あ....いや......ありがとう//

茉央:へへ// 今も好きやけどな。

〇〇:.....そんな好かれるような奴でもないんだけどなぁ笑

茉央:そんな事ないで! 〇〇は優しいし、かっこいいし、大雑把だし。

〇〇:.....ん?最後悪口じゃね?

茉央:あはは笑 ごめん笑 ........でも「消える君へ」の主人公って....〇〇に似てるよなぁ。

〇〇:..........そう?

茉央:うん。そっくりやで。性格からなにまで。

〇〇:.....そっくり....今の俺とも?

茉央:なんやその質問笑 中学の頃の〇〇知らんし。今の〇〇と似てるって事を言ってんねん。

〇〇:............そうか。.......なんとなくわかった気がする。

茉央:へ?

〇〇:ん、こっちの話。

茉央:そか。


そこから律が風呂を上がるまで、茉央とは色々と話をしていた。

〜〜

〜〜

〇〇:ふぃー......良い湯だった。


友達の家に泊まるということだけで気分は高揚する。風呂に入っている間もなんとなく落ち着かなかった。


茉央母:ん、おぉ....良い湯だったぁ?

〇〇:あ、はい。......酔ってます?笑

茉央母:ちょっとだけねぇ。


律の部屋に戻る為にリビングを経由すると、缶ビールを持った茉央母がいた。顔は少し赤く染まっている。


〇〇:ははっ笑 なんか新鮮です。

茉央母:なにがぁ?

〇〇:家に酒飲む人が普段いないんで。

茉央母:〇〇君も飲むぅ?

〇〇:飲まないっすよ笑 未成年です。

茉央母:ごめんごめん笑 ......ねぇ〇〇君?

〇〇:はい?

茉央母:ありがとうね。

〇〇:え?


茉央母は急に真剣な顔をして、〇〇に語りかけた。


茉央母:いじめ。茉央を助けてくれたんでしょ?律から聞いたわ。

〇〇:あぁ.....まぁ、当然のことをしたまでです。

茉央母:私は気づけなかったから........それにしても...〇〇君は小さい頃から変わらないわねぇ。

〇〇:そうですか?

茉央母:うん。ずっと優しいし、人の事をよく見てるわよね。人の気持ちをよくわかってる。

〇〇:..............

茉央母:ま、少し大雑把だけどねぇ....

〇〇:おばさんまでそれを言うんですか笑

茉央母:あら、もう誰かに言われちゃったかしら笑 まぁ.......これからも律と茉央を頼むわよ。

〇〇:まぁ、頑張ります笑 じゃおやすみなさい。

茉央母:おやすみなさーい。


〇〇はリビングを後にした。大きくなったと言っても高校生二人。まだ手がかかる歳だ。女性一人で育てる、大変な事だろう。

〇〇は尊敬の意も抱いていた。

====================================

何日か経った。文化祭はあと2週間後まで迫っていた。

今日まで、〇〇は学校以外で美月とはあっていない。むしろ話してもいなかった。部活にも〇〇は行かず、律の家で演技の練習をする。

美月は部室と自宅で七瀬と共に練習していた。

〜〜

〜〜

七瀬:よし、そろそろ通し練習しよか。

美月:はい! ......あ、でも〇〇君が....

七瀬:大丈夫。今日は呼んでるから。


ガラガラガラッ


〇〇:うぃーす。

蓮加:あ、来た。


〇〇は椅子を持って輪の中に座った。


七瀬:じゃあ、台本見ながらでいいから、演じながらやってみよか。


皆んなは台本を開き、演じ始めた。

〜〜

話は進んでいき、前回台本読みをした所まで進んでいく。

次は〇〇の台詞。前回は戻って来れなかった。

〇〇:.........はぁ、お前さ、もっと配慮ってもんがあってもいいんじゃない?

美月:むーりー! だってベッドの上から動けないんだもーん。〇〇は私の足になるのだ!

蓮加:チラッ


横に座る蓮加は〇〇の様子を見ている。


〇〇:......ったく、仕方ねぇなぁ。

美月:へへ笑 結局いつもやってくれるよね笑


滞りなく演技は進んだ。むしろ、数段演技の深みは増していた。

その後も滞りなく進んでいく......はずだった。

〜〜

〇〇:あ.......うぁ....グスッ

茉央:えっ!?

〇〇:ごめん....ちょっと止めて。


〇〇が突然泣き始めてしまったのだ。


七瀬:どうしたん。

〇〇:いや.....ごめん。ちょっと外の空気吸ってくる。


〇〇は逃げるように部室から出て行った。


蓮加:........私、様子見てきます。


追って蓮加も部室を出ていく。


美月:.....どうしたんだろ...〇〇。

茉央:役に入りすぎたとか?......っていうか!美月さん、すっごく演技上手いです!

美月:え、そ、そう?

茉央:はい! なんか....小説のヒロインそのものって感じでした!


明らかに美月の演技力は上がっていた。いや、演技力というより、ヒロイン役特化型だった。


七瀬:私と一緒に特訓したもんなぁ......まぁ、美月は元からこのヒロインと似てたから入りやすかったからかもしれんけど。

〜〜

〜〜

〇〇:はぁ.....グスッ....うぁあ.....


屋上まで来てしまった。止めどなく溢れる涙を指で拭う。


蓮加:.......なぁにしてんのよ。

〇〇:あ........


追ってきたのだろうか。後ろに立っていたのは蓮加だった。泣き顔を見せたくない為、少し下を向いて涙を必死に拭う。


蓮加:.......どうしたの....急に泣いて。

〇〇:.......ごめん。

蓮加:演技良かったよ。自力で戻って来れてるし。.....なんかあったの?

〇〇:......美月が....グスッ

蓮加:美月?


蓮加は〇〇の背中をさすりながら聞いた。


〇〇:......祐希に...

蓮加:祐希って....ヒロインの名前?

〇〇:うんグスッ.....美月が....美月が祐希にしか見えねぇんだ...

蓮加:え........

〇〇:仕草も.....声も...何もかも....祐希にしか見えねぇんだ。

〇〇:........このままだと....演技できねぇ...

蓮加:..........〇〇......


〇〇が自力で戻って来れるようになったのは、過去に戻ることをやめたから。過去の自分でも今の自分でも結局は自分。茉央に気づかされた。潜ることはやめ、過去の記憶を何度も反芻させた。

それが原因だった。過去の記憶が、美月の演技力によって、完全に重なってしまった。

悲痛な叫びだった。

====================================

              To be continued



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?