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凡豪の鐘 #55


シューーーー ゴトンゴトン


景色が移り変わってゆく。新幹線というのは、こんなにも早いモノなのか。修学旅行の時とは段違いのスピードで進んでいる気がする。

懐かしい景色が近づいてくる。今までいた町が、もう遠い記憶に感じる。意図的に遠い記憶にとして仕向けているのだろうか。

気を抜くと、あの家での思い出がひっきりなしに頭へ流れ込んでくる。


美月:......................


新幹線の車窓に目を向けながら、頬には一筋の涙が流れ落ちた。

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〇〇へ

 突然家を出ていってしまってごめんなさい。元々は〇〇の家だし、一人になって寂しいかもだけど自由に使ってね笑
 文化祭、あんなに練習したのに最後の最後で台無しにしちゃったね。本当にごめん。蓮加と茉央、それに律君にも謝って置いて欲しい。
 それと、〇〇には言わないといけないことがある。私は....祐希さんと同じエンプティシェル症候群なの。養護施設の保母さんに無理をいって、残りの余命を自分の好きな場所で過ごさせて貰ってた。偉大な小説家さんが生まれたあの街で。君と出会えて本当に良かった。最初は嫌いだったけどね笑.....だからこそ、私は君と一緒に居てはいけないと思ったんだ。2度も君にあんな思いはして欲しくない。この手紙だけを置いて、この家を出ていく私をどうか許してください。
 最後に、七瀬さんに伝えて置いて欲しいことがある。七瀬さんとの「〇〇のことを好きになってはいけない」という約束を私は守ることが出来ませんでした。.....ごめんね、最後の最後まで、こんな伝え方しか出来なくて。


元気でね。美月より。

〜〜

〜〜

涙は出なかった。手紙は所々湿っていて、殴り書きだ。泣きながら書いたんだろうか。もう...美月がどこに行ったのかもわからない。


〇〇:...............寝よ。


〇〇は美月の部屋を出て、自室へと戻る。ベッドへと突っ伏す。

......美月が祐希と同じ病気?あり得ない。世界でもまだ数人しか確認されていない病気だ。その病気にかかった人が俺の前に二人も現れるのか?だとしたら神様のイタズラも度がすぎる。

気づいていたんだ。美月が初めて気を失った日から、否応にも頭にはエンプティシェル症候群が浮かんでいた。そんな訳はないと思っていても、頻繁に塩と砂糖を間違えること、突然俺の呼びかけに応じないこと、何もないところで転んだりすること....美月のそういったところを見て、予感は確信に変わっていった。

でも、目を背けて、確信に辿り着くのを阻止すること以外、俺は俺でいることが出来なかったんだ。

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文化祭から1週間。いつも通りに日々は続いていく。


麻衣:出席取るよー。.....えーっと...休みは〇〇だけか...。

美波:えっ? 


麻衣の口から告げられたのは、〇〇だけが欠席。このクラスにはもう一人、学校に来ていない人がいるのに。


麻衣:....えっとね、皆んなに一つ伝えないといけないことがあるんだけど.....


麻衣が少し悲しい表情をしながらも教壇に立っている。


麻衣:山下美月さんが転校する事になりました。

一同:えぇ!?


クラス中が一気に騒がしくなる。


麻衣:急な出来事だったの。美月さんの都合で、もう転校しちゃったからお別れもできないんだけど....

美波:......................

律:..................


クラス内では様々な憶測が立っていたが二人の耳には全く入ってきてはいなかった。

〜〜

昼休み 何の打ち合わせもしなくとも、皆んなは屋上へ集まった。


蓮加:.......聞いたよ。転校だって?

美波:......うん。

茉央:私達にも、何も言わずに転校って......


暗い空気が充満していた。


律:.......〇〇が1週間来てないのも気になる。....LINEしても返ってこないし...

茉央:え....〇〇、学校休んでるん?

律:うん.....


〇〇は文化祭が終わってから、学校へ来てはいなかった。


美波:〇〇君.....何か知ってるのかな....。

蓮加:...わかんない....でも...今日放課後行ってみよう。〇〇の家に。

律:.....そうだね...。


正直に言って、あまりに突然すぎる出来事が起こっている。律達の頭の中もぐちゃぐちゃだった。

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〇〇:ん......ふぁあ...今、何時だ...


ベッドから体を起こし時計を見る。時刻はもう17時。文化祭の日からずっとこんな生活をしている。ペンと原稿用紙なんて見てもないし、持ってもいない。


ぎゅるるるるるる


〇〇:......腹減った。


頭には何もない。そんな感覚。何も考えようとも思わないし、何も思考が浮かんでこない。死んだまま生きている、そんな感じ。でも.....腹だけは減った。


〇〇:カップラでも食うか。


2日ぶりの食事だろうか。少しだけ軽くなった体を部屋から出し、キッチンへ向かう。湯を沸く様子をじっと見つめる。


〇〇:...........ズズッ


ラーメンをすする。だだっ広い家のキッチンで一人。目の前にはいつも居たはずの人影は、元から存在していなかったかのように消えている。


ピンポーン インターホンが鳴った。出る気は全くない。


ピンポーン ピンポーン ピンポーン


〇〇:.....はぁ....麺のびんだろうが.....


あんまりしつこいもんだから、体を玄関へ向かわせる。


ガチャ


〇〇:.......何すか....あ....

律:よ!〇〇!.....って...大丈夫か?


玄関の扉の先にいたのは、律、美波、蓮加、茉央だった。

〜〜

〇〇:何しに来たんだよ...

律:何しにって.....お前1週間も学校来ないし...美月さんもいきなり転校するしで..大変だったんだよ!


リビングに5人が座る。


〇〇:......美月?

美波:え?何その反応...


美月とは誰だろう。覚えていない。


蓮加:〇〇.......大丈夫?

〇〇:何が......はぁ.....ちょっとトイレ行ってくる。


一体何したんだこいつらは。勝手に俺の家に入り込んで来やがって。

トイレを済ませて、手を洗う。その時不意に洗面台の鏡にうつる自分の顔が目に入った。


〇〇:..............え?


誰だこいつ。顔はやつれ、髪もボサボサ。清潔感もないし、目に光がない。

鏡に手を合わせ、本当に自分であるかを確認する。確かに...鏡にうつっているのは自分だった。


〇〇:あ......ぁぁあああぁぁあ!!!


全部思い出した。また現実から逃避していた。


蓮加:ちょっと!どうしたの!?


〇〇の絶叫を聞いて、蓮加が駆けつけた。よろめく〇〇の体を必死で支えている。


〇〇:美月が.......美月がぁぁああぁぁぁあああ!!!

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美月:....................


少し高い所に位置する病室の窓から下を見下ろす。どこの学校に通っているかはわからないが、ランドセルを背負った小学生が楽しそうにはしゃいでいる。


看護師:おはようございます。

美月:あ、おはようございます。

看護師:調子はどうですか?

美月:..........変わらず...味覚だけがないです。

看護師:そうですか........また何かありましたら、遠慮なく言ってくださいね?

美月:はい。


毎朝同じ会話。同じ会話をするしかないのだ。何故なら治療法もわからないのだから。


ガラガラガラッ 再び病室の扉が開く。


美月:あ....

保母:どう?調子は。


病室に来たのは保母だった。私の親代わりの人。


美月:変わらず元気だよ! もう元気有り余ってるくらい!


この人の前では、元気な姿を見せていたい。


保母:.......元気じゃないのは知ってるのよ。美月ちゃん。

美月:え.......

保母:美月ちゃんを育ててきたのは、私なんだから。弱音を吐いても、良いのよ。

美月:..............グスッ


良かった。まだ人の温かみは感じれるし、涙も出る。この病気にかかると、感情にも確認が入るから....嫌だ。


保母:美月ちゃんの学校での話、聞きたいな。

美月:...........わかった!


美月は話した。高校一年生から現在まで。保母は気を紛らわせてくれようとしているのだろう。実際気は紛れた。

意図的に〇〇の話はしなかった。思い出すと、心が痛くなってしまうから。心の感覚が無くなるより、痛くなる方が嫌だった。

〜〜

保母:へぇー!そんなことがあったんだね笑

美月:そう!私結構高校ではモテてたんだよぉー?

保母:ふふっ笑 美月ちゃんは可愛いもんねー。


病室は明るい雰囲気に包まれていた。


保母:ねぇ、美月ちゃん。会いたい人はいないの?

美月:え?

保母:学校の友達とか....好きな人とか?笑

美月:..............


その話題だけは出して欲しくなかった。頭が痛くなるほどの思い出が脳内を駆け巡る。


美月:.......いや?保母さんに会えただけで嬉しいから!

保母:そう.....じゃあ無駄足だったかもしれないわね...

美月:え?


保母はそう言い放った後に扉に視線を向けた。


ガラガラガラッ 扉が開く。誰だろう。私なんかに会いにきたのは。


〇〇:よ。

美月:え?.......


扉の向こうにいたのは、何度も忘れようと頑張った、〇〇だった。

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             To be continued



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