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凡豪の鐘 #54


ガッ ガッ


〇〇:お、来たな。


部室の扉がガタガタと揺れている。


ガラガラガラッ


律:おらぁぁ!!

〇〇:ナイスー


律が無理矢理扉をこじ開けた。


律:やっぱり悠真達来てたぞ......まぁ俺がボコったけど。

〇〇:やっぱりか....なんで俺達が和僧って気づいたんだろうな...

律:あー......たぶん俺のせい。 "俺"の妹に手出すんじゃねぇぞって言っちゃった。

〇〇:バッカだなぁ笑

律:.....って!そんな事より!早く体育館行くぞ!今から準備すれば間に合う......って...どうした?

美月:.............


部室には、深く重い空気が充満していた。


〇〇:あぁ....俺の中学時代の事を話したんだ。

律:はぁ!?.....な、なんだってこんな時に....

〇〇:この「消える君へ」を演じる上で大事だと思ったからだ。それになな姉にも言われてたし。


〇〇は律の方を向いていた体を、美月達の方へ向けた。


〇〇:.....今の話を聞いたからって別に動揺しなくていい。.......ただ....天国の祐希に誇れる演技をしよう。

茉央:......そやね...。うん!頑張る!

蓮加:そう....だね。頑張ろう。

美月:.............

〇〇:よし、じゃあ体育館に行こう。


〇〇達はセットを持って、部室を後にし体育館へ向かった。

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ザワザワ ザワザワ


体育館はざわめいている。多くの観客がひしめき合って、一つのステージを見つめている。

「なぁ、美月さん出るんでしょ?可愛いだろうなぁ」「俺結構蓮加さんの事良いと思ってんだよね〜」「茉央ちゃんの事好きなんだよなぁ...この文化祭終わったら告ろうかな...」

観客の大半は、珍しいモノ見たさである。可愛い子目当て。誰も本気で演技をするとは思ってもいないし、そもそも演技を見ようともしていない。内容なんてどうでも良い......と言った具合だろう。


司会:ではでは....文化祭体育館ステージ最後の発表となります! 最後はぁ....えー...演劇部の発表です!演目は「消える君へ」どうぞ!


司会の進行が終わると同時に体育館の照明が消える。体育館のギャラリーがスポットライトが焚かれ、照らし出されるのはステージ上だけだ。

ゆっくりとステージの幕が上がる。上がった先にあるのは、一つの机と椅子。そして〇〇だけ。


男1:ん?.....あれ〇〇か?ボソッ

男2:そう....みたいだな...ボソッ


美月達を見に来たギャラリーは〇〇が登場した事で、いかにも興醒めといった様子だった。


〇〇:あぁ!くそっ!上手くいかねぇなぁ.....


ダンッ 〇〇が持っているペンを振り上げ、机を思い切り叩きつける。


男1:...................


観客は呆気に取られていた。声色、態度、仕草、すべての視覚聴覚情報から、今ステージにいる彼。いや、"教室"にいる彼が中学生だということが見てとれた。

〇〇は演技力のみで、一気に観客を演劇の中に引きづり込んだのだ。


七瀬:.......やっぱり〇〇は俳優になった方がええんとちゃうかなぁ....ボソッ


七瀬は体育館の後ろでマスクと帽子を被って〇〇の演技を見ていた。


麻衣:そんな軽い変装じゃばれるんじゃない?笑ボソッ

七瀬:あ、麻衣ボソッ


麻衣と七瀬は知り合いだった。以前麻衣が言っていた「大きな才能にあてられて女優になるのを諦めた」という大きな才能というのは、まさしく七瀬のことだった。


麻衣:.....〇〇君演技上手いねぇ...ボソッ

七瀬:やろー?....でも見ててな...美月の演技もボソッ

麻衣:練習で何回も見たよ?ボソッ

七瀬:あれは....本番で化けるタイプやボソッ


ステージの脇から、美月が登場する。会場の空気は一度〇〇が引き込んだ演劇の世界から、通常の世界へ引き戻される。圧倒的な存在感と美貌。観客は美月から目が離せなかった。


美月:小説書くって言ってたけど....今書いてるの?

〇〇:....うん。

美月:じゃあ、私にさ!君の小説読ませてよ!


美波:す......すごいボソッ


観客は再び通常の世界から、演劇の世界へ引き戻される。否応なしに。それ程に今日の美月の演技は卓越していた。練習とは比べ物にならないほどに。

〜〜

〜〜

蓮加、茉央の演技にも拍車がかかっていた。恐らく事前に〇〇が「消える君へ」について話したことが良い方向に向いている。

観客達もより一層引き込まれていった。

学校のシーンが終わり、一旦幕が閉じる。その間にベッドと小道具を移動させ、簡易的な入院室を作り出す。

ここから先は〇〇と美月、二人だけのシーン。このセットのままラストまで走る。

セットを作る間、〇〇は左のステージ脇。美月はその反対側で休憩していた。


〇〇:ふぅ......

律:大丈夫か?ほれ水。

〇〇:さんきゅ.....あいつの今日の演技やべぇ...

律:美月さん?

〇〇:あぁ....無理矢理過去に戻されて...泣きそうになる...


茉央:美月さん、今日すっごいですね!....え?

美月:..............

蓮加:美月?

美月:........ん?

蓮加:.....どうして...泣いてるの?

〜〜

ステージの幕が再び上がる。観客は今か今かと心待ちにしていた所だ。

スポットライトがステージ中央を照らす。ベッドに腰掛けているのは美月一人。なぜだが先ほどよりも少しだけやつれている様に見えた。


〇〇:おーい。ジュース買って来たぞー。


〇〇が袖から登場する。


美月:................

〇〇:なんか言えよ笑 せっかくジュース買って来てやったんだからさ。


美月は自分のセリフを言わなかった。〇〇が咄嗟のアドリブでセリフを促す。


美月:あ........しー!声大きいよ!〇〇!

〇〇:祐希もな笑


一瞬の間があったが、滞りなく演技は進んでいく。この時は、ただ単にセリフを忘れてしまっただけだろうと、そう思っていた。

〜〜

〜〜

美月.......ねぇ、〇〇。

〇〇:ん?

美月:外行きたい。

〇〇:へ?


クリスマスイブのシーン。 もっとも大事なシーンだ。


美月:......綺麗....

〇〇:.....だな。

美月:ねぇ、〇〇?ハグして。

〇〇:.....うん。


〇〇は美月を抱きしめる。

〇〇:(.......え?)


〇〇は驚いた。美月が弱い力で、〇〇の抱擁を拒否していたから。


美月:良かった。まだ涙は出る。


その理由はわからなかった。だが、美月はそのままセリフを放ち、演技は進んでいった。

〜〜

この演劇「消える君へ」のラストシーンは、祐希の死を確認した〇〇が、祐希に口付けをする。それで終幕。

もちろん口付けをするといっても、観客にはそう見える様に演じるだけ。角度で見えなくすれば口付けをしている様に見せることができる。


〇〇:........祐希....さようなら。


〇〇は美月の後頭部に手を回す。観客は祐希が死んでいることを悟る。啜り泣く声が随所から響いていた。

皆んなが本気で望んだ文化祭、演劇部の発表が無事に終わる.....はずだった。


美月:.....やめてっ!


バタンッ


〇〇:....いたっ....え?

美月:あ..........


ラストシーン。〇〇が美月に顔を近づけた瞬間だった。美月は強い力で〇〇を拒否した。その勢いで〇〇はステージ上によろけて転んでしまった。

そして.......幕は閉じていく。


パチパチ.......パチ...


会場では拍手がまだらに起こる。

「え?....い、生きてたってこと?」「祐希は...〇〇の事好きじゃなかったの?」「そもそも生きてるっておかしくね?」


拍手よりも、ラストシーンへの疑問が溢れて、会場は騒然としていた。

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茉央:打ち上げは......せぇへんか.....

蓮加:.............

〇〇:俺....今日は帰るよ。打ち上げはまた後でゆっくりやろう。

律:.........だな。


部室に集まったのは四人。美月はもうすでに学校にはいなかった。恐らく、もう帰ってしまったのだろう。

〜〜

〇〇:..............なんだってんだよ....


田舎のあぜ道の石を蹴飛ばしながら家路に着く。今日の美月のラストシーンに不満を募らせながら。


〇〇:......................


少し様子がおかしいのはわかっていた。自分が過去の話をした、その時から。美月はどこか放心状態だった。

でも、演技は順調だった。練習よりも格段に精度は上がり、もはや女優と呼んでもおかしくないほどに卓越した演技。そのままラストまで突っ走れる.....そのはずだったんだ。


〇〇:何があったんだよ....


ラストに自分が拒否されたこと。それだけが胸の奥に突き刺さっていた。

〜〜

〜〜

ガチャ


〇〇:ただいまー。


返事は返ってこない。どうせ後悔でもして、部屋でふて寝しているんだろうとそう思っていた。

〇〇はコーヒーを淹れリビングへ行く。


〇〇:おーい!美月!コーヒー淹れたぞ!


シーーーン 部屋には反響音しか響かない。


〇〇:...............ったく...


コンコンコンッ 〇〇は美月の部屋を強めにノックした。


〇〇:別に怒ってねぇからさ。部屋から出てこいよー。


返事はない。


〇〇:はぁ........


ガチャ 痺れを切らした〇〇は部屋に入ることにした。


〇〇:いい加減に・・あれ、いない。


部屋に美月はいなかった。


〇〇:........なんだ...これ...


美月の机にあったのは一封の封筒。宛名は


〇〇へ


そう書かれてあった

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               To be continued




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