いざこざの後、地固まる5_すりごま115

 帰宅した葵と凪は、陸に打ち上げられた魚の様な哀愁を漂わせながら、リビングのソファーでうな垂れていた。
「あれ、こんなにひどかったか?」
 凪が血走らせた目で頭を抱えた。
 時を同じくして、葵はテーブルに突っ伏して死体の様に脱力していた。
「声が……、声が……、棒読みだ……」
「喧嘩うってんのかよアオイ―!」
「そっちこそ、聞いてる最中に呪物呪物言いやがって」
 人の創作物を何だと思っていやがる、と。言い切った所で、凪は乾いた笑みを零した。
「あはは。黒歴史って、こうやって出来るんだね!」
 にっこりと笑う凪。しかし、瞳には一切の感情が宿っていなかった。
 もうだめだー! と嘆く凪に葵は、だけど、と。言葉を紡ぐ。
「今こうやって改善箇所が分かったって事は、それだけ俺たちが成長した証でもでもあるわけだろ」
 違うか? と葵は凪の瞳を真っすぐに見つめて問う。
「確かに……、言われてみればそうだな……」
 けど、本当に大丈夫なのだろうかと、凪の思考は最初に立ち返る。
「でもさ、また失敗したらさ」
「そん時はその時だろ。また、黒歴史として反省すればいいよ」
 凪の言葉を遮った葵は、そのまま捲し立てる様にしゃべり続ける。
「ほら、失敗は成功の母って言うでしょ? つまりさ、一回失敗した俺たちは、それだけ成功の可能性が上がっているわけだ」
 そうだろ、と。葵は微笑んだ。
 ただただ、葵は前向きで、だからこそ……。
「わかったよ。やってやればいいんだろ! 成功させればいいんだろッ!」
 俺は夢を追う事が出来たのだ、と。凪は心中で呟いた。
「その息だよ、凪」
 投げやりに「やってやるぞ」と腹を括った凪に、葵は今日も優しく嘯く(うそぶく)。
 
 
 
「まずは、改善すべき場所を一つ一つ上げて行こう」
 凪は張りのある声で、そう宣言する。
「まずは……棒読みだな」
「大丈夫だよ。凪は感情を込めるのが上手だから、次はしっかり入り込める脚本を書くよ!」
 そして、また一人で落ち込む凪に、葵はそっと励ましの言葉を投げかけた。
「頼むぞ、葵!」
 勝気に笑う凪を葵に、葵は幸せそうに微笑んだ。
 凪は、昔から臆病だった。
 自信が無かった。自分を卑下していた。
 だから、と。葵は自分に、幾度となく言い聞かせる。
 臆病な内心を押し殺し、不安に思うたび、ただ前向きに振舞い続けて来た。
凪が夢を追い続ける為に。
俺が、進み続けなければならないのだ、と。
葵は今日も、皮下の虚栄心を隠して、ただ自分を鼓舞する。
 

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