三題噺「夏」「裏切り」「意図的な大学」

 さつまいも掘りに出かけることになった。品種によっては8月下旬から収穫できるらしい。そんなに急がずとも10月頃まで待てばいいものを、彼女は強情に行きたがる。思い立ったらすぐに動かなければ我慢ならない性格なのだ。仕方ないと承諾した。とはいえ8月下旬の暑い日中に、ホームセンターで買いたての作業着を着て長靴を履いて、帽子を被って手袋をはめて、何が楽しいことがあろうか?
 暑さに立ちすくんでいる私を置いて、彼女は楽しそうに収穫している。セミの声が彼女の歓声と張り合うように響いている。葉の青さと土の湿りけが混じり合って、どこよりも強い夏の匂いがしている。さつまいもって案外夏野菜なのかもしれない。何もしていないのに睫毛に汗が落ちてくるが、手袋をしているので容易にぬぐえない。瞬きをすると汗が目に入って、しみた。ぼやけた視界の向こうで彼女が手を振っている。特に大きいのを掘り当てたらしい。
 ほとんど彼女が収穫したさつまいもを、持って帰って調理するのも彼女自身だ。何を作るのかと聞いたら、全部大学芋にすると言う。味噌汁がいいなと言ったら、それはまた今度ねと返された。しばらく居間でぼんやりと包丁の音を聞いていたが、茶でも飲むかと冷蔵庫に近寄った拍子に、さつまいもがいやに大きく細長く切り分けられているのが目についた。細長い大学芋なら芋けんぴなんじゃないかと思ったが、気を悪くするので口にしない。
 案の定、細長く切られたさつまいもは、からりと揚がって糖蜜に絡まると、その断面が急に鋭さを増した。皿に盛って居間のテーブルに置いた彼女は、やけに神妙な顔をしている。やはりこれが芋けんぴだということに気づいたのか。こちらもつられて神妙な面持ちになる。
 ひと息に彼女が口にしたのは、これで自分の腹を刺してほしいということだった。聞き間違いだと思ったが、拳を強く握りしめて同じことを繰り返すので、疑いようがなかった。揚がったばかりの大学芋の、特に大きなのを、彼女は私に手渡した。そもそもこの大学芋で人を刺せるのか? 腹部は柔らかいから大丈夫だと彼女は言うが、そういう問題ではないような気もする。
 焦れたように彼女は、子供ができたのだと言った。女2人の同居生活は、どちらかに特定の相手が出来たら解消する予定だった。確かに特定の相手は出来た。今まで少し仲良くしていた男との間に、不意の拍子に子供が出来て、男は彼女と結婚する気もある。しかし彼女自身はそれを望んではいなかった。あわよくば私と一緒にずっと暮らしていたいのだと言った。男は捌け口でしかないのだとも言った。子供を堕ろしに行ったら彼に見つかって、きっと止められる。だから自分ごと子供を刺してほしい。望まれない子なら、いっそ生まれない方がいい。それと一緒に自分が死んでも、それは罰だから受け入れると、変に澄んだ目をして言うので、不快感も嫌悪感もなく、ただ哀れだと思った。しかし刺した私はどうなるんだ。あなたが刺さなければ、私が自分でする。でも、できることならあなたにしてほしい。
 あなたが終わらせてほしい。
 思わず顔が引きつって、それを見た彼女が残念そうに皿の上に手を伸ばした、その前に、彼女の下腹を刺していた。服の隙間から肌に直に突き刺した塊は、彼女の思惑通りに働いた。憎らしいほど予定通りに彼女はうっすら微笑んだ。私は彼女の腹から塊を引き抜いた。糖蜜の上に血と脂がのって、粘ついた。放っておけば失血死するだろう。彼女はもうその気になって、目を閉じている。私はすぐに立ち上がって、救急車と警察を呼んだ。
 最後まで彼女の思惑通りにさせる気はない。

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