頭の中の宝石は

暗い、のっぺりした床の上には、人の頭がゴロゴロ転がっている。私はその中に座り込んで、今また誰かの頭を指で引き割ろうとしている。眉間と、鼻と、唇の中心とを貫く、不可視の切り取り線に爪を沿わせて力を込めると、ミリミリと音を立てて顔は真二つに割れる。中からザクロのような血肉が現れる。指を肉の間に突っ込んで探る。肉の生温かいぬるぬるした感触が指を這い回るが、求めている手触りは感じられない。私はその頭を放り投げ、また新しい頭を床の上から取り上げる。

私の求めるものは宝石、それも人間の頭の中に隠し込まれた宝石だ。それは知性や欲動の結晶であるのみならず、持ち主に対して世界のあらゆる根本原理を明らかにし、また世界のあらゆる情熱的、神秘的、怪奇的な体験を与える。赤道に沿って真直ぐに飛ぶ亡霊や、南極の氷の層深くに眠る黄金虫についても、その宝石は教えてくれる。しかしそのような宝石を持つ人間はほとんどいない。私は新たに手に取った頭を見つめた。髭モジャの男の顔が私を見上げていた。アルコール常習者特有の浮腫が認められる。彼の瞳は生きているうちからすでに濁っていただろう。私は頭を割り開き、そこに宝石の無いことを確認した。もとより期待すべき個体でもなかった。

次に手に取ったのは美しい女の頭だった。目は閉じられているが、その頬や額の生え際などは生前の慎ましやかな立ち姿を想起させる。目蓋を引き上げると青みがかった黒の瞳が私を見た。これは期待すべき個体である。半開きの唇からはウジが湧き始めているが、宝石はウジの好むところではない。私は胸踊らせて彼女の優しげな眉間に爪を立てた。ミリミリと音を立てて開かれたザクロの中には果たして、何の結晶をも認められなかった。

私は期待させられただけ落胆して、今度の頭は少し遠くに転がっているやつにしようと立ち上がった。床面のほとんどは頭で埋め尽くされているので歩きにくいことこの上ない。踏みつけて滑らないように髪の毛を剃りはしたが、それでも時たま耳などにつまずいて転びそうになる。2、3歩進んだ先でチョイと拾った頭をよく見もせずにもとの場所へ持って帰った。

さてもとの位置に座を占めて、手に持った頭を眺めてみると、これは私の恋人の頭である。長い睫毛や、唇に包まれた前歯のチンマリした感じや、顎の丸みなど、記憶にある通りである。ふと私はその頭を撫でてやった。恋人は私がそうすると喜んだものだった。あれは何年前のことだ?私はいつからここにいる?生前の姿が思い浮かぶ。懐かしさに知らず涙が目頭に盛り上がって、恋人の乾いた頬に零れた。「お前を殺したのはいつだっけね。」涙まじりに問うと、死顔がひくひく動いた。「サア…………」唇からウジが落ちた。干からびた声はそれで途絶えた。私はとうとう本当に悲しくなってきたが、しかし恋人の顔には何か、宝石が仕舞い込まれていそうな不可思議な魅力があった。私は過去を割り切る思いで爪を立て、恋人の頭を鼻先から割った。皮膚の繊維がブツブツ千切れるのを待たずに、私は中身の血肉を指で掻き出した。

そこに宝石は無かった。血肉は黒々と異臭を放ち、そこらを汚ならしく染めてしまっただけだった。私はカラッポになった恋人の頭を両手に持って、呆然と立ち尽くしていた。私の懐古趣味は宝石には好まれないらしい。私は恋人の頭をポイと放り投げて、また新しい個体を手に取った。次こそは…………と胸に唱えながら…………。

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