見出し画像

『君の不幸が消えないならば、世界をひっくり返すまで。』第19話

第19話「鍵」

時は、少し前に遡る。

ふらつく小夜を支えながら、木々を避けて歩いた先で、小緑は火に包まれた朝霧の屋敷を見た。
「!!」
以前見た時と同じく、たくさんの風車が回っているのが見える。
その周りを蠢く、悍ましい黒い影も。
カラカラカラ。
まだ距離があるのに、風車が風を受けて回る音が聞こえたような気がして、小緑はぞっとした。
そこで気づく。
(……風?)
おかしい。今夜はあまり風がないのに、どうして風車はあんなにくるくる回っているのだろう。
まるで、あの黒い影が回しているような……。
「あっ……!!」
ある可能性が頭に浮かび、小緑は思わず声を上げる。
それを聞いて、小夜がゆっくりと顔を上げた。
「……どうしたの、小緑……?」
「黒いものが見えるの、ねえさま」
見えていないであろう小夜に、小緑は説明した。
「ねえさまが呪いの念だって教えてくれたあれが、風車を回してる!」
「……どうすればいいのかしら」
小夜は逡巡しようとして、うっ、と呻きながら額を押さえた。
「……だめだわ、思考がまとまらない……」
まさか私が、こんなにも足手纏いになるなんて。
悔しそうに呟く小夜を、あやめはただ見つめる事しかできない自分に苛立っていた。
(本当に、何とか役に立てないの!?)
朧や美鈴はあやめのことが見えていたのに、霊力があるはずの小夜や小緑には見えない、それがもどかしい。
……でも、仮に姿を認めてもらったとしても、今のあやめは特に何の力にもなれそうにない。
(どうすれば……!!)
焦りつつ、あやめは屋敷を見つめた。
四方八方から噴き上がる炎、周り続ける風車……。
(あっ)
煙の間に、次郎丸の姿が見えた気がして、あやめはハッとした。
けれど、それも一瞬。もくもくと上がる煙が邪魔をして、よく見えなくなってしまう。
(なんて邪魔な煙……!!)
ほんのわずかな間だったけれど、次郎丸は怪我をしていて、しかも立ち上がれないように見えた。……それが見間違いでないのなら、確実に次郎丸は呪いの手中にあるのだ。
小夜も小緑も、風車に気を取られて気が付いていないし、今見ようとしたとて、煙で見えない。
(せめて煙が、こうパーッと晴れてくれれば……!!)
パーッと、の時に手を横に大きく動かしながら、あやめがそう思った瞬間だった。
パッ、と煙が払われた。
風もないのに、……まるで、あやめの動きに合わせたかのように。
『えっ』
あまりのことに、あやめはしばし唖然とする。
そんなあやめが依然として見えない小夜と小緑は、突然煙が晴れたことに驚き、同時に次郎丸の姿に気付いたようだった。
「にいちゃん!!」
「次郎丸さん……!!」
走って行こうとして、やはりふらついた小夜を支えながら、小緑は呟く。
「……にいちゃんも、ねえさまと同じように動けないように見える……」
『多分そう!呪いのせいだよ!!』
あやめは思わず叫んだ。どうせ聞こえないのだけど、と思ったけれど、小緑がぴくりと動いてこちらを見た。
ほんの少しの間だけ、目が合ったような気がして、あやめは心底驚いた。
「……??」
「小緑?どうしたの……?」
小夜の声に、小緑はぱちぱちと瞬きをしながら答える。
「……なんか、声が聞こえた……」
「声?」
小夜が聞き返すと、小緑はじっとこちらに目を凝らしながら続ける。
「うん、でも小さくて聞こえにくくて。そっちを見たら一瞬、誰か見えたような……」
「えっ……?」
(!!)
あやめはやっぱり、と思った。あやめの声は届いたし、一瞬だけでも姿を見てもらえたのだ。
(でも、どうして急に?)
それがさっぱりわからない。あやめは首を捻る。
と、小夜がわずかに身を強張らせて、こちらの方を見るのがわかった。
「……新手の呪いかしら」
『えっ』
確かに、そう捉えられてもおかしくない。おかしくないけれど。
朝霧の理不尽な呪いと一緒にされたことにあやめが落ち込んでいると、小緑が慌てて首を横に振った。
「違うと思う!嫌な感じがしないの」
「そう……?」
小夜はそれでも警戒している。無理もない。ここは朝霧の屋敷の近くで、何が起きてもおかしくないから。
(……ん?朝霧の屋敷??)
そこで、あやめははたと気付いた。……あやめの姿が見える朧達と話していたのも、朝霧の屋敷の中でだった。
まさか、と思う。次いで直感が、それが真実だと告げる。
(朝霧の家が鍵だったの……!!?)
屋敷に近づいたから、小緑はわずかでもあやめの声を聞き、姿を見ることができたということか。
(なら、屋敷に着いたら、私の姿は小夜さんにも見えるかもしれない)
霊力を持つ彼女になら、きっと見える。……いや、見えてくれた方が助かる。
(ようやく、力になれるから)
朝霧の子孫だとは、口が裂けても言えないけれど。

そんなことを思っていると、小緑が屋敷の方をあらためて見やり、悲鳴をあげた。
「にいちゃんがっ!!」
「!!」
続く小夜の声にならない悲鳴。
あやめも次郎丸のいる方を見て、さっと青ざめた。
(血を流してる……!!)
上等な着物を着た老爺に、何かで殴られているのが見えた。
次郎丸は反撃の素振りも見せない。……本当に動けないのだろう。
そうでなければ、老爺の隙だらけの動きを避けられないはずがない。
「急がなくては……っ」
小夜が振り絞るような声でそう言って足を踏み出すが、やはり思うように動けないらしい。
ふらりと倒れ込み、唇を噛んで……、小夜は小緑の方を見た。
「……小緑、先に行きなさい」
「ねえさま!!?」
驚く小緑の肩にやっとのことで両手を置いて、小夜は悲しげに微笑んだ。
「今の状況を考えるに、朝霧の呪いに囚われていないのはあなただけ。
言い返せば、呪いを何とかできる可能性があるのはきっとあなただけだわ。
私を気遣っていたら、何もかも間に合わなくなってしまう」
「でも……!!」
なおも言い募ろうとした小緑の背中を、小夜は力強く押した。
「行きなさい!!」
その衝撃で、小緑は二、三歩前へと前に出て……、覚悟を決めて走り出した。
苦しそうな表情で見送る小夜に、聞こえないと知りつつも、あやめは声をかけた。
『大丈夫ですよ。小緑ちゃんは私が守りますからね!!』
少なくとも、屋敷に行けば、あやめの声は小緑にきっと届く。
(この子が希望なんだ)
小夜のことも心配だったが、この場にいる全員の希望である小緑を守る方向にあやめは動くことを決めた。
小緑が山の斜面をすごい勢いで駆けていく。
それに必死で追いすがりながら、あやめは考えた。
(でもどうして、小緑ちゃんだけ呪いの影響がないんだろう)
少しはあるのかもしれないが、小夜のように動きに制約が出ているようには見えない。
必死で走るあやめには知るよしもなかった。
ポケットの中で、茅早の勾玉がきらりと輝いたことなど。

山の斜面を駆け下りれば、もう朝霧の屋敷の裏だった。
ぱちぱちと燃え盛る炎によって壊れた裏門が折り重なって、ちょうど小緑が入り込めるくらいの隙間を残している。
急いでそこを潜り抜けて、屋敷に入った瞬間。

小緑は思わず小さな悲鳴をあげていた。
「うっ……!!」
黒いものが蠢きながら、小緑の周りを取り囲んでいる。
風車がぐるぐる回っている。
カラカラカラカラ。
やけに軽い音が、そこら中で響いている。
(これが呪いの源……!!)
あらためて目の前にすると、背筋がぞわりとする。
と、次郎丸達がいる方角から、黒いものを伴った風が吹き込んでくるのが見えた。
「あっ」
きらきら輝く色とりどりの何かを巻き込んだ風は、すうっと風車に吸い込まれていく。
風車の回る速度が速くなる。
直感的に、小緑は理解した。
(こうやって、みんなの感情を奪ってるんだ……!!)
何とかしなくちゃ、みんなが危ない。
そう思った小緑は、自分が作り出した”風車の歌”を必死で思い出した。
「”黒い風なら隙見て壊せ”って……隙ってなに……!!?」
辺りはもはや真っ黒だ。隙も何もあったもんじゃない。
いくら考えてもわからなくて、小緑は泣きたくなった。
(あたしが何とかしなきゃ、にいちゃんが死んじゃう、ねえさまも危ないのに!!)
と、すぐそばで声がした。
「よく見て、風車の根本を!!」
その声は、さっき一瞬だけ聞こえたものと同じで。
ぎょっとして小緑が振り向くと、そこには不思議な格好をした少女がいた。

小緑に続いて屋敷に入り、悍ましい状況を目にしたあやめは、まず冷静に風車に目を凝らしていた。
(美鈴さんが言っていた通りなら、呪いの源はこの風車)
そして、小緑の歌にある、”隙見て壊せ”。
黒い空気に覆われて見えにくいけれど、それでもじっと見ていたら、やがてぽん、と心に浮かんできた気づきがあった。
(風の流れが……)
風車の根本辺りだけ、黒い靄が少ない気がする。
他の風車も見てみると、やはりそうだ。
この屋敷中を覆うようになっている黒い風、黒い空気が、風車の根本だけ薄い。
隙ってなに、と泣きかけている小緑に、あやめは声をかけた。
「よく見て、風車の根本を!!」
ぱっと小緑がこちらを見て、目をまんまるく見開いた。
「えっ、誰、でもさっき……」
「それはいいから!風車!!」
ぴしゃりと言うと、小緑は慌てて風車の根本を見て、あやめと同じ結論に辿り着く。
「黒いのが、ちょっとしかない……!!」
「そう、きっとそこ目掛けて壊せばいいの!!」
小緑の歌が、ある種の預言であるならそうなる。
でも、下手に手を出すわけにもいかない。呪いのものに手で触れて、何か起きたら大変だ。
「どうやれば……!!」
小緑はもはや泣いている。あやめも必死で考えて……、ふと、思い出すものがあった。
(そういえば、小緑ちゃんの歌を初めて聞いたのは……)
まどろみの中、風がひゅうひゅう泣く中だった。
……風?
「小緑ちゃん」
あやめは静かに声をかける。
「小緑ちゃんの霊力は、朝霧の呪いの元凶を知ることだけじゃないと思う」
「えっ……」
小緑が顔を上げる。あやめは、自分の直感が告げる答えを口にした。
「小緑ちゃんには、きっと”風”の力があるんだよ」
「”風”……」
小緑が唖然と呟く。あやめは頷いた。
「小夜さんの霊力を歌で高めたのも、次郎丸さんの心がすごく軽くなったのも。
風に関する何かを感じるのも、きっと全部、大元は小緑ちゃんの中にある”風の力”。そんな気がするの」
小緑はじっと考えているようだったが、やがて呟いた。
「……そういえば、あたし……、”風車の歌”をにいちゃんやねえさまの前で歌ったとき、心の中を風が吹き抜けていったような気がした……」
でも、それとこれとは違うよ。
小緑の瞳は不安げに揺れている。
「大丈夫」
あやめはしゃがみこみ、小緑と目線を合わせた。
「心の奥の声を聞けば、きっと答えを教えてくれるよ」
あやめはそうして生きてきた。……朝霧の先祖達も、きっと。
そうして生まれた呪いを解くものも、直感を信じて、普通に考えるだけでは思いつかない生み出し方である気がするのだ。
それは、あやめの得意分野だ。それならあやめは、役に立てる。

「いい?息を大きく吸って、吐いて……」
あやめの、この場に似つかわしくないほど穏やかな声に、つられるように小緑は目を閉じ、深呼吸を始める。
「心を見つめて。……何か引っかかるようなことがないか、探してみるの」
そうしていれば、ぽんっと、わかることがあるから。
一つ一つの言葉に心を込めて、あやめは教えた。
今の自分を超える方法。
世界をひっくり返すほどの力を生み出す方法を。

やがて、小緑がぱっ、と目を開けた。
その両手がゆっくりと上がり、小夜が守り石を作る時のように、皿の形を作る。
小緑はそのまま周囲を見回して、一つの風車に意識を向けると……、その根本に向かって、ふっ、と息を吹きかけた。

瞬間。

ごうっ、と大きな風が巻き起こる。
小緑の手から生み出されたそれは、真っ直ぐに風車へと伸びてゆく。

ぱきん。
そんな高い音を立てて、風車が折れて。
どばあっ、と、黒いものが一気に空へと立ち昇った。
「!!?」
「きゃあぁっ!?」
そのあまりのどす黒さに、あやめは息を呑み、小緑は悲鳴をあげてひっくり返った。
黒いものは雨雲のように空を覆ったかと思えば、ぱちん、と弾けて消える。
後に残った、先ほどまで黒い風に囚われていた無数の色とりどりの輝きが、キラキラと降り注いだ。

美しかった。
悲しさも感じるけれど、それ以上に、愛情の温かさに満ち溢れたそれらが、満月の輝く夜空から落ちてきた星のようで。
これまで滞っていたものが薙ぎ払われて軽くなったような感覚が、辺りに満ちていく。

あやめと小緑は、どちらからともなく呟いた。
「「呪いが、解けた……!!」」

(続く)

この記事が参加している募集

よろしければサポートお願いいたします!小説家として、そして尊敬する方といつか一緒に働くために精進する所存です✨