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『君の不幸が消えないならば、世界をひっくり返すまで。』第15話(改訂版)

第15話「手掛かり」

がさがさと獣道をかき分けながら、道案内役の青年を先頭に、小夜や小緑をはじめとした女子どもが歩いていく。
それに人知れず付いて行きながら、あやめは先ほどの出来事を思い出していた。

それは、次郎丸が出て行って、暫くした頃だった。
泣きじゃくる小緑の横で、小夜が魂が抜けたような表情で、ぽつりと呟いたのだ。
「……私……、次郎丸さんを見殺しにしたようなものだわ……」
その言葉に、小緑が勢いよく顔を上げた。
「ねえさま!!やっぱりにいちゃんは……!!」
小夜はのろのろと頷いた。その目には深い絶望の色があった。
「わかっているの……、私たちが生き延びることが、あの人にとっての幸せだから、私たちは安全なところに逃げて、ひたすら無事を祈るしかないって……」
そう言うや否や、小夜は自らの手で自らの頬を思い切り平手打ちした。
「ねえさま!!?」
あまりのことに小緑が悲鳴をあげる。かなりの力で叩いたのだろう、頬を真っ赤に張り上げた小夜は、苦しげに呟いた。
「私が……朝霧家のように強い力があれば……!!」
泣き崩れる彼女を、そばで見ていることしかできないあやめは、胸が張り裂けそうだった。
小夜の気持ちが、わかるような気がした。……自分の力が、もっと人の役に立てればいいと、あやめも思ってきたからだ。
自分ばかりが幸運で、他の誰にも分け与えられずにここまで生きてきてしまった。
大好きな母ですら、守れなかった。幸せにできなかった。
ようやく幸せにできると思った茅早も、結局はこれまで散々不幸にしてきたのはあやめの一族の呪いのせいだったと知って。
(……まぁ、あたしは穢れた存在だから、小夜さんと似てるとか、烏滸がましいにも程があるんだけど)
それでも、自分たちが人に呪いをかけていることに疑問すら持たない、この時代の朝霧家の人間や、父や祖母と一緒にもなりたくなくて。自分はまだ、人の心があると信じたくて、小夜の純粋な想いに自分のこれまでを重ねてしまって。
(馬鹿だな、あたしは)
結局何をしたって、穢れた血はどうにもならないのに。
乾いた笑いが、ひとりでに漏れた。

「……小夜様、大丈夫ですか?」
女性達の一人がかけた声に、あやめはハッと意識を戻す。
その問いかけに、小夜は答えない。……ただただ、丸く皿の形にした両手に向かって、小さく何かを呟いている。
一見すれば狂気の沙汰だが、これには理由があるのをあやめは理解していた。
すぅ、と小夜の手の真ん中に、光の玉が浮き上がる。
小夜の声が、少しはっきりと聞こえてきた。
「……どうかどうか、次郎丸さんを、戦いに出た皆さんをお守りください……」
その声に応えるかのように、光はどんどん集まって大きくなり……やがて美しい石となった。
それに向かって小夜が息を吹きかけると、忽然とその石は消える。
それを見届けて……小夜がその場に倒れ込んだ。
「小夜様!!」
「ねえさま!!」
周りから悲鳴が上がるが、それを手で制して、小夜は力なく微笑んだ。
「私は大丈夫……、皆さんの想いを乗せた守り石は、ちゃんと男衆たちの元に飛ばしましたから……ご安心を……」
「でも顔色が良くありません。どこかで休みましょう……!!」
「そうですよ、さっきからずっと、霊力をお使いじゃありませんか……!!」
そう声をかける女性達に、小夜はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、歩きます。歩いて少しでも早く隠れ家に行かなければ……、次郎丸さん達の苦労が水の泡です」
そう言いながら、ゆっくりと小夜は立ち上がる。それでもふらつく身体を、小緑が必死に支えるのが見えた。
「これしきのこと……次郎丸さん達の覚悟に比べれば……」
振り絞るようなその声に、あやめの心はぐさりと刃物で斬られたかのように痛くなる。
(どうすればいいの……!!?)
確かにあやめは、東の始祖達が何を思って戦いに出たのかを知りたいと思った。そうしてここにいるけれど、今のところ何も力になれていない。
(これじゃ、見殺しじゃない……!!)
いくら小夜と次郎丸がこの戦いで命を落とさないことを巻物で読んで知っているからといっても、他の人が死なないとは一言も書いていなかった。
何より、生き延びたとしたって、これから小夜達は朝霧に別の形で呪われることになる。いつ、どこで死んでしまうかわからないのだ。
(どうすれば……何かヒントがあれば……!!)
なんでもいい、手がかりはないのだろうか。あやめがそう切望した時だった。

「……ねえさま、あたし、”風車の歌”を歌おうか?」
心配そうにそう切り出した小緑の声に、あやめは思わず固まった。
(”風車の歌”?)
その言葉で思い出すのは、あやめが過去に飛ぶときに聞こえるあの歌だが。
まさかそんな、と考えるあやめに当然気づくことなく、小緑は続けた。
「ねえさま、いつも言うでしょ?あたしがあの歌を歌うと、心が洗われるみたいだって。……あたしには、そのくらいしかできないけど、力になりたいよ」
「小緑……ありがとう」
小夜はそう言って微笑んだ。
「そうね、あなたの言うとおり……あの歌はとても癒されるから、聞きたいわ」
でも、小さな声でね、と付け足した小夜に、小緑は嬉しそうに大きく頷いた。
すぅ、と小緑が息を吸う。その小さな口が何を紡ぎ出すのか、あやめは固唾を呑んで見守って。
果たしてその歌は、あやめが想像した通りだった。

「回れ、回れ、風車回れ……」
(この歌……!!)
歌詞も、メロディラインも、あやめがこれまでに何度も聞いたものと同じだ。
「ちとせの想いを巡らせて、回れ、回れ、風車……」
小緑のその歌声は、あやめがあの風の中で聞いた幼い声とそっくり……いや、同じものだった。
(どうして、気づかなかったんだろう)
今まで小緑にやけに親近感が湧いていた理由は、これだったのだろうか。
それだけではない気がして、あやめは首を捻った。
(……このこと以外に何かあるかな?)
いくら考えても、この奇妙な懐かしさの正体はわからない。
そんな時、小緑の歌声が、再び耳に入ってきた。

「……黒い風なら隙見て壊せ、止まった時は動かして、
全ての道理を戻して朝を、東の光を切り拓け……」
(えっ……?)
聞き覚えのない歌詞にあやめが驚くと、小夜も不思議そうに小緑を見やった。
「あら、小緑、そんな続きがあったの?」
「え……?」
小緑はぱちぱちと数回瞬きをしてから、初めて気づいたかのように驚いて、口を開いた。
「……今、初めて心に浮かんだ」
「”心に浮かんだ”?」
その言葉を聞いて、小夜が立ち止まる。
小緑の幼く可愛らしい歌声に聴き惚れていた人達も、そんな小夜の様子を見て、なんだなんだと顔を見合わせた。
「小夜様、どうなさいましたか」
先導していた青年が問いかけると、小夜は「まさか……」と呟いて、改めて小緑に向き直った。
「小緑。……そもそも、前から歌ってくれていた”風車の歌”は、どうやって作ったの?」
小夜の真剣な表情に少々気圧されたように身体を縮こまらせながら、小緑は答える。
「……わかんない。気づいたらできてた」
その言葉に、小夜はなるほど、と頷いて、さらに口を開いた。
「では、聞き方を変えるわね。……何を見た日に、その歌が心に浮かんだの?」
瞬間、ぎくりと小緑の体がこわばったのが、あやめにも見えた。
(えっ、なんかやばいやつ……?)
小緑のその「ばれてしまった」と言わんばかりの表情に、あやめは不安になった。
小緑が何か隠しているのは明白だった。問題はそれが何か、だ。
目線を彷徨わせながら黙り込む小緑に、小夜は静かに言い放つ。
「言いなさい、小緑」
「……はい」
怒られると思うけど、と前置きして、小緑はそっと顔を上げた。
「……朝霧のお屋敷の、風車を見た日に……」
「!!?」
周囲がざわめいた。どうしてそんな危険な場所に、という声が聞こえてきて、いよいよ小緑は小さくなってしまう。
小夜もこれには驚愕したようで、目を大きく見開きつつも、努めて声を落としたまま尋ねた。
「……どうしてそんな所に?」
小緑は困ったように身体を揺らしながら、ええと、うんと、と迷いながらも答えた。
「うまく言えないけど……、前、一人で遊んでた時に、急にどこかに行かなきゃいけないと思って。
よくわからないまま走って行ったら、立派なお屋敷が見える山の斜面に出たの。朝霧のお屋敷だなって、なんでかわからないけどわかった」
(それって……)
小緑が言うその感覚を、あやめはよく知っていた。
自分の直感に従うとき。頭ではなく、心が動いたことを選ぶとき。
”よくわからない”ままに動いて、後からその理由を知るのだ。
「……朝霧のお屋敷には、それ以上近づいたの?」
小夜の声に、小緑はぶんぶんと首を横に振った。
「行ってないよ、すごく怖かったから……」
「怖かった?」
小夜が聞き返すと、小緑は頷いた。
「いっぱい風車があって、何か黒いものが蠢いてて、気持ち悪かったの」
その光景を思いだしたのか、小緑がぶるりと震えた。
(黒いもの?)
あやめは朝霧家の屋敷の風車を思い浮かべた。……確かに夥しい数の風車だったけれど、黒いものなんてなかったような。
しかし、小夜は思い当たるものがあったらしい。はっと口に手を当てて、小緑をじっと見つめている。
「勝手に行っちゃって、ごめんなさい……」
小夜は少し屈むと、俯く小緑の肩にぽん、と両手を置いた。
「そうね、とても危険なことだけれど……、今は不問にするわ。
それより、その風車を見てから、”風車の歌”が思い浮かんだということね?」
「ううん、それだけじゃないの」
小緑は何かを言いかけ……、少し青ざめて口を閉じた。
「……どうしたの?」
小夜がそっと問いかけると、小緑はそっと、憚るように口を開いた。
「その夜、夢を見たの……、すごく怖い、大きな風車の夢を」
(大きな風車?)
それは見たことがない、とあやめは思った。
屋敷中にあったのは、どれも同じような大きさのものだったと記憶している。
小緑は夢の話だと言うけれど、それで片付けてはいけないような気がして、あやめは耳を欹てる。
少しの逡巡の後、小緑は意を決したように口を開いた。
「……血みたいなものがいっぱいついた、風車だったの」

(続く)















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