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『君の不幸が消えないならば、世界をひっくり返すまで。』第16話(改訂版)

第16話「光明」

(血みたいなものがついた……!?)
何それ、めちゃくちゃ怖い。
想像しただけで、血が大の苦手なあやめは身震いしてしまった。
ひやりとした何かが背後に立ったような気さえしてくる。
そんなものを、たとえ夢の中であれ見てしまった小緑は、どれだけ恐ろしかっただろうか。
小夜も想像したのか、表情がやや青白い。
それでもその手は、夢を思い出して震える小緑の背中を優しく撫でていた。
「ごめんね、小緑。辛いと思うけど……、それがどうして”風車の歌”につながったのかだけ、教えてくれる?」
小緑はこくこく頷いて、記憶を手繰り寄せるように辿々しく話し始めた。

「その風車、動きたいのに回れないみたいで……、
ぎぎぎぎぎ、って、すごく嫌な音がして、あたしもすごく苦しくなって、耳を塞いだんだけど、それでも音が、がんがんがんがん耳に入ってきて……」

まるで、新手の怪談話を聞いているかのようだった。
すぅ、と全身の血流が下がっていく感覚を覚えて、あやめはくらりとする。
震える小緑の声は、続きを紡いでいった。
「苦しくなって、夢の中で叫んじゃったんだけど……、
そしたら急に血みたいなものが消えて、風車がぐるぐるって回って、光がぱっ、て差し込んで……
そこで目が覚めたの。そしたらあの歌が頭の中に浮かぶようになった」

今まで思い出すのが怖くて、話せなくてごめんなさい。
そう言って話し終えた小緑に、小夜以外の周囲の人々は、全くもってよくわからないと言わんばかりの表情で顔を見合わせている。
それでも、あやめは信じようと思った。そういう、理詰めで説明できない事柄を何度も経験してきているから。
小夜はといえば、しばらく口元に手を当てて考えていたが……、やがて、ぽつりと呟いた。
「……それ、予知夢じゃないかしら」
「予知夢?」
周りにいた女性の一人が聞き返すと、ええ、と小夜は頷いた。
「これまで確証が持てなかったから、言わないでいたのだけれど……」
小夜は小緑と視線を合わせた。きょとり、と小緑の瞳が瞬く。
「小緑、あなたにも霊力があるのかもしれないわ」
「えっ!!」
飛び上がらんばかりの勢いで、小緑が驚いた。
「あたしにも、ねえさまみたいな力があるの!?」
「同じではないと思うけれどね」
そう前置きして、小夜は続けた。
「あなたが見た夢の内容は、やけに現実味を帯びて聞こえた。……皆さんもそうでしょう?」
小夜が周囲の人々を見回しながらそう問い掛ければ、人々は大きく頷いた。
あやめも、先ほどの小緑の話は本当に怖かったから、誰にも見えていないと分かっていながらついつい首肯してしまう。
「そして、その夢を見た後に浮かんだ”風車の歌”が、私の霊力を安定させた」
小夜は自らの肩にかけている、布を縛ってショルダーバックのような形にした物入れの口を解いて、色とりどりの小さな石を取り出した。
「ほら、小緑、覚えている?
これがあなたが歌った時に私が生み出せた”守り石”よ」
小夜が指差したのは、中でもいっとう丸く、透き通っている桃色の石だった。
まるで職人が丁寧に磨き上げて作り出した宝石のようなそれに、あやめは心底驚く。
(他の石も素敵だけど、これは群を抜いて綺麗……)
周りの女性たちも感嘆の声を上げている。
小緑は「うん、これ覚えてる」と言いつつ、首を傾げた。
「あれ、でも同じ日に、これとそっくりな青くてまぁるい石もできたよね?」
「あぁ、それは以前、次郎丸さんに差し上げたの。……綺麗に作り出せた分、守る力も強いかと思って……」
最後の言葉は、ぽつりと小さく山の地面に消えていく。悲しげに微笑む小夜を見て、あやめは確信した。
(やっぱり、小夜さんと次郎丸さんって、お互いのことすごく大切なんだな……)
先ほどの次郎丸の言動も然り、二人揃って東一族の始祖として後世に語り継がれているのも然り。
それにしてもお互いへの愛情が深い、とあやめは思った。
実父の、母への暴言も暴力もずっと見てきたあやめにとっては、恋とか愛とかそういうものは、夢物語のように遠い存在に思ってしまうのだけれど。
(せっかく愛し合ってる人達なのに、あたしの一族がかけた呪いが引き裂くなんて……)
朧は言っていた。東一族の始祖たちには実子がいなかったと。
今夜を乗り切ったとて、朝霧家の執着により、彼らの命は風前の灯火となってしまうのだ。
(二人は何も、悪いことなんてしてないのに)
悲しくなって、あやめが唇を噛んでいると、小夜がぱちりと一つ手を叩き、場に流れる悲しみを霧散させた。
「それはいいから。小緑、あなたの霊力のことに話を戻しましょう。
……私は、あなたが見た夢も、”風車の歌”も、未来を表しているのではないかと思うの」
「未来?」
小緑が首を傾げる。
「ええ。私も昔、一度だけ見たことがあるの」
小夜は空を見上げた。日が傾き始めた午後の青空に、雲がぽかりと浮かんでいる。
「朝霧家の術の使い方に異を唱えた父上が失脚させられ、”運悪く“私以外皆亡くなって……、
明日すらわからなくなったその夜、私は夢を見た」
何処か懐かしむように、それでいてとても悲しげに、小夜は続ける。
「野原に立つ私を、誰か、幼子を抱いた男の人が迎えに来る夢。……顔は見えなかったけれど、すごく温かな声がして、幸せな気持ちで目が覚めた」
「それって……」
小緑が声を上げると、小夜は微笑んだ。
「その数日後に、私は次郎丸さんに助けられて、皆さんが身を寄せる集落に辿り着いて、あなたと出会った。
この二人だ、と感じたわ。私は確かに、夢で先にあなた達と会っていて、とても大切な存在になると知らされていたのだと」
「でも、それと比べてあたしの夢は……」
すごく怖かったけど、と呟いた小緑に、そうね、と小夜は首肯した。
「でも、あなたの夢の話を聞いていただけの私ですら、その風車がまるで現実にあるようなうすら寒さを覚えたわ」
ただの夢で片付けてはいけない気がする。小夜はそう言った。
「それ以外にも、あなたは朝霧の屋敷で黒いものが蠢くのを見たのよね?
それは、私の父上の言葉をお借りするなら、まさに呪いの念だと思うの」
「ええっ!!」
小緑がぎょっとした。
聞いていたあやめも背筋が凍った。……あり得る。美鈴の言葉通りなら、あの屋敷中の風車は人々の思いを操作している筈。異様なまでの執着を感じたあやめが振り返っても、その目に見えないものに実態をつけるなら、まさしく黒いものが蠢いている様がぴったりだと思った。

と、小緑が少々困惑気味に呟く。
「……あたし、今まで、そんな力があるなんて思わなかった……」
その言葉に、小夜も顎に手を置いて考え込む。
「そうね。……霊力がここ急激に目覚めるようなきっかけがあったのかもしれないわね。
朝霧のお屋敷を見に行く前や、風車の夢を見る前などで、何か変わったことはなかった?」
小夜の問いかけに、小緑は暫し考え込み、……やがて、ぱっと顔を上げた。
「次郎丸にいちゃん!!」
「えっ……」
小夜が、驚きに目を見開いた。
「あの人がどうかしたの?」
「関係あるかわからないけど……」
そう前置きして、小緑は話し出す。
「にいちゃんが怪我して帰ってこないか心配しながら待ってた時、朝霧のお屋敷を見に行ったなと思って……」
あと、そうだ、と小緑は続けた。
「それに、”風車の歌”、にいちゃんにも歌ったことがあるんだけど、心がすごく軽くなったって言ってたの。
まるで、憑き物がとれたみたいだって」
「憑き物……?」
その言葉に、小夜はぴくりと反応する。
「うん。なんかすっごく心が暗く澱んでたのを、風が吹き飛ばしてくれたみたいだったって」
「風が……」
あやめは聞いていて、何か引っかかる、と思った。
(小緑ちゃんの不思議な力は、全部"風"に関するものに思える)
ここまで来ると、偶然では片付けられないと、あやめの直感が囁いた。
小夜も同じように思っているのだろう、どこか緊張を帯びた声を発した。
「小緑……、もう一度、さっき思いついたと言っていた部分の歌を歌ってちょうだい」
「え?ええと……」
小緑は懸命に思い出そうとしながら、歌い出した。

「……黒い風なら隙見て壊せ、止まった時は動かして、
全ての道理を戻して朝を、東の光を切り拓け……」

「まさか……でも、それなら辻褄があうような……」
小夜が呟くのを、小緑が不思議そうに見上げ……、直後、はっと目を見開いた。
「ねえさま!!黒い風ってもしかして、あたしが朝霧のお屋敷で見たもののことかも!」
「あなたもそう思ったのね」
やはり、と小夜は頷いた。
「そして、止まった時は動かして、は……」
「夢で見た怖い風車!!」
小緑が飛び上がる。聞いていたあやめの直感も、同じ可能性を弾き出していた。
(もし、予知夢を見た小緑ちゃんが紡いだ歌が、呪いを解く鍵だとしたら……!)

それは一筋の光明だった。

(続く)





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