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『君の不幸が消えないならば、世界をひっくり返すまで。』第21話

第21話「真相」

炎が、少しずつこちらに近づいてきている。

「冴子さん……」
小夜の呟きに、あやめは驚いた。
(えっ、小夜さん、この高飛車姫のこと知ってるの?)
姫君はふん、と鼻を鳴らし、ぱちんと扇を閉じた。
「様をつけなさいよ、あなたはもう私よりも身分が低い庶民なのだから」
「……」
黙り込む小夜に、姫君はあからさまに苛々とする。
「何よ、言いなさいよ!冴子様と言ってみなさいよ!!」
「姫様、もうお逃げにならなくては。危険です」
女官達の中から、鈴の鳴るような声がして、美鈴がひょこりと顔を出す。
『あ!美鈴さん!!』
あやめが小緑の中で叫ぶと、美鈴は驚いたようにきょろきょろと辺りを見回した。
(あっ、そっか。あたしの姿が見えてないのに声がするから、びっくりしてるんだ)
あやめが、ここにいますよ、と声を出そうとした瞬間だった。
「お黙り!」
冴子と呼ばれた姫が、ぱしぃ、と、閉じた扇で美鈴の頬を打った。
「うっ……!!」
『美鈴さん!!』
頬を押さえて倒れ込む美鈴に、あやめは悲鳴をあげる。
と、小緑が、周囲に聞こえないようにそっと声を出した。
「…おねえちゃん、あの女官の人と知り合いなの?」
『うん!この世界で初めて会った人なの。あの人は敵じゃない』
あやめがそう言えば、小緑も、その声を拾ったであろう小夜も苦しそうな表情になった。
「女官になんて酷いことを……!!」
その振り絞るような声に、冴子がきっと小夜を睨みつける。
「あなたには関係ないでしょう!
……ああ、それとも、身分が低い者同士、憐れみあうものなのかしら?」
『この……言わせておけば!!』
いくら自分の先祖とはいえ、あまりにも性格が悪すぎる。あやめは情けなさに唇を噛んだ。
他の女官達も、美鈴を見て悲しげな顔をしている。けれどここで手を貸せば、冴子に何をされるかわからないのだろう、おろおろと手を出しかねているようだった。
「……あなたと話しているのは私であって、その女官はあなたを心配して口を出しただけでしょう」
小夜が静かに言い放てば、冴子の顔に青筋が浮かんだ。
「何よ……貧乏人の分際で!!
あんたは昔からそうだったわね、そうやって涼しい顔で、私の霊力を奪ったものね……!!」
『えっ?』
どういうこと、とあやめは思って、小夜を見やる。
小夜はその言葉に眉を顰めた。
「どういうこと、そんなことはしてないわ。私の力は……」
「いいえ、この泥棒が!!」
パァン、と高い音を立てて、冴子が小夜の頬を叩く。
『あっ!!』
「ねえさま!!」
あやめの声と小緑の悲鳴が重なった。
「うっ……!!」
口が切れたのか、血を流して崩れ落ちる小夜に、冴子は少し気が済んだのか、薄気味悪い笑みを浮かべる。
「同じ月に生まれ、似たような名前の響きで、おまけに霊力を持つなんて、私から霊力を奪って生まれたとしか思えない!!
霊力を持たずに生まれた私が、どれだけ一族の中で浮いたか!!あなたのせいよ!!」
『は……??』
あやめは呆れ返った。言いがかりにも程がある。
美鈴にだって、小緑にだって霊力はある。彼女達がたまたま特別な力を持っているだけで、冴子にはそれがなかっただけ。あやめにはそんな気がした。
(むしろ、朝霧家にこれ以上の力を持たせたら、世界が滅びかねないからなんじゃないの?)
そんな不条理があってはならないから、世界が冴子に力を与えなかったのではないだろうか。
しかし、性格の悪い本人はそんなことを一切考えていないらしい。きぃきぃと甲高い声でなおも叫んだ。
「おまけにその力でお祖父様の邪魔をしようとして!!
貴族という立場を利用して、この世の理である私たちに刃向かおうなんて馬鹿なことをした!!
だから”運悪く”失脚なんてさせられたのよ」
「……!!」
その言葉に、小夜の瞳に怒りが滲む。
小緑が、ぽつりと呟いた。
「じゃあ、ねえさまの家族がみんな死んじゃったのは……」
「当然の報いよね?」
冴子が嗤う。小夜が拳をぐっ、と握りしめるのが見えた。
「……やはり、あなた達のせいで……!!」
小夜の声は震えていた。冴子の笑みがさらに深くなる。
「”せい”?何を言うの。正しいのは私達なのよ。
だから神はあなた達を廃して私達を繁栄させたんじゃない。
……ああ、でもまだ、あなたが奪った私の霊力、返してもらってなかったわねぇ?」
冴子が蹲る小夜の顎を掴んで引き上げる。その表情は狂気そのものだった。
「どうすれば返してもらえるかしら?
どれだけ不幸になってもだめだったから……あなたもお父上達と同じ黄泉の国へ行くのはどう?」
「やめて!!」
小緑が、小夜を助けようと駆け寄るが、冴子によって突き飛ばされた。
がんっ、と柱に頭をぶつけた衝撃が、小緑の中にいるあやめにも強く感じられる。
『小緑ちゃん!!大丈夫!!?』
あやめが叫ぶと、小緑が小さく「うん……」と返す声が聞こえた。
(……どうして!?今のままじゃ、何の役にも立てない!!)
ようやく声が届いて、力になれると思ったのに、どうして小緑の身体に入り込んでしまったのだろうか。
心の中で叫んだ瞬間、あやめの頭に蘇ってくる言葉があった。
ーーー最初は、あなたのように魂の姿で、物事をただ眺めていたのですが……。
やがて、この身体に被さるかのように、少しずつ自分の意志で話し、動けるようになったのです。
(朧さん、確かそう言ってた……!)
もし、あやめが朧と同じような状況を辿るなら、あやめもやがて、小緑の身体を借りて、自分の意思で動けるようになるのではないか。そんな予感がした。
(でも、今動けないんじゃ困る!!)
冴子の恨みの念が、ひしひしと伝わってくる。
にたり、にたり。その歪んだ笑顔が、何かとんでもないことをしようとしているようで、あやめの背中に冷たいものが伝う。
(せめて誰かに、助けに来てもらわなくちゃ……!!)
先ほど呪いが解けたことを考えると、次郎丸達もきっと自由の身になっているはず。けれど彼らに、あやめのことが見える可能性は低い。
ならば助けを求められる人間は、一人だけだ!
そう思った瞬間、あやめは力の限り叫んでいた。
『朧さぁーーーん!!!』
炎がこの場に迫り、めらめらと燃えている中、声がどこまで響いてくれるかわからない。
けれど、今のあやめにできることは、こうして敵に知られず助けを呼ぶことだけだった。
冴子はそれに気づかずに、至近距離で小夜を見つめて、けらけらと嗤っている。
「どうやって罰を与えようかしら。
お祖父様の力じゃなくて、私の手でやってみたいわね。
例えば、そう……」
どん、と、冴子の手が小夜を突き飛ばす。
寝殿造の渡り廊下から、炎揺らめく中庭へと……!!

「業火に焼かれて、死ぬとかね!!!」

「ねえさまぁぁぁっ!!」
小緑が悲鳴を上げて手を伸ばすが、届かない。
小夜の目が、恐怖に見開かれたのが見えた。
『小夜さぁんっっっ!!!』
間に合わないーーー!!
あやめがそう思った時だった。

炎の中から、旋風のような影が飛び出し、小夜を受け止めた。

次いで、大量の水が庭に迸る。
ザバァ!!と音を立てて、炎が一気に消えた。
「うわっ……!!」
水飛沫が小緑達にもかかり、突然のことにあちこちで悲鳴が上がる。
と、小夜を抱えた影が、渡り廊下に駆け上がってくる。
満月に照らされたその影の正体に、小緑が声を上げた。
「にいちゃん!!」
炎の中でも道を切り開くためだろう、ずぶ濡れで、それでもぎゅっと小夜を抱え上げている次郎丸は、小緑を見てひゅっと息を呑んだ。
「小緑!?お前まで何でここに……!!」
「うわぁぁぁん!!!」
けれど、小夜が助かったことと、次郎丸が来てくれたことに安心した小緑は、声をあげて泣き出してしまった。
「お、おい、泣くなよ……って小夜!!お前もか!!」
見れば、小夜もぼろぼろと泣いている。困り果てた様子の次郎丸の首に腕を回して抱きつきながら、小夜は声を出した。
「良かった……次郎丸さん、生きてらした……!!」
「お、俺の心配を先にするのかよ……」
泣きじゃくる二人に狼狽えながらも、次郎丸は小夜を抱えたまま片膝をつき、小緑ごと抱きすくめた。
「ほら、泣くな。俺はお前らが泣くのには弱いんだよ」
それでも余計に大きくなる二人の泣き声に、次郎丸はため息をつくのだった。

(良かった……でも、どうして次郎丸さんがここに?)
あやめは、朧の名を叫んだのに。
あやめが不思議に思っていると、背後で見知った声が聞こえた。
「美鈴さん、お怪我を……!!」
『朧さん!!?』
小緑は次郎丸の方を見ているから、朧の姿が見えたわけではない。
それでもあやめが叫ぶと、朧の驚いたような声が聞こえた。
「あやめさんの声が……だが、いない……?」
『小緑ちゃん、いや、この小さい子の中にいるんです!!』
あやめがそう続ければ、小緑が気を遣ってくれたのか、涙でぼやけた視界が変わり、あやめの目にも朧と美鈴の姿が映った。
「その子の中に……?俺と同じ?」
朧が聞き返したとき、こほん、と咳払いが聞こえた。
「あー、お頭。感動の再会もいいけど、この姫君をどうします?」
声のする方を見ると、次郎丸が率いる男衆達が、それぞれ武器を冴子に向けている。刃先を向けられた冴子は青ざめ、ガタガタと震えているようだった。
「あぁ、その女か……」
小夜をそっと渡り廊下に下ろした次郎丸が、ぎろりと冴子を睨みつける。
「てめぇ、よくも俺の女を!!」
「ひいぃっ!!」
冴子が悲鳴をあげ、助けを求めようと目線を彷徨わせ……、朧を見つけて泣き叫んだ。
「お、朧ぉー!!助けなさいよぉ!!」
「嫌です」
朧はきっぱりと跳ね除けた。その周りには、先ほど炎に水をかけたのだろう、桶を持った使用人達が集まっている。
「俺達は今夜をもって、朝霧家とは縁を切ることにしました」
「なっ……はあぁ!!?」
冴子が驚愕の声を上げる。その表情は絶望に満ちていき……、しかし、ハッと思い直したのか、金切り声で宣った。
「お前達!!私達朝霧にこんなことして、ただで済むと思っているの!?」
「まさか」
朧はそう言って、腰の刀をすらりと抜くと、一瞬で姫君の後ろに回り込み、刀身をその首に沿わせた。
「ですからせめて、そのお命でもいただくとしましょうか」
「!!!!!」
あまりのことに、冴子は泡を吹いて気絶した。

「朧……、朝霧にこんなことをして、命が惜しくないのか……!!?」
使用人の一人が、怯えたように口を開く。
それを朧は一瞥し、「今更だろう」と言ってのけた。
「次郎丸殿と共にあの場を脱出せねば、すでに我々は死んでいる身なのだぞ」
「それはそうだが……!!満彦様はきっと、我らに不幸を植え付けるぞ!!」
一様に青ざめている使用人達に、次郎丸が呆れたように声を放った。
「ったく、話を聞いてりゃ、あんたらも結局は不幸を恐れて朝霧側についてたように思えるな。
あの爺、その実味方なんざ一人もいねぇんじゃねぇのか」
「そうですよ」
朧が振り返り、次郎丸に答える。
「皆、これ以上自分や身内に不幸がないように、朝霧家に忠誠を誓っただけの者達です。
それでも当主含めこの家の人々には酷い扱いしかされていません。
故にこうして突き崩されて仕舞えば、裏切るものは多いですよ」
「お、朧……!!これ以上は!!」
それが事実なのだろう、使用人達が必死で朧を制した。
それをじっと見つめながら、次郎丸は静かに口を開く。
「まぁ、さっきの状況じゃ、俺達と手を組まざるを得なかったよな。
だが、ここから先はお前らにとって修羅の道だぜ。
さっきあの爺に手も足も出なかった俺たちだ。
正直言って、勝てるか分からねぇぞ」
うっ、と声を漏らしたのは、男衆か、使用人達か。
皆、困ったように、苦しげに顔を見合わせている。
重苦しい空気がこの場を包む中、小緑のあまりにも明るい声が響いた。
「きっと大丈夫!!あやめおねえちゃんがいるから!!」
『えっ』
あやめはぎょっとした。小緑の視界を通して、殆どの人が唖然としているのが見える。
「……誰だそりゃ」
次郎丸が尋ねると、小緑はにこりと笑う。
「あたしの中にいるよ!千年後の未来から来たっていうの!」
「……は??」
完全に目が点になった次郎丸に、涙を拭きながら小夜が捕捉した。
「私たちが足止めされていた朝霧の呪いを解くのを、手伝ってくれた方だそうで……」
「待て待て待て、訳がわからん」
次郎丸が、自らの額を押さえつつ声を漏らした。
「呪いが解けた、そりゃわかる。現に何かが空で弾けた瞬間、俺たちは動けるようになったからな。
……それに関わってるのがあやめって奴で、小緑の中にいる、だと?」
「うん、そうだよ!!」
小緑が大きく頷いて、話を続ける。
「あやめおねえちゃんのおかげで、あたしはこのお屋敷中にあった風車の呪いを解けたってわけ!!」
「は?お前が解いたのか??」
再び、訳がわからないと言わんばかりの表情になった次郎丸を見かねて、あやめは小緑にそっと話しかけた。
『……小緑ちゃん。あたしが説明するから、皆さんにあたしの言葉を伝えてくれる?』
まだ小緑や小夜に伝えていない情報もある。そうした方がいいだろう。
「わかった!!」
あやめの言葉に、小緑は元気よく答えたのだった。

(続く)


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