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『君の不幸が消えないならば、世界をひっくり返すまで。』第8話

第8話「枷」

茅早の幸せを願っていた。
話を聞けば聞くほど不幸な彼が、笑顔が錆びつきすぎている彼が、少しでも幸せを感じて心の底から笑えるように、できることはなんでもやりたいと思っていた。
なぜかあたしは茅早を助けられたから、この幸運の力を使えたから、余計に。
茅早を助けることで、少しでも自分は父らとは違うのだ、と思いたかったのもある。
自分は穢れていない、だって人を助けられるから、と。

だが現実はどうだ。
あやめの家が、茅早の家を呪って。
幸運を奪って、不幸を植え付けているのだと、朧さんは確かにそう言った。

ああ、なんだ。
あたしは、充分穢れているじゃないか。
あたしの存在そのものが、茅早にとっては枷じゃないか。


「……どうして、そんな呪いが……?」
喉をかき切りたくなるような衝動を必死に堪えて、あやめは声を振り絞る。
まずは知らなければいけない。何が起きてそうなったのかを。
過去を知るために、あやめはここにいるのだから。
朧の返答は、巻物に書かれていることと同じだった。
「朝霧の繁栄を封じたからです」
「……それは、なぜ……?」
そもそも、何が起きたらそんなことになるのだろうか。
あやめが問うと、朧はその手のひらの上の勾玉をちらりと見やり、「どこから話したらいいものか……」と視線を少し彷徨わせた。
「本当なら、俺が見てきたことを貴方にも見てもらうのが一番早いのですが……」
「朧さんが、見てきたこと?」
聞き返せば、朧はええ、と頷いた。
「即ち、朝霧家がなぜ、俺達東一族に呪いをかけたのかという、一連の流れです。……おそらくは、この勾玉が教えてくれているのだと思いますが」
「そういえばさっき、『過去に起きたことを教えてくれる』って、仰ってましたが……それは一体……?」
「まずはそこから話しましょうか」
朧は勾玉を撫でるようにそっと触れてから、話し始めた。
「11年前、一家で交通事故に遭った時、遠のく意識の中で、この勾玉が光るのを見ました。……そして、気づいたらこの世界にいたのです。
これからお話しする”とある事件”が一区切りするたびに、勾玉が光り、俺はまた同じ顛末を繰り返し見ることになるんです」
「そんなことが……」
この小さな勾玉にできるのか。あやめはまじまじとその石を見つめる。
きらり、とその縁が小さく光ったような気がした。
「あやめさん。もし貴方が俺と同じように”呼ばれた”としたら……、この世界に来る直前、それと似たようなことはありませんでしたか?」
問いかけられて、あやめは慌てて思い返す。
旋風が巻き起こって、それで。
「……歌が、聞こえました」
「歌?」
「はい。えっと……全部は思い出せないんですけど、『風車回れ』とか言ってたような……」
瞬間、朧と美鈴がはっと息を呑んで、あやめはぎょっとした。
「え、何か、変なこと言っちゃいました……?」
「いえ……なぜそれを……」
そう言いかけて、考え込むように口を閉じた朧の言葉を続けるように、美鈴が口を開いた。
「あやめさん……もしかするとそれは、朝霧がかけている呪詛を解くことに通じるかもしれません」
「え……!?」
暗闇に、光が差したような気がした。
この呪詛が、解けるかもしれないのだ。茅早達を苦しめているこの忌々しい幸運の強奪を、止めることができる可能性を、朧と美鈴は知っている……!
知らなければ。知って、呪いを解くために全力を尽くさなければ。
それが今のあやめが考えられる唯一の償いだった。

「どうすれば、呪詛が解けるかもしれないんですか!?」
「朝霧の姫君に仕える私ですら、噂程度でしか聞いたことがない話ですが……」
美鈴が背筋を正して、語り始めた。
「この朝霧の屋敷のどこかに、術が施された風車があるそうです」
「風車?」
あやめは周りを見渡す。風を受けてカラカラと軽やかに舞う無数のそれらも、風車だけれど。
あやめの考えを読み取ったかのように、美鈴は続けた。
「屋敷中の目に見えるところに置いてある風車とは、違うのだそうでですよ。……最も、呪物としては同じといえますが」
最後の言葉はそっと、周囲を憚るように紡がれた。
あやめは背筋が凍ったようになったのを感じた。……この、ありとあらゆる風車も、呪物だという事実に。
(これだけの呪いをかけているなんて……!!)
風車の数だけ執着があるような気がして、ただただ恐ろしい。
呪いなんて恐ろしいけれど、知らなければ、とあやめは思った。
そうでなければ何も始まらない。茅早に償うことができない。
「…どんな違いがあるんですか?」
そう問いかければ、美鈴はこう答えた。
「隠されている方の風車が、朝霧家の繁栄の源だとか。市井の人々から幸運を奪い、自分たちのものにするために作られたと、この屋敷の主人が話しているのを聞いたことがございます。対してこの屋敷中に置かれた風車は、幸運を奪われた市井の人々の恨みの念から、お家を守るためのもの」
「なんて身勝手な……!」
自分達の利益のために人を蹴落としておいて、あまりにも酷すぎる。
思わず口にしたあやめに、美鈴は頷きながら続けた。
「それを壊した……、いいえ、厳密には今から数日後に、呪いの源である風車を破壊するのが、東一族の始祖となる方々なのだそうです」
その言葉に、ぱっ、と朧の方を見やれば、彼は顔を上げて口を開いた。
「俺が見続けてきたのは、まさしくそれです。……二日後、俺たちの始祖である人たちがこの屋敷に火をかけ、当主達を倒そうとする騒動が起きる。この話は現時点では、ここにいる俺たちしか知らない未来」
「……それをあたしなんかに、伝えていいんですか……?」
本来ならば、きっと他の誰にも伝えたくない情報だろう。
そう考えてあやめが尋ねれば、朧は静かに頷いた。
「むしろ、貴方には伝えたほうがいいと、俺は思っています。……俺はこの身体を自らの意思で動かせるようになった今も、事件の結末を変えることができず、ひたすらに時を繰り返しているので。……呪いの元凶の風車すら、見つけ出せずにいるんです」
不甲斐ない、と拳を握る朧に、美鈴もそっと口を開いた。
「私も、朧殿に信頼していただいていながら、何もお力になれていない状況をとても歯痒く思っております。
そこにあやめさん、貴方が現れた。これは、時を繰り返した朧殿にとっても初めての大きな変化だと聞いて……、勝手ながら、何か状況が変わればと、思ったのです」
美鈴の声があまりにも悲痛で、あやめはかける言葉が見つからなかった。
瞳を僅かに潤ませながら、美鈴は続ける。
「……私は、朝霧家に仕えている身ですが。ずっと、その術の使い方を恐れてまいりました。
罪なき市井の人々や、目をつけられた貴族達が無情にも幸運を奪われ、不幸を植え付けられていくことが、それに誰も反抗できないことが怖くて……。
そして何より、そんな一族の下に仕えているだけの私自身が、許せなかった」
「美鈴さん……」
不条理がわかっているのに、何もできない苦しみ。
それは、あやめが常に持っている感情と似ていて。あやめは自分のことのように心が痛んだ。
「あたし……、できることは何でもします。だから、二日後に起きること、教えてください。どうすればいいかわかる、そんな気がするんです」
あやめが力強く言えば、美鈴は涙を拭いて微笑んだ。
「何故でしょう。あやめさんがそう言うと、本当に何とかなるような気がするんです」
「俺もそう思います」
朧が心底不思議そうに続けた。
「この世界に現れた時の話を考えても……、貴方はこの状況を打破する鍵となる気がします。一体貴方は本当に、何者なんですか?」
「……茅早君の、友達ですよ」
それだけだったら、どんなに良かっただろうと、心から思う。
実際は彼を、彼の一族を呪った家の子孫だなんて、口が裂けても言えなかった。
でも、どうか許してほしい。あやめはそう心で呟いた。
茅早に、朧に。東の名前を冠し、朝霧に呪われた全ての人達に。

(あたしが、一族の身勝手を止める枷となるから)
それがたとえ、世界をひっくり返すようなことになったとしても。

風もないのに、空気が揺らいだような気がした。

(続く)

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