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関わる人、みんなが幸せになる循環を 「ラス」兼子大輔さん

シリーズ【飲食店は何のためにあるのか?】

5000円という価格でフランス料理をコースで提供する表参道「L’AS(ラス)」。おいしさとリーズナブルな価格の両立を可能にするのは、兼子大輔シェフの徹底した仕事術です。人気店であっても例外なくコロナ禍の影響を受けてしまう状況に、これから先の時代に飲食店が存続していくには、経営者として新たな発想を持つことが必要だと考えています。

※本シリーズは追ってWeb料理通信に掲載予定ですが、一足先にnoteで連載をスタートします。

▶問1 現在の仕事の状況

費用対効果を見極め、普段の営業を大切にする

コロナ禍になって、他の飲食店と同様、僕たちもいろいろトライしました。試行錯誤するうちに、費用対効果の良し悪しがわかってきて、例えばテイクアウトの販売は、普段からやっていなければ費用対効果はそれほど高くない。で、やめました。

元々していなかったランチ営業は続けています。始めてみると、土日は満席になるほど需要がある。ディナーの集客が少し落ち、感染防止のため席数を減らしても年間トータルで見ると結局、例年より忙しかった。ランチ営業をしていなかったのは、開店当初、スタッフの労働時間を短縮したいと考えたため。今はその頃より料理の内容が向上していると同時に、仕事の効率化も劇的に改善できています。コロナが落ち着いても、スタッフを増やしてランチを続けようかと検討中です。

コロナ禍で上の世代の客足が遠のくなかで、20~30代の来店が増えました。食べて飲んで1万円程度で、レストランの体験もできるうちの店は貴重に思ってもらえるようです。1日100人くらい来店するうち、ラスをタグづけしてインスタグラムにアップする人が、わかる範囲で1日15人位。店側が「こんなメニューやっています」と発信するより、よほど効果がある。だから普段の営業がますます重要になります。

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ラスのスペシャリテ「フォアグラクリスピーサンド」。冷凍して販売を始めると、コロナ下の大ヒット商品に。「単価が高く、コンスタントに売れ、保管場所も取らず、作業効率もいい、費用対効果が良い商品」と兼子シェフ。
( photograph by Instagram: @restaurant_las )

▶問2 あなたが考える「飲食店の役割」とは?

料理人としての喜びを実感できる場所

今の時期、固定費がかかる実店舗を持つのはリスクだと感じながらも、レストランというかたちを手放さないのは、料理人としての喜びを感じられる場所だからです。僕が料理の道を志したのは、料理が好きだから。食べる人の反応を見て、レストランで食事する情景に憧れてこの世界に入ったわけで、料理を作って終わり、ではない。食べてくれる相手がいることが、仕事の喜びにつながり、僕たち料理人は輝くことができるのです。

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ラスが提供するのは、9~10皿で構成する5000円のコース料理。「フランス料理で、5000円という価格帯で、価値があるものを提供できる人は少ない。それが僕の強み。自分を俯瞰して、自分が勝てる土俵を見つけ、突き詰めることが大事だと思う」( photograph by L’AS )

▶問3 これからの時代、飲食店が存続するために必要なことは?

みんなが幸せになる仕組みを考える

コロナ禍で置かれたこの状況をどう打破できるか、料理人の間で考えても埒があかないと、異業種の人を訪ねて話を聞いたりもしましたが、画期的な答えは出なかった。結論として、飲食業にとって今は時代が悪すぎるから、がんばる時期じゃないと考えています。みんな飲食店が好きだから、その時が来ればお客様は必ず戻ってきてくれる。雇用調整助成金など様々な協力金によって経営的にも救われていますし。

だから今は成果が出ないことに時間を使うのではなく、戻ってくる日に備えて仕込む時期だと考え、スタッフには「今しかできないことをやったほうがいい」と伝えました。語学を始めたり、ソムリエは日本酒を勉強したり、キッチンスタッフでソムリエ試験に合格した人、パソコンが使えるようにがんばっている人もいます。

経営者にとっては、チャンスだと。ジャーナリストのマルコム・グラッドウェル氏が提唱する「1万時間の法則」を思い出しました。ある分野でスキルを磨いて一流として成功するには、1万時間もの練習、努力、学習が必要だというものです。その時間を獲得するなら今だと、2年前、人に勧められてふんわり始めた株式投資を集中的に勉強しました

もともと飲食は利益率が低い業界です。利益率が悪いと会社の経営が厳しくなり、労働環境や給与体系はもちろん、スタッフの指導や教育にも余裕がなくなる。飲食業界は求人難と言われているのも、他の業界と比べて労働条件が悪すぎるから。ブラックが当たり前の業界を変えなければ、この先、飲食業界が存続していくことは難しいでしょう。ちゃんと収益を上げ、みんなが幸せになる仕組みを業界全体で考えていくべきだと思います。株式投資を始めたことで、いい会社ってこうあるべきと俯瞰して見えるようになり、投資で利益が出せることによって会社にゆとりが生まれ、結果的により良いレストランづくりにつながっています。

ラスの給与は他店より高い水準。新メニュー開始前にはスタッフ全員による試食会が恒例。兼子シェフの解説と、実際に味わう体験により、ゲストへの料理紹介がより説得力のあるものになる。余裕のある環境がより良いレストランづくりにつながる。( video by Instagram: @restaurant_las )

収入を増やすために、多店舗展開して事業を広げることも考えられますが、店の数を増やすことと1店舗を経営するのは全く別のことです。「社長業」という違う仕事に追われ、志の高いスタッフが集まりにくくなり、好きだった仕事でなくなってしまうかもしれない。その点、スタッフに負担をかけずにできる株式投資は、理にかなっていると思います。

今はスマホでできる投資アプリなど便利なツールがいろいろあるし、時間をとられないやり方もあるので、本業の飲食に影響を及ぼすこともありません。料理人の収益の一つとして、株式投資という選択肢がこれからはあっていいと思います。「金融教育」をはじめ、日本は遅れているくらいだから、今後、株式投資は普通のことになっていくのでは。

ただ、料理人として何が一番大事かといえば、圧倒的に技術。でないと人がついてこないから、それは間違いない。その上で、まずは自分の棚おろしをして、自分は何が得意で、何が不得意なのか理解する。自分が勝てる土俵を見つけたら、そこに社会や業界にある課題を掛け合わせてみると、その時代に自分がやるべきことが見えてきます。それはこの先どんな時代になろうとも、飲食店が存続していくための一方策になるはずです。

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(  photograph by Atsushi Kondo )

兼子大輔さん
大阪「ラ・ベカス」、東京・三田「コート・ドール」、仏「バランドル」、「サンドランス」、麻布十番「カラペティ バトゥバ!」を経て12年、「L'AS」をオープン。翌年現在地に移転し、ワインレストラン「CORK」も開業。14年英『FOUR MAGAZINE』主催 ライジングスター賞受賞、RED U-35ゴールドエッグ受賞。

【動画】インタビュー・ダイジェスト版をご覧ください。

◎L’AS
東京都港区南青山4-16-3 南青山コトリビル1F
☎080-3310-4058
12:00~12:30LO
17:30~20:30LO(土曜、日曜、祝日17:00~20:30LO)
https://las-minamiaoyama.com/
*営業時間や営業形態は状況に応じて変わります。

Facebook: @lasminamiaoyama
Instagram: @restaurant_las


Web料理通信|未来のレストランへ

食のプロたちに飲食店の存在意義や尊厳を問い掛けていくシリーズ「飲食店は何のためにあるのか?」をWeb料理通信にも公開しています。2020年4月の緊急事態宣言を機に生まれたシリーズ「未来のレストランへ」では、度重なる営業自粛を求められる中、飲食店の多くが要請に従うと同時に様々な策を講じ、“制約を逆手に創造に挑む”発想力と底力を取材しています。



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