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喧騒と空

作:まゆこ

繁忙。雑音。無意味な妄想。
ああうるさいな。自然の音、蝉の声がうるさく感じてしまったらもう追いやられてる。

仕事で疲れて、帰ってなんとなくテレビをつけて、目線はテレビに置いたまま、ご飯を口に運ぶ。

全てが流動的で、意味がない。
私はなんのためにこんなにも身を粉にしているつもりで働いているのだろうか。

私はなんのために生きてるのだろうか、なんて自問しながら生きる日々。

周りのみんなは彼氏が出来て、安泰だと言う。喜ばしいよ?喜ばしいけど焦っている自分がいる。大丈夫だ、今友達がいるから満足してる、なんて自分に必死に言い聞かせる自分にも嫌気がさすことにすら気づかないようにしている。

結局、わからんのだ、自分が何がしたいかなんて。

こうやってぼんやり、何となく生きてりゃどうにかなる。
そうだ、この社会の多くの人間だってそう思ってるし、そうなるもんでしょう。

今日も私は、目線をテレビに泳がしながら、あんまり味のわからないご飯を、胃に運ぶ。

そして、ダラダラとお風呂に入り、布団に入る。それだけの生活。

――ー

電話は、突然だった。

「おじいちゃんがね…」

覚悟はしていた。分かっていた。分かっているつもりでいた。

明日会社に届けを出して休みを貰って、実家戻ってきなさいと言う母の声が、随分と遠く聞こえる気がして、頭に入ってこない。

その時、涙は出なかった。


お葬式の時、みんな泣いていた。

私ももちろんそのうちの一人だった。なんで泣いてるんだろう、なんて考えもしなかったけど、ひたすらに涙が溢れた。幼少期の記憶、口数が多い方ではなかったし、話を沢山した記憶も、大好きだった記憶すらない。それなのに、少しでも私を知っている人、いや私が関わってきた人が亡くなった時、どうしたってこんなに涙が出るんだろう。

お葬式が終わって、でも次の日仕事だから、って一人で帰る。車窓の風景が、緑からグレーに染まる。
所狭しと並ぶ建物に、息苦しさを感じた。

駅のホームを降りて、自分の家に帰る。蝉がまだうるさく鳴いている。

人が行き交う道。ふと、立ち止まった。
足が止まったのだ。

ビルの隙間から見える、水色の、澄みきった空。
こんなにも綺麗だったっけか。


「嘘だ」

と呟いた。
大切な人が亡くなったことも、
また人間関係で悩まなくちゃいけない、現実がそこに転がったままだということも、

そして普段、私たち人間がこのきれいな空の存在に気づき、綺麗だと心を震わせられることを忘れているこの社会そのものすらも。

全部、全部受け入れがたくて。
受け入れられなくて。

だから、私はいま、泣いている。
綺麗すぎる水色のグラデーションの空を見ながら、泣いている。

ちっぽけな自分を包み込んでくれる空。
どうしたって私たちは忘れてしまう。

昔、どこかの誰かが言っていた。

この地球に住んでいること。
大きな自然に包まれていること。
そして、奇跡のような積み重ねで私たちは生きているんだよということ。

目の前の人間関係やら、目的やら、仕事やら、見えない圧力やら、そんな人間の脳みそが生み出す勝手な妄想に日々追い回され、広大な空が私たちを包んでいることさえ、思い出せないでいる。

「なんてちっぽけ…」

私の言葉は、誰に届くでもなく、空気に紛れて消えていった。

明日から私は、いいや、今から私は、また戻るのだ。喧騒にまみれたこの社会の中に。
自分を幸せにできないままの自分の脳で、これからも生きていかなくちゃならないんだ。

理不尽だ、どうみたって理不尽だ、

だけど。

この空の綺麗さだけは、たまにでいいから思い出したい。本当にたまにでいい。

また、この広い空を眺めること、そしてその美しさに気づけたなら。

どれだけ日常が流動的でも、
この地球に生きていることに、少しでもいいなと感じれる自分にあと何度か出逢えたなら。

私はそれが、私が生きている意味でいいんじゃないかなぁと思う。

流した涙は、もう遠に、乾いて空気の中へ消えていった。


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