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【優しい夢のまんなか】

ゴールデンウィークの最終日は、
朝から1日夫に子どもたちをお願いして、
明治神宮の杜を歩き、カフェで自分の時間を過ごし、
スーパー銭湯でゆっくりとお湯に浸かりました。

もともと夫がお台場のレゴランドを予約してくれていて
4人でお出かけする予定だったのを、
”明日は1日休みたい。温泉にゆっくり浸かりたいから
子どもたちをお願いしたい。”と昨晩リクエストしたら、
”ええやんか、行ってきいやー”と快諾してくれました。

長男が小学校に入学し、はや1ヶ月が経とうとしています。

毎日駆け抜け続けて、振り返ってみて今感じるのは、
この1ヶ月、結構大変だったなあ、
そんな中で、私、よくやってたなあ、ということ。

これまでは子どもたちがらみの連絡系統が
こども園の1箇所だけだったところから、
小学校、放課後クラブ、アフタースクールの
4箇所に一気に増えたこと。

月の半分以上、夫が出張で不在だったこと。

長男の怪我。

義父の入院。

この春は子どもたちの大事な新生活の立ち上げ時期だから、
ゴールデンウィーク前までは、できるだけ仕事は控え目にして、
スペースのある自分でいたい、と思い以前から設計してきました。

蓋を開けてみると、なんのその。
子どもたちは新しい環境にやわらかく入り、
楽しそうに過ごしています。

母の私の方が、いろんなことの立ち上がりにてんやわんやでした。


私には、器用なところと不器用なところの両方があります。

いろんなことを、ある程度まで精度高くやれる
器用さがある故に、ある程度の精度までは
やっていたいと思うし、できる自覚と信頼があります。

その精度は、人が見ると、
いやいや、そこまでやらなくていいんじゃない?
もっと手を抜いていいんじゃない?
と感じるだろうところもきっとたくさんあるのだと思います。

自分が当然これくらいはできる、と思っている精度を
下回ることが心地が悪くて、許せなくて、
それが、自分も人も不自由にさせることがある。

そんな、とても不器用な人間だなあ、と感じます。


ゴールデンウィークの後半、子どもたちを連れて
実家に帰省した際、子どもたちにかなりの塩対応をして、
やっちゃったなあ・・・と反省モードの私に、母が帰り際に
”この本、読んでみたらいいよ。お母さん、読んでて涙が出たよ”
と一枚の付箋を貼った本を渡してくれました。

付箋が貼られた章の最後に、こんなメッセージが書かれていました。

絵本を読む相手いがいるあなたは、「優しい夢」の真ん中にいる。
どうぞ、楽しんで。

『子どもの脳の育て方』黒川伊保子

この言葉は、ぴん!と張り詰めて固くなっている私に、
やさしく染み込んでゆきました。

そうなんだよなあ。

明日、目が覚めたら、何もかも夢だったらどうしよう。
だとしたら、私の子育ては、あまりにも「優しい夢」だったことになる。

『子どもの脳の育て方』黒川伊保子


この感覚、私なりにとてもよくわかります。

現実は、とてもタフで面倒臭いことがたくさんあって。

自分にがっかりすること、
突きつけられることもたくさんあって。

そして同時に、今ある日常は、夢なんじゃないか、
という感覚がいつもどこかにあります。


”器用で不器用な娘を、引き続き見守ってね。いつもありがとう”
と両親にメッセージを送ったら、

”アッコちゃんは決して不器用じゃないと思う。
二人の子どもへの愛が溢れている。たまには衝突があってもいいよ。
お互いに許し合っていこう。”

と父がメッセージくれました。

世界はいつも、大きくて優しい愛で満ちていて。

これまでも今も、きっと私たちは、
これ以上ないくらいの夢のような日々を
生きているのだと思います。


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