製、欲思考停止-

守咲屋まき、彼女は普通の人間ではなかった。 けれども、いくつかの同じような生物たちの中で、 飛びぬけて純粋で、また温かな気持ちを強く持っていた。


地上が、久しぶりの温暖気候にある中、何処かの施設では――。


隔壁を抜けて、地下への階段を下り、厚めの扉の先にある【通常脱出口】が近い隠し部屋の中で、

ファイルをめくる音が小さく響く。

守咲屋まき: ネイチャー:血霧バサミ。能力不明。

数体いる思考閲覧委員会の二人目のネイチャー持ち成功体となる。(委員会所属の一人を吸収により)

我ら委員会所属のモノが、ネイチャーに介入する能力の実験中、

個別に用意した異常者、成功体への昇華寸前だった紙谷マキの侵食系ネイチャーの妨害を受けた際に、

第一から第五の我らが居る前で唐突にネイチャーを発現させ六番目の意識を吸収。

委員会は、これを不慮の事故として確定、六番目はそもそもが存在しなかったものとして処理、

そして残った彼女に新たな名前つけて解放した。


これは、そんな彼女の物語。


――薄緑いろのきれいな透きとおった壁の向こうで、

同じような生き物がちらちらとこっちをみていた。

小さな身体に小さな帽子。

さっきまでわたしも同じような姿をしていただなんて考えてもわらいしか出てこない。

ふふふ、ようやく、ようやくあの小さな身体とも、六番目なんてなまえからもさよならできる。

わたしが一番最初になるんだ。


よこにいるのは――かわいそうな人間の女の子。

あなたはなんの実験なの――? まあいいか、おやすみ。


私が眼を閉じた瞬間、赤い、熱のようなモノが身体の中に入ってきたような気がした。

あつい、かなしい、のろい、ゆめ、きる。

「あなたは――あたたかいね。」

あの、こえ――は。

いや、気がしたわけじゃない。

実際に何か起こっているんだ。


熱を帯びたと思ったら、私の思考能力が一段と上がったような気がする。


驚愕した私は、眼を思い切り開くと、

私を閉じ込めていた硝子の壁がバキバキと音を立てて割れ始めていた。


「どうした!!六番目、身体はなんともないのか。」

そう私に向かって声を上げる小人の一番目は私を心配しているようだったが、

他の四人はもう一つの横にあった薄緑色の硝子の中に居た女の子に視線を注いでいた。

「一番目、その娘は――。」そう言った私に、

向かって顔を横に振る一番目の表情は明らかに悲しんでいて。

二番から五番がザワザワと硝子の中に気を取られているのを確認した一番目は、

ゆっくりと部屋から出ていこうとしていて、その動作が一瞬止まったかと思えば、

私を見て、ついてくるように眼を合わせていたので、

私は彼に従うようにゆっくりと、そろりと実験室を後にした。


実験室の入り口を抜けた私に一番目すぐに耳打ちをしてきた。

「見た瞬間は冗談かと思ったが、六番目の思考能力が格段に上がっているのを確認した」と。

一番目に私の能力が上がった理由がわからないと告げると、

一番目は、私の居た場所から、横に捕獲されていた人間が、紙谷マキという名前で、

本来存在する可能性の無い通常精神者で在りながら、

ネイチャー発現者だった。という事を呟いていて。

その発現者のネイチャーは自らの因子を霧状に散布して相手を麻痺させるモノで、六番目が眼を閉じた瞬間に発現者肉体その物がいつの間にか消えていたらしい。という話が続けて耳に入ってきた。


つまり、可能性としては私の中に彼女自身のネイチャーが保有されているのかもしれないと。


何かが私の中に入ってきた感触を覚えた少し前のように、

眼を閉じて穏やかな感覚に沈もうとする私を、一番目は強く引きとめた。


なんでも、現在の思考閲覧委員会の中には、

【正当な欲や思考を傍観し守護する】という目的すら投げやって、

自らの邪な欲や思考を吐き出そうとしてる物が紛れているらしく。


六番目が能力を所持したとあれば、

どんな手を使ってでも其れを取り出そうとする流れが出来上がってしまうと。


そんなヨコシマな思考を有したモノが居てもそう簡単に排除できないのが、

私たちの組織であるというのを再度実感した瞬間、

今まで感じたことの無いような寒気が背中をざわざわと駆け抜けた。


そんな私の表情を見て何を思ったのか、一番目は「今日から君は六番目では無く彼女の名を汲み取った、【守咲屋まき】として外の世界に身を隠すと良い。

このままでは四番目辺りが本当に君に執着しかねない。」

そう話して、【緊急の脱出口】がある場所へ続く廊下へと私と一緒に向かい始めた。


お互いに無言の中、足音だけだこつこつと響いて。


廊下を左へ右へと曲がりながら、

やがて眼の前に真っ白な壁だけが見える行き止まりの場所へとたどり着いた。


真っ白な壁に一番目が手のひらをぴたりとつけると。

すーっという音と共に壁がゆっくりと割れ、開かれていく。

扉が開ききった時、とんっと私を押した後で。


「さあ、此処から外に出ることが出来る。出来るだけ遠くに、そして人の多くいる場所に逃げ込むんだ。

そのまま平穏に暮らしてほしいと思うが、きっと他の我らが君の正体に気付かなくとも、

君を争いに巻き込むことになるだろう。


だから――この世界のどこかに存在する【紅色ドレスの軍神】か【銀色の道化】この【どちらかに近いモノ】と接触をしてほしい。君が表に出れば【力あるモノ達】は皆気付くだろう。

こちらから連絡できる機会も少ないかもしれないが、出来る限り、支援はしよう。君に、幸あれ。

我らの可能性、六番目、守咲屋まき。 」


少しばかり早口になりながらそう私に言葉を伝えた一番目の表情は、

人形のような顔にしか見えないのに、なぜかとっても人間らしいと思えて。

「ありがとう。兄さん。」不意に出た言葉を確かめる間もないまま、

振り返る事をせず先へ先へと走り出した。


扉の先は薄暗い。けれど遠くの方に光は見えている。

眩しくて、温かい光が。


どんどんと強くなっていく感じたことのない気持ちを胸に、

私はその光へと向かっていった。

2017年 03月 29日


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