聖、欲思考停止

森を必死に駆ける一人と、 その一人に近付くもう一人の女の子の話


レンガ造りの建物が並ぶ街を抜け、

森を進んだその先に、

大勢のヒトが集える大きな建物があった。


静かな室内、

カランと転がる丸くいびつな一つの影。


――全ての面が白で統一されていた大きな室内は、

どす黒い色が混じる赤い液体が床一面を広く深く染めあげていた。


それでも、

室内上部にあるステンドグラスからは、

その場に似合わないような暖かで眩しい光が降り注いでいて。


眩しい光が顔に当たって眼を覚ました桜兎凜は、

眼の前に広がる光景を、状況を把握する前に、

息を切らしてその場を走り出た。

はあはあと息を吐きながら無我夢中で森を抜けようとする桜兎凜の眼は、

動揺と混乱で埋め尽くされているようだった。


「くっ――ふぐっ……はあ、はあ。」


呼吸を乱し、桜兎凜がガクガクとした膝を地に着けて脱力したのは、

ちょうど森を抜けきってから直ぐの事で、

桜兎凜の乾く口元に反してゆっくりと透明な唾液が滴り落ちる。


心臓の動機は激しいままだ。


――ドレくらいの時間が経っただろうか。


虚ろな眼にゆっくりと光が宿って、

脱力した身体から震えが消えた時、

暖かな陽射しが降り注いでいた外の景色は、

既に茜や紫に染まっている空のように暗く冷たくなっていた。

「さむっ……!!」

誰もいない筈の外で少しばかり大きめの声を出して今の感覚を零した桜兎凜は、

レンガ造りの街の入り口からゆっくりとゆっくりと淡い撫子色の肌をした小さな女の子が、

こちらに向かって歩いてきている事に気付くことなくただひたすら寒がっていた。

淡い撫子色の肌をした小さな女の子が桜兎凜の傍まであと少しという所まで近付いた時、

ようやく桜兎凜は寒がっていた手振りをやめて、立ち上がろうとした。


――立ち上がろうとしたのだが。


「あれっ!!……あら、え?た、立ち上がれない……?」


陽が落ちるまで膝を着いて脱力していた事から、

言うまでも無く足全体が痺れていた。


それに足して寒さによって身体が悴み、

手や腕の感覚も麻痺していて力が出なくなっていて。


「し、痺れるっ~~!!

後どれくらいこのままで居たらいいんだろう……。」


動かそうとする度に身体の痺れが即座に伝わってもどかしくなる。


そうこうしている内に淡い撫子色の肌をした小さな女の子は、

桜兎凜の眼と鼻の先に立っていた。


「…………。」

無言の小さな女の子、耳の近くの髪には銀色のかんざしが留まっていた。

「……や、あの、こんにちはっ!」

恐る恐る声をかける桜兎凜

「…………なにしてるのよ桜兎凜。」

呆れたように声を出した小さな女の子

「……いや、動けなくて……ってなんで私の名前を知って――?!」

バツが悪そうに呟きつつ驚く桜兎凜

「…………あなたが、観測された中で珍しく、

正常者なのにネイチャーを有している人間だからよ。」

手を差し伸べてそう淡々と話す小さな女の子

「……え?ねいちゃー?、なんですかソレ……何言って――」

差し伸べられた手を握り立ち上がったは良いモノ、何がなんだかわかっていない桜兎凜


淡い撫子色の肌をした小さな女の子は、

なんだかほっとしたように、


「その様子を見る限り、

小人達には手をつけられてないみたいでよかった。」と、

そう桜兎凜に声をかけた小さな女の子の声色と表情は、

姿に似合わないほど大人びていて。


「あっ――。」

女の子の顔を思わず眺めてしまっていた桜兎凜は、強く強く恥ずかしくなったので、

な、なんでもないですといいつつ小さな女の子から眼を逸らした。


そんな桜兎凜を見たからなのかそうでないのかはわからないけれど、

小さな女の子は、大人びた優しい声で、


「ねこよ」


と呟いた。


ねこよと言われた桜兎凜はねこが近くに居るのかと思って辺りを見回したけれど、

辺り一帯原っぱのような感じが続いているだけで近くにねこなんて居なかった。


ねこなんて何処にいるんですか?と桜兎凜が女の子にたずねようとした刹那。


「いるじゃない――あなたの眼の前に。」


そう言って――女の子、白星ねこは、

桜兎凜の唇に人差し指をゆっくりと当ててこれまた優しく微笑んだ。


「私の名前は白星ねこ。

一応人妻だったりするの。

今は離れ離れなのだけれど……

もしかしたら私の伴侶を紹介できる時がくるかもしれないわね。」

そう言葉を零す女の子はより一層優しそうな表情をして、

桜兎凜の手を引きながら早歩きで言葉を続けた。


「今日私があなたの元に来たのはあなたを迎えに来たからなの。

これからあなたは戦いに巻き込まれないよう回避するために、

色々な場所に移動して勝機を集めないと行けないのいずれこの世界にも――!」


何かに気付いてねこが言葉を止めた刹那、

ねこと凜の前に黒い影が現れて。


影の中から小人が二体現われた。


「ねえねえ☆ボク達にナイショで何をしてるのかな☆」

小人二号がポツリとさめた声で呟いた。

「あーあー♪ソコの人ボク達の三番目倒した子ダヨネエ♪

チョット♪オシオキさせてくれない♪」

小人四号が下卑た声でそう投げ掛ける。


段々とにじり近付いてくる小人に対して。


ねこは凜に見せたような呆れ顔よりも深い呆れ顔で。


髪に着けてあったかんざしを外して、

そのかんざしで空中に何かの模様を書いて小人達に向かって一言。


「じゃあね。」と呟いた。


可笑しさに気付いた小人達はしまった!と、

急いで凜とねこを捕まえようとしたが、


気付けば、既に二人の姿は跡形も無く消えていた。


その場に佇んでいるモノと言えば、

面白くなさそうな顔をした小人二人と。


陽が沈んだ世界を、

穏やかな風と静かな川の音を感じながら、

静かに煌めく空いっぱいの星たちだけ。

2015年 10月 04日

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