先天性、聖女

生まれた時から決められていたわけじゃない。

もしかしたら――生まれる前に決まっていた。 こうなることが。


ある世において。


聖女とは人に聖なる祈りを与える存在――

そんな聖女は、


産まれた時から既に聖女だった。

物心が芽吹く前から聖女だった。

他人と触れ合う前から聖女だった。

乳飲み子になる前から聖女だった。


この世に生を受ける前から聖女は既に聖女だった。

愚かな人間が言葉を投げる。

「産まれた時から聖女としての路を背負わせるなんておかしい!」と。


一発の銃弾が、愚かな人間を撃ち抜いた。

愚かな人間が声を張り上げて立ち塞がっている。

「あの子を部屋から出してあげて!!」と。


一発の銃弾が、愚かな人間を撃ち抜いた。

発砲音は静かに響く。


愚かな人間が、

食べ終えた誰かの食器を片付けながら言う。

「あの方に私達と同じ世界を、

景色を見せてあげることさえも許してくださらないのですか!!!」

一発の銃弾が、愚かな人間を撃ち抜いた。

発砲音は静かに響く。

冷凍された白い液体を機械に詰めながら妻はつぶやく。

「ねえ、アナタ……今ならまだあの子と私達は逃げ出せるかもしれない――」

一発の銃弾が、おろかな人間を、撃ち抜いた。

発砲音は静かに響く。


温かな陽の光が聖堂の白い室内に降り注ぐ中、

聖女迎えの儀式のために集まった権力者達の中から、

聖女に向かって歩く男がひとり。


愚かな人間が聖女の前へと歩み寄り、


ゆっくりと彼女の手をとった後、


静かに跪いて言葉をこぼす。


「聖女よ、私と彼らに聖なる祈りを与えたまえ」

長い沈黙の後、

発砲音が静かに響いた。


何度も。


何度も。

銃弾が打ち出されるたびに、

高く細い音を鳴らしながら薬きょうが落ちていく。

カチカチと鳴って消えていく音は、

銃に弾が無い事を知らせる音で。

辺りには赤い色に沈み込むようにして倒れこんでいる権力者達の姿。

けれど。

たった一人だけ、

悔しそうな眼をして静かに立っている愚かな人間が残っていた。


聖女は、意味を為さなくなった拳銃を床に落として、

ゆっくりと愚かな人間の元へと歩く。


愚かな人間の眼の前まで歩いてきた聖女は、

静かに愚かな人間の首元に手を伸ばした。


「ごめん」


誰かの声が聖堂の部屋の中に沈みきった頃、

力の入っていた白く柔らかな手が人間の首から離れていく。


温かな陽の光が降り注いでいた聖堂には、

人が居た暖かさは感じられず。

少しばかりの温かな雨が流れ滴り落ちていただけだった。

聖女の行方は誰も知らない。


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