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その土地で食べ、生きること『海と山のオムレツ』

図書館に行くと、返却されたばかりの本を書庫に戻すまで置くためのカートがあって、ここからも本を借りられる。私はこのカートを眺めるのが好きだ。
いろんな人がいろんな本を借りて、世界を広げ深めている。

この本もそのカートにあった一冊。
私の前に借りた人は、イタリアに興味があったのか、それとも料理が好きなのかな?と想像したりして。

そしてなにより『この海と山のオムレツ』というタイトルを見て手に取りたくならない人はいるだろうか?

著者のカルミネ・アバーテは、南イタリア、カラブリア州の小村の出身。幼少期に刻まれた故郷の味、そしてその後ドイツ、北イタリアと移り住んだ土地での食と人との出会いが描かれている。

にんにく、唐辛子、いちぢく、白いんげん豆やサラミといった材料からどんな料理なのかを想像するのがとても楽しい。

たとえば、ドイツのロヴェレートの小さなレストランで食べたカネデルリという肉団子。パンの白い部分とサラミ、小麦粉、バターチャイブにナツメグ‥と材料を目で追ううちに、料理の香りとともに村の風景や食堂の情景まで立ち上がってくるようだ。

どの料理もじつに美味しそうで印象的なのだが、なかでも「海と山のオムレツ」や「アルバニアのシェフ」といった著者の幼い日の大切な思い出の味が、数十年を経て自らの人生に再び帰還するくだりが秀逸で心温まる。

著者は1957年生まれで、当時の北イタリアのアルバニア系イタリア人は出稼ぎを余儀なくされる厳しい生活だった。しかし彼ら独自の食文化は父親のオリーブに象徴されるように、たくましさと喜びに満ちている。

昨今日本では、郷土料理やその土地ならではのユニークな料理を「ご当地グルメ」として全国どこにいても簡単に食べられるようになった。それはそれでありがたいことだけれど、食がいかに人々の暮らしに強く結びついているかをあらためて考えさせられる。

いまここでしか食べられないものを存分に味わってみたい気分になった。





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