突然、私の目の前に現れた「謎の女性」の正体
その日は朝から友人(女性)と出かけていたのだが、メインが私の用事だったこともあり、解散して帰宅後すぐ、友人にお礼のLINEを送った。
「今日も一日お疲れ様でした。朝早くから用事に付き合ってくれてありがとう」と。
その友人とは数日前にも会っていたので「今日は」ではなく「今日も」と書いたのだけれど、まさかそれがその後のあんな大事件を引き起こすことになるとは思いもしなかった───
さて、友人にお礼のLINEも送ったし、まずはお風呂に入ろう、と服を脱いだその時、LINEの通知音が聞こえた。
私はメール時代から「即レスのまるお」と言われるほど返信が早い。もともと性格的に返信が早いということもあるが、時々見かける「仕事がデキる人は返信が早い」という記事を妄信し、「仕事がデキる人と思われたい」というスケベ心も手伝って、まるで「パブロフの犬」のように、反射的に返信をする癖がついているのだ。
季節は冬。帰宅直後のとても寒い部屋の中。
お風呂に入る直前なので、潔くすべて脱いでしまった状態のままだったがLINEの相手をお待たせするわけにはいかない。
私は無防備極まりない姿でスマホのある場所まで戻り、そしてLINEを確認した。LINEの送り主は先ほど私がLINEを送った友人だった。
「こちらこそ、今日はありがとうございました」的なことが書かれているのだろうと思い、LINEを確認したのだが・・・そこには予期せぬことが書かれていた。
「京本有加って誰ですか?」
・・・ん?
友人から送られてきたLINEの意味がわからない。
「京本有加って誰?」
思わず私は、そのままオウム返しをしてしまった。もちろん、とぼけてなどいないし、ふざけてもいない。すると、すぐにまた返信が来た。
「まるおさんのLINEに書いてありますけど」
───私のLINEに?
いやいやいや、そんなわけない。だって、京本有加なんて人、知らないし。そんな知らない人の名前を私が書くわけがない。
と思ったのもつかの間───
ホントだ!書いてある!!
友人から言われ、半信半疑のまま、私が友人に送ったLINEを見返したところ、こう書いてあった。
「京本有加一日お疲れ様でした。朝早くから用事に付き合ってくれてありがとう」
なんと「京本有加」という名前がそこにあったのだ。何で!?である。私が友人に送ったのは───
「今日も一日お疲れ様でした。朝早くから用事に付き合ってくれてありがとう」だったはずである。なのに、なぜ???
いったい、私の身に何が起きたのだろう。それに、自分が送ったLINEに対する友人の返信を見返すと、怒ってはいないにしても、なんとなく不信感を抱いているであろうことが感じられる。
そりゃそうだろう。
女性の友人に対して「今日は一日お疲れ様でした」と送ったはずが「京本有加一日お疲れ様でした」なのだから。付き合いが長いだけでなく、今日一日お世話になった相手の名前を間違えるなど、絶対にあってはならない。
なのに、私は明らかに「京本有加さん」に対してお疲れ様を言っている。いくら私が「違う」と強く否定したところで、目の前のLINE画面が動かぬ証拠だ。裁判だったら100%敗訴である。
しかし、それよりも何よりも、大きな疑問は「なぜ私は京本有加さんという会ったことも、その名を聞いたこともない女性の名前を突然書いたのか?」ということ。そもそも、京本有加さんとは何者なのか?謎である。
ま、お風呂に入ってからのんびり考えるとするか・・・というわけにはいかない。今、まさに緊急事態なのだ。
念のため断っておくが、私と友人は恋人関係でもなければ夫婦でもない。私は元カレではないし、彼女は元カノではない。なので、仮に京本有加さんとの関係を疑われたとしても困らないといえば困らない。
しかし、だ。
ここでお風呂に入り、20分~30分のLINE空白時間を作ることで「あ、やっぱり京本有加さんと何かあるんだ」と思われるのもなんだかな、である。
独身彼女なしを貫く私だからこそ、「独身彼女なしとか言ってるけど、結局裏ではいろいろやってんじゃん」と思われるのは私の「独身彼女なし」のプライドが許さない。
とはいえ、このまま手をこまねいてお風呂場の前で時間を浪費してしまったら、結果は同じ「やっぱ何かあるんだな」と思われてしまう───
私は何も隠していない。隠すことなど何もないのに、疑われているというその状況。しかも、冬の寒さのなか、何も隠すことなく、生まれたままの姿でそんなことを必死になって考えているという、あまりにシュールすぎる状況のまま、LINEの向こうにいる友人とお風呂をこれ以上待たせるわけにはいかない。
「京本有加事件」が起きた原因と、「京本有加事件」における私の無実を証明すべく、震える体と心を奮い立たせ、私は必死に考えた。
とはいえ、何をどうすればいいのだろう。私自身、キツネにつままれたような状況にただただ驚いているのだから説明のしようがない。
どうする?
どうすればいい?
時間だけが残酷に過ぎていく。そしていよいよ私のカラータイマーは青から赤へと変わりつつあった。そりゃそうだ。
季節は冬。帰宅直後のとても寒い部屋の中で私は今、何も身に着けていないのだから。
───寒い・・・寒すぎる。
怪獣との闘いが長引いて、ウルトラマンのカラータイマーが身の危険を示す赤の点滅になるように、私のカラータイマーもいよいよ点滅が早くなっていた。
心なしか意識が朦朧としてきた。
そして、いよいよ私は覚悟した。
私は悪くない。
何も悪いことなどしていない。
けど・・・
ここで私が一言「ごめんなさい」と謝って済むのなら、もうそれでいいか・・・寒さと、わかってもらえない悲しみに私の心はすっかり凍え、弱っていた。
友人にLINEをするべく、震える指で「ごめんなさい」と打ち始めたその時、私はあることに気づいた───もしかして、
私は一つの可能性に辿り着き、そして確認してみた・・・
間違いない!
これだ!!
最後の力を振り絞り、私は友人に「京本有加事件」の真相についてLINEを送った。
京本有加事件の真相はこうだ。
友人に「今日も一日お疲れ様でした」と書こうと「きょうも」とひらがなを入力したときに、私は予測変換の中にあった「今日も」という単語を押した、はずだった。
しかし、どうやら私は「今日も」の隣か下にあったであろう単語「京本有加」を押してしまったのだ。
「きょうもとゆか」
そう。京本の「きょうも」までは「今日も」と同じ。どうやら、私は「予測変換」によって京本有加さんを呼び出していたのだった。
カラータイマーが止まる直前で真相が明らかになり、私はホッとした・・・のだが、
「私は今日も、って入力しても京本有加って出てきませんけど」という、なんともそっけない回答。
・・・え?
もしかして、まだ疑われてる??
LINE越しにではあるが、友人はまだ、疑いの眼差しを私に向けている。LINEの文面からその様子がヒシヒシと伝わってくる。
しかし、これが事実であり真相なのだから仕方がない。とはいえ、ここまでくると「京本有加さん」が一体何者なのか、いよいよそれが気になってきた。
「ちょっと、京本有加さんを調べてみる」と友人に返信したところ「いや、別にそこまでしなくてもいいですよ」と返事が返ってきた。
いやいやいや、あなたが全然信じてくれないからですよ!とは言えず、半ギレ状態で「京本有加」と検索してみた───
果たして、「京本有加」とは?
実在する人物なのか、あるいは何かの暗号なのか??
─────いた!!!
「京本有加さん」は実在した。
しかも芸能人である。画像を見たがキレイな女性である。「風男塾」というグループで活動されていたようだが、そのグループ名は聞いたことがあった。芸人のはなわさんがプロデュースしていたことも何となく知っていた。
詳細なプロフィールについては割愛させていただくとして、単に私が無知で不勉強だっただけで「京本有加さん」は実は有名人だったのである。
例えば「乃木坂46」さんは知っていても、個々のメンバーの名前は知らないみたいなことである。
すぐさま私はその旨を友人に伝えた。そこでようやく友人も納得してくれたようだ。よかった。なんか、ホッとした。のもつかの間───
「寒っ!」
私はそのままお風呂へダイブした。
身の潔白を証明するために、冬の寒さのなか、生まれたままのあまりに無防備な姿で心身ともに震えながら頑張った私を、私は褒めてあげたい。私はいつもより長めにお風呂に入った。
そしてお風呂の中で、私は今回の「京本有加事件」について振り返っていた。
真相にたどり着いてしまえば、結局ただの「打ち間違い」であり「予測入力ミス」「誤変換」なのだが、これがもし、夫婦とか恋人同士の間の出来事だったとしたら・・・とんでもない修羅場である。
ただ、こんな事件が起きなければ私は「京本有加さん」を知らないままの人生を過ごすところだった。もちろん「京本有加さん」を知ったところで私の人生に何か変化があるのかといったらそれはわからないけれど、よく言うではないか。
「人生には無駄なことなどない、起きることは偶然ではなく必然だ」と。
だとすると・・・
もしかしたらこの先、私は街のどこかで偶然「京本有加さん」に遭遇するのかもしれない───
「あの、落としましたよ」
「すいません、ありがとうございます・・・あれ?もしかして、京本有加さんですか?」
「そうですけど・・・」
「俺、ファンです!」
「そうなんですか?ありがとうございます」
「拾ってもらったお礼、させてもらえませんか?」
私と京本有加さんはたまたま近くにあったおしゃれカフェに入る。そして話が盛り上がり・・・私の妄想は止まらない。
お風呂から出て、私は改めて「京本有加さん」を検索した。二人が出会うその日のために情報収集しておかなければ。風呂上がりの私は体も心もなんだかポカポカしていた・・・のだが。
・・・えっ!結婚してるの!?そんな・・・
知り合ってもいないのに、いきなりフラれてしまった私。
「あの、落としましたよ」
「すいません、ありがとうございます・・・あれ?もしかして、京本有加さんですか?」
「そうですけど・・・」
「俺、ファンです!」
「そうなんですか?ありがとうございます」
「拾ってもらったお礼、させてもらえませんか?」
私より先に、こんな風に出会った男性がいたのかもしれない。出会うのが遅かった・・・いや、私はまだ出会ってすらいないけど。
その時───
「ハクション!」
くしゃみが聞こえた気がした。
やれやれ・・・どうやら私の心は風邪を引いてしまったようだ。
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