珈琲好きなわたしたち
「コーヒー!」
野村さんから声がかかるのは仕事の区切りがつきそうな10時少し前が多い。
ふふふ。一区切りにコーヒーを堂々と、しかも丁寧に飲めるなんて嬉しいなぁ。
この会社に入ってよかったことの筆頭にあがる嬉しさ。
なぜなら私はコーヒーが大好きだから。
コーヒー好きが高じて駅前の珈琲店に勤めたのは一年前の梅の頃。店で客として飲むのとお客様の飲むコーヒーをいれるのとは違うのは当たり前のことなのに多忙の過労、なにより人間関係のストレスで珈琲の香りに胸焼けさえするようになった。その上その店で飲むコーヒーが客としても自分でいれても美味しいと感じられなくなってしまった。
そもそも人見知りで接客が好きなわけでもなくてコーヒーが美味しくのめないなら店に勤める理由もなくて。
店をやめて途方にくれていた私に声をかけてくれたのが野村さん。
「小さな会社だけど休憩に美味しいコーヒー豆を使える程度には稼げてると思うんだ。ためしにうちで働いてみる?」
仕事の内容でも給与でも休日でもなくコーヒー豆の美味しさを条件にしてくるあたりが野村さんらしくて笑える。
仕事はいわゆる雑務で人に会うこともほとんどない。多岐にわたる雑務は飽きっぽい私にはぴったりだ。
信頼してる人とだけ仕事ができて、美味しいコーヒーが飲めて穏やかに過ごせるなんて私には最高の職場。
何しろみんなコーヒーが好きだから、ちょっとでも多忙で重たい空気が漂いはじめたらコーヒー一杯で簡単に気持ちを取り戻すことにしている。
今朝も理不尽なクレーム処理に追われていた谷中さん、コーヒーって聞いたとたんにしっぽぶんぶんしてる。
流行り病から人類はいくつかの進化の特徴が現れて私たちはしっぽが生えた部類。
しっぽには感情が隠せない。
谷中さんはまるっきり感情が顔に出ない。そしてそのかわりかのように特に分かりやすいしっぽをしている。
ぶんぶん、ぶんぶん。ぶんぶぶん。
「こーひー♪こーひー♪うれしいな♪」
しっぽの動きに谷中さんの心の声が聞こえてくるよう。
笑いを堪えてコーヒーを淹れに席をたつ。あ、今たぶん私しっぽふっちゃってるな。
そうだ、クッキーがあったんだ。おともにそえてみよう。ふふ、谷中さんしっぽ振り切っちゃうかもな。
読んでいただきありがとうございます。 暮らしの中の一杯のお茶の時間のようになれたら…そんな気持ちで書いています。よろしくお願いいたします。