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デオダ・ド・セヴラックの音楽の魅力

クラシック音楽史の中では重要な存在ではありませんが、フランスの作曲家の1人であるデオダ・ド・セヴラックのピアノ作品集を昔購入して聞いたので、その魅力について考察してみたいと思います。

デオダ・ド・セヴラックとは

ジョセフ・マリ・デオダ・ド・セヴラック(Joseph Marie Déodat de Séverac 1872-1924)は19世紀後半から20世紀前半まで生きたフランスの作曲家です。

フランス近代音楽と聞いて多くのクラシック音楽ファンが思いつくのはクロード・ドビュッシーやモーリス・ラヴェルかと思います。ドビュッシーは1862年~1918年、ラヴェルは1875年~1937年なので、年齢的にはラヴェルと近いですね。ちなみにフロラン・シュミット(1870年~1958年)にも近いです。

経歴としては、フランスの南部の出身で、地元の音楽院で音楽を学んだ後、スコラ・カントルム(※当時パリに設立されていた有名な音楽学校)にてヴァンサン・ダンディに師事しています。作品数は決して多くありませんが、ピアノ曲の分野にでいくつか優れた作品が残されています。

セヴラックの作風

ドビュッシー、ラヴェル、フロラン・シュミットの音楽がまさにそうでしたが、19世紀後半から20世紀初めは、音楽語法のさらなる革新が進行しており、いわゆる「印象主義」的な作風の曲が多くが残された時代でした。

そのような曲が多く書かれていた中で、セヴラックの音楽はあくまで従来の調性感にもとづく明確な響きを持ち、明確な旋律線を持つ作品が多く見られます。

その意味でいうと、彼の音楽はある意味「古典的な音楽」に近いものかもしれません。しかし、それは「保守的」という言葉で表現するべきものでもありません。

確かに彼の作品の和声進行だけを見てみると、比較的単純明快な曲も多いのですが、それでも彼の作品が没個性的なものにならないのは、当時の先鋭的な音楽語法も取り入れつつ、田園的な雰囲気と、田舎の土着的な音楽の響きを感じさせるからです。

彼の音楽は、「流行りか時代遅れか」という二者択一の評価軸を聞き手から取り払い、それらまったく異なる独特の刺激と魅力を与えるものに仕上がっています。

ファッションに例えてみる

彼の音楽を現代の服装に例えてみましょう。服装は、特に女性向けが顕著ですが、その時によって非常に流行がわかりやすいですよね。

ただ、なんらかの流行がある中でも流行りのものを身にまとわずに、いつの時代にも流行らないであろうアジア雑貨店などで買ったエスニック服を上手に着こなしている女性を町中でたまに見かけます。

例えるなら、セヴラックの音楽の魅力は、そのようなおしゃれエスニックファッションを身にまとった女性が醸し出す魅力に近いともいえるでしょう。

アジア雑貨点で売っている服を上手に着こなす女性は、もちろん上から下まで「○○族」の民族の格好をしているわけではありません。あくまで、今どきのごく普通の格好、例えば一般的なスカートとかブーツとかに少し民族的な味付けを融合させたものが大半でしょう。

そのような格好は、多くの人が見ても「あの格好は最近よく見る流行りのあれだな~」とか「あの格好は今どきの人は着ないよな~」といった思考には至らないのではないかと思います。

その代わりに感じるのは、「あの人は、他の人にない、少し個性的な格好してるな~」という印象ではないでしょうか。

要するにセヴラックの音楽もそうです。「流行」という観点からの評価をはね除ける何かを持つ独特な雰囲気がある音楽です。確かにジャンルはクラシック音楽なのですが、聞き手からは、他の作曲家と比較することもクラシック音楽という軸で評価する気にさせない不思議な魅力を持つ音楽です。

先ほど例示した「今どきの服にエスニック的な味付けがされたファッション」と同じように、セヴラックの音楽は「西洋音楽に則りながらも、民族的な味わいを持った音楽」なのです。

音楽学的な特徴の詳細

このような音楽的特徴は実際にセヴラックの生活と大きく関係しています。セヴラックは先述の通り、もともと都会から離れたフランスの南部に生まれました。しかもパリのような都会を中心に音楽活動をしていたわけではなく、人生の大部分を田舎で過ごしていたようです。

彼の音楽は「地方色あふれる音楽」と評されています。その具体的な特徴としては、1つに、アジアの音階など民族音楽で非常に多く見られる5音音階が多用されている点が挙げられます。

もう1つの特徴としては、曲中での突然の休止や、指を勢いのままに動かし、突発的で急速な動きを伴う即興的なフレーズが多く現れます。これは民族音楽に多く見られる特徴です。そのほか即興音楽の印象を強める要素としてモチーフの単純な繰り返しや、プラルトリラーなどの装飾音の使用も非常に多く、彼の音楽を大きく特徴づける要素となっています。

興味深い点としては、彼の音楽はドビュッシーの音楽とは異なるものでありながらも、あたかもドビュッシーが作ったかのと思わせるようなフレーズ、つまりドビュッシーと似ているところが多くあります。

おそらくこの理由は、ドビュッシーも5音音階を愛用したことによるものが大きいかと思いますが、それ以外にも曲全体が即興的な雰囲気を持ち、かつ曲中の多くで、長く持続する旋律線でなく断片的な短いモティーフが多く見られることも理由でしょう。これはドビュッシーの多くの音楽に見られる特徴です。

セヴラックの作品では、ドビュッシーの愛用した和音の平行進行や旋法の使用も見られるため、それも共通点でしょう。ただし、似ているとは言ってもドビュッシーの方が総じて旋律の輪郭線が曖昧であり、淡い感じの色彩を連想させる音楽である一方、セヴラックの場合は旋律線のはっきりした曲が多いので、そこは明確に異なります。

セヴラックの音楽は、変に気取ったところがなく、わざとらしいダイナミズムや力強さも、わざとらしい甘ったるさを演出する半音階的な曖昧さもなく爽快な音楽です。

ゴリゴリの印象主義的な音楽の曖昧さは嫌だが、近代音楽の少ししゃれた響きを取り入れた古典的な音楽好きで、ドビュッシーのような少しエスニックの要素が入った音楽が好き、という人は間違いなくセヴラックの音楽を気に入るでしょう。

曲の例:「ショパンの泉」

最後にセヴラックの曲の中で私の好きな作品の1つである「ショパンの泉」という曲のリンクを貼ります。

タイトルが示すように、ショパンの作品のオマージュとして作られたものかと思いますが、実際にロマン派の優雅さに加えて、セヴラックの持ち味であるどこかのどかな田舎を思わせる田園的な雰囲気と民族的な即興的な雰囲気が融合した魅力的な作品です。

もし機会があれば、実際に楽譜を使いながら、セヴラックの音楽について書いてみたいと思います。

#クラシック音楽 #音楽 #フランスの作曲家 #セヴラック

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