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「タンポポ」と唯一無二のエッセイ

伊丹十三さんは色々な仕事をした。映画監督、俳優、CMプランナー、エッセイスト、料理人、、。しかし、どれを見ても、そこに伊丹十三という人そのものを感じる。だから、彼の作品は替えが効かないのだ。彼の代わりになる人が存在しないように。

「タンポポオムライス」というメニューが日本橋の洋食屋「たいめいけん」に存在するけれど、その由来はてっきりオムライスをたんぽぽの花に例えたものだと思ってたら、どうも映画「タンポポ」から取られたらしい。映画にはおいしいオムライスの作り方をホームレスっぽい人が(!)主人公に教えるシーンがある。

しかしながら、主人公のタンポポ(宮本信子)はおいしいオムライスを作りたかったのではなく、おいしいラーメンを作って自分の店を立て直そうとする過程でオムライスを作るハメになったのだ。ムチャクチャだけど、良いではないか。それでおいしいオムライスの作り方が広まったのだから。

もちろん、ラーメンに関する伊丹十三さんのこだわりもすさまじい。その度合いは、映画が始まってすぐに、ラーメンの食べ方を老人が延々と語るシーンを入れてくるほどなのだが、あの楽しくなってくるほど溢れ出る知識は、彼のエッセイそのままだ。エッセイでできることを映画でやっても、と思うかもしれないけれど、映画館で彼のエッセイを体験できるのは極上の映画体験だっただろうな、と思う。

このnoteを見れば分かる通り、世の中にエッセイは無数にある。けれども彼のエッセイはやはり、いつになっても特別な存在だ。彼は、当時の人が知らない知識や外国の文化を、エッセイで授ける。これがただの知識のひけらかしにならないのは、それらが後に文化としてきちんと浸透していくからだ。もはや啓蒙家に近い存在だ。「タンポポ」の本編が始まる前に、オリジナルのマナー動画が流れるが、当時はきっとまだそういうものは無かったのだろう。当たり前になっている文化の源流を辿ると、伊丹さんがいる。

そうした上質なエッセイを再現する一方で、彼は蓮見重彦の影響も受けているので、アヴァンギャルドな方法も試みている。断片のような映像で表現されるのは、「食」についてである。日本人にとって「食」とは何なのか。この映画には、そんな深くて遠い射程も隠れている。

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