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あこがれと代償/僕の半身

誰にも青春時代はある。
僕にも、あった。

「普通に生きて、普通に年をとって、普通に死にたい。」
僕はそう思っていた。

でも姉のように慕っていた人の目線に入りたくて、自分を曲げて分不相応な夢を見た。彼女は賢く、僕は子供だった。
7歳の年齢差をものともしないくらいに賢くなりたかった。
そうやって不純物の混ざった僕の夢を追って、僕は10年を過ごした。
不純物入りの夢は、僕自身をゆがめながらも僕を支える半身となった。

回り道をしつつようやく夢の入り口である大学院に僕達はたどりついた。
皮肉なことに僕の半身は大学院の研究を続けるうちに力尽きてしまった。
失って僕は気が付いた。彼は僕の鎧であり、翼であり、足であったのだと。
器以上の力を10年も引き出してくれた相棒だった。代償は大きかった。

僕は文章が読めなくなっていた。
文字は確かに目に映るがその意味が分からないのだ。

失読と呼ばれる状況だった。
英語文献を読み、理解して実験をする。
その舞台で文字が読めなくなる皮肉。

彼の力を借りて挑んだ白亜の塔は、一人になった僕を閉じ込める牢獄となった。力尽きたその夢の亡骸を抱えながら、なんとか僕はそこをはい出した。

桜の花が咲き卒業に祝う人のなかで、僕は一人相棒を弔い学位記を手に大学院を去った。



それから数年が経ち、僕の失読はゆっくりと治りつつあった冬の日、
あこがれの人の結婚式の招待状が届いた。
僕は望んだものになれなかった自分への失望を抱えながら会場に向かった。
せめて望んだものになって彼女を祝福したかった。

式の前に彼女の控室に呼ばれた。
二人で話す時間をつくってくれたのだ。

僕のお祝いの言葉に笑顔で答え、そして彼女は僕の症状を尋ねた。
少しずつ治っていることを伝えると涙を流して喜んでくれた。
そして彼女は謝った。そんな目に合わせて申し訳ないと。
違うのに。貴女はなにも悪くないのに。
自分の能力のなさも要領の悪さも何もかもを呪った。

その日飲んだビールは祝杯の味には遠かった。

(この話はフィクションです。)



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