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日本選手権室内2021最終日② 多田修平ほか

室内歴代上位記録が続出。
短距離・多田、棒高跳・石川、走高跳・戸邊らが
屋外での五輪標準記録突破に意欲

 日本選手権室内の最終日が3月18日、大阪城ホールで開催され男女の60mと、男女の跳躍6種目が行われた。男子60mでは多田修平(住友電工)が、室内日本記録に0.02秒と迫る好タイム(6秒56)で優勝。男子棒高跳では優勝した石川拓磨(TCS陸上部)が5m70の室内日本歴代2位タイで優勝。2位の山本聖途(トヨタ自動車)も5m70をクリアした。男子走高跳では室内日本記録を持つ戸邊直人(JAL)が2m24で優勝した。実施された12種目全てで大会記録が誕生する盛況だった。

●前半型の多田が後半にも手応え

 無観客試合のため関係者しかいなかったが、多田の後半の走りにスタンドがどよめいた。多田といえば前半の強さを武器に戦ってきた選手だが、この日は中盤以降の強さが際立っていた。
「決勝では一歩目くらいから他の選手が前にいて、それは僕の記憶にはないことでした。初戦の緊張や、室内日本記録(6秒54)を狙うぞ、という力みが若干あったのかもしれません。焦りましたが中盤から後半の加速で離す展開ができました。記録は残念ですしスタートの出遅れが反省点ですが、初戦としては合格点。良い感覚をつかむことができました」
 予選のリアクションタイムは0.118秒で、その組の中でも断トツに速かった。それが決勝は0.153秒と出遅れた。しかしタイムは予選が6秒57で決勝が6秒56。「予選は1本目で身体のキレがありませんでしたが、決勝の方が身体のキレとしては良かった」ことでタイムが伸びた。
 冬期練習では300m、250m、200mなど長めの距離を、「ゆっくりでもフォームを維持する狙いで行ってきた。昨年まで「3年連続5位」だった日本選手権の映像を見直し、「後半で上半身がのけぞって減速するパターン」だったことを痛感したからだ。
 決勝は桐生祥秀(日本生命)が欠場した。「左のふくらはぎのヒザに近い部分に強い違和感」(土江寛裕コーチ)が出たためだった。
「桐生さんが出ていても、どの選手が出ていても、優勝と室内日本記録は狙うつもりでした。60mは自分の得意な距離。そこで勝てなかったら100mでも勝てません。日本選手権までに標準記録の10秒05を突破して、日本選手権は優勝したい。9秒台も出したいと思っています」
 世界陸上4×100 mリレーでは17年、19年の連続銅メダルに1走で貢献してきたが、個人種目では桐生や日本記録保持者のサニブラウン(タンブルウィードTC)、小池祐貴(住友電工)ら9秒台選手たちの後塵を拝してきた。日本選手権室内の多田の走りから、今年に懸ける意気込みが感じられた。

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●戸邊は不調を脱する優勝

 男子走高跳は日本記録(2m35)保持者の戸邊が2m24で優勝した。「標準記録の2m33は跳んでしまいたかった」と記録には納得していないが、昨年の屋外シーズンからの不調から脱していることをアピールした。
 室内競技会のパフォーマンスは「ボードのたわみ」によって影響を受ける。19年の室内ではそこを克服して2m35の日本記録を筆頭に、2m30台を連発できた。だが、もともとは室内には苦手意識があった。
「2m24までは落ち着いて跳ぶことができ、たわみにもタイミングを合わせられました。しかしバーが2m27に上がると跳んでやろうという気持ちが強くなり、そのタイミングを見失ってしまいました」
 走高跳は技術的な少しのズレが、パフォーマンスに大きく影響する。前の高さではバーよりも高く身体が浮いていても、次の高さになると前の高さの時より身体が浮かなくなってしまう。試合毎にも記録が大きく変わる種目である。
 しかし戸邊の昨年の不調は、根本的なところがよくなかった。2月にエストニアの室内競技会で2m31を跳んだが、屋外では8月のゴールデングランプリでの2m24が最高記録。10月の日本選手権は2m10と、自己ベストより25cmも低い記録に終わった。
 新型コロナ感染拡大で拠点としている筑波大のグラウンドが使えず、自宅近くの公園などでトレーニングをしたが、「体力的にも技術的にも跳べる状態になかった」という。この冬は「もう一度体力的に作り直し、そこに技術を上乗せしていく」という方針でトレーニングを続けて来た。
 今大会では昨年2m31、2m30と2m30台を連発した真野友博(九電工)にも競り勝った。試技順が真野より前だったこともあり、先にその高さを一発で跳び続け、強さを印象づけた。昨年のゴールデングランプリは今大会と同じ2m24で3位だったが、2m20、2m24ともに3回目のクリアで不安定さが目立っていた。
「冬のトレーニング経過は上手く進んでいます。今日も記録的には残念ですが、他の選手と比較すると状態は悪くありません。屋外シーズンに向けて、良いステップできていることを確認できました」
 記録よりも状態の良さを確認できた戸邊。次の試合は5月3日の静岡国際が有力だが、一気に記録を伸ばす可能性がありそうだ。

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●激戦種目の棒高跳にニューフェイス出現

 ちょっとした番狂わせが起こったのが男子棒高跳だった。
 ロンドン、リオの両五輪代表で、5m77の室内日本記録を持つ山本が優勝候補筆頭と思われた。期待通りに五輪参加標準記録の5m80にバーを上げたが、残念ながら3回とも失敗。5m70はクリアしたので悪い記録ではなかったが、失敗試技数の差で同記録の石川に敗れたのだ。
 石川は昨年までの自己記録が5m50の選手。「欲を言えば5m80の五輪標準記録を跳びたかったですけど、自己記録を20cm更新できたことは素直に嬉しいですね」と笑顔を見せた。
 19年まで在籍した中京大時代、日本インカレでは3、4年時の3位、日本選手権は4年時の8位が最高成績だった。社会人1年目の昨年も日本選手権7位。飛躍の背景に何があったのだろう。
「去年から反発の強い新しいポールを使い始めましたが、やっと自分の型にはめられるようになりました。この大会でも5m80を跳べる感覚は持てていたので、次の試合では実現させたい。もう少し走力も筋力も鍛えて、安定感のある跳躍で臨みたいと思います」
 東京海上日動サービスでは、競技活動は認められているものの9時から17時までフルタイムで勤務している。東京の陸上競技場を拠点に「2時間だけ」トレーニングをしているが、コロナ禍で制限があり跳躍練習はできない。1カ月に一度は合宿で跳躍練習をしてきたが、「跳躍技術練習以外ではポール走」を重視している。そして跳躍練習が少ないことを補うために、「頭の中で考えている」と言う。イメージトレーニングを徹底して行っているのだろう。
 岡崎城西高、中京大と先輩に当たる山本は、石川のことを「追い込まれたりしたとき、怖いもの知らずのところがある。“気持ち型”の選手ですね」と話した。具体的に聞くことができなかったが、3回目の試技で成功するケースが多いということだろうか。
 石川本人に“気持ち型”だと自己分析できる部分はどこかを質問すると、「試合が始まる前は技術はどうあれ、跳べる気持ちでしかいないので、『跳べる』と言っていることですかね」と答えた。
 19年世界陸上ドーハ大会には山本、日本記録保持者の澤野大地(富士通)、若手期待の江島雅紀(日大4年)の3人が出場した種目。石川の急成長で代表争いも風雲急を告げそうだ。

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TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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