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【札幌マラソンフェスティバル(東京2020テストイベント)①現状は三者三様の東京五輪女子マラソン代表】

一山が日本歴代6位で地力アップを確認
故障明けの鈴木は新トレーニングに手応え

 札幌マラソンフェスティバルが5月5日、東京五輪マラソンコースを使いハーフマラソン(21.0975km)の距離で行われた。女子は前田穂南(天満屋)、鈴木亜由子(JP日本郵政グループ)、一山麻緒(ワコール)と、東京五輪マラソン代表3人全員が出場。終盤まで一山、鈴木、代表候補(補欠選手)の松田瑞生(ダイハツ)が18kmまで接戦を展開し、一山が1時間08分28秒の日本歴代6位の好記録で優勝。4秒差の2位に松田、25秒差の3位に鈴木が続いた。不調覚悟で出場した前田は、1時間10分50秒の5位だった。
 それぞれが現在、どんな状況に置かれているかが、明確に現れたレースになった。各選手が3カ月後へどうもっていくか。

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●自己新にも勝負にもこだわった一山

 この大会で一番、結果にこだわったのが一山麻緒だった。17kmからの北海道大学のキャンパスに入って、勝負どころだと強く意識して走っていたという。
「自己新を出したい、勝負にもこだわりたい。中盤からはずっと粘って後ろにつかせてもらっていましたが、最後は着順にこだわってゴールに向かいました」
 19km手前で鈴木を振り落として松田瑞生とのマッチレースに持ち込むと、松田も19km過ぎに引き離した。
 前日会見でも松田も含めた代表4人のうち、唯一記録的な目標を「自己新」と口にしていた。勝負への意気込みが明らかに強かった。1時間08分28秒の優勝タイムは日本歴代6位で、自己記録の1時間08分49秒(19年7月)を21秒更新した。
 だが一山は、完全にピークを合わせてきたわけではない。「あまり調子が上がりきっていなかったのですが、その状態でどこまで走れるかを知ることができました。自己新を出せてとてもうれしかったです」
 絶好調ではないなかでも、スタート地点には絶対に勝つつもりで立った。それが今大会の一山だった。
 東京五輪の延期も含め、昨シーズンはコロナ禍の影響で試合のスケジュールが大きく狂った。一山は5000mと10000mで自己記録を更新するなど、スピードの再強化に成功している。その流れで今年1月の大阪国際女子マラソンは、日本記録更新を狙って出場した。
 だが12月末に扁桃腺炎になり5日間練習ができなかった。永山忠幸監督によれば、重要なポイント練習が2回できなかったという。その練習の流れでも日本新ペースでレースを進め、目的は達成できなかったが2時間21分11秒と、セカンド記録の日本最高で優勝した。そして今回も、状態が万全とは言えないなかでハーフマラソンの自己新記録。底力が上がっていることを証明して見せた。
 MGC優勝の前田が昨秋から調子が上がらない期間が続いている。MGC2位の鈴木は、2月の故障から今大会で復帰を果たしたばかり。三者三様の調整で東京五輪本番に合わせていくが、現時点では一山が最も順調に歩を進めている。

●札幌で再び、新たな姿を見せた鈴木

 2月の故障を機にトレーニング方法を変更した鈴木亜由子が、1時間08分53秒(3位)で走った。走る距離を大きく増やし、スピード練習は以前ほどやっていない。それでも試合になればここまで走ることができる。鈴木の能力の高さを改めて示し、東京五輪本番への展望が一気に開けたレースとなった。
 鈴木は19km手前で一山と松田に引き離されたが、「(北海道大学内で続く)苦しいところで、曲がり角を使って気持ちを切り換えられる。自分も最後まで、という気持ちで走れたことはよかったです」と収穫を話した。前半の「アップダウンはリズムを作ることが重要」ということも実感できた。
 そこまで五輪本番をイメージできたのも、新しく取り組み始めたトレーニングで戦う目処が立ったからだろう。19年夏のMGCで2位に入って代表入りを決めたが、優勝した前田穂南に3分47秒という大差で敗れてからは、どうすれば高いレベルの距離走ができるかを追い求めてきた。
 マラソン練習に異なるやり方で2度取り組んだが、2度とも故障をしてしまった。鈴木はケガを怖れるあまり、走行距離を多くできない。その代わり補強や体幹トレーニング、ストレッチなどは念入りに、時間もかけて行ってきた。3月の名古屋ウィメンズマラソン前には、自転車トレーニングを補助練習ではなく、メイン練習の1つとして取り入れたが、それでも故障を回避できなかった。
 今大会の前日会見で鈴木は「シンプルに走ることがマラソンでは一番大事。ケガをしてそれがわかりました」と話した。30km走、40km走という強度の高い距離走は、まだそれほど増やしていないが、三部練習(練習を1日3回行う)でジョグを行う回数を増やしてきた。休みの日のジョグを60分から90分に増やしたり、ポイント練習(週に2~3回行う負荷の高い練習)前後のスピードを上げたジョグの時間を伸ばしたりした。
 トラックのスピードがあり、ゆっくり走ることが好きではなかった鈴木だが、高橋昌彦監督によれば「走りが重いことに馴染んできました。(マラソンは)そういうものなのかな」という感覚を得るまでになっている。
 そして今大会を1時間8分台で走ることで手応えは得られたが、一山と松田に敗れたことで、もっと突き詰める必要があることがわかった。
 札幌で行われる東京五輪女子マラソンは8月7日。残り3カ月の流れを高橋監督は次のように説明する。
「最初の1カ月は今よりももっと距離を踏んで、次の1カ月でスピードを上げながら、持久力もつけるようにします。最後の1カ月で実戦ペースを行いながら、疲れもとって調整していきます」
 つまり2カ月目に、MGC後に最大課題としたレベルの高い距離走などに挑戦する。そこの練習ができたとき、鈴木は東京五輪のメダル候補に仲間入りできる。その流れの練習に入ってくための準備ができていることが、2月以降の練習と今回のハーフマラソンの結果でわかった。
 鈴木が初マラソンで優勝し、マラソンへの適性を示したのが札幌だった(18年北海道マラソン)。今回、新たなマラソン練習で結果を出したのも札幌である。そしてもう一度、札幌で何かしらやってくれそうな雰囲気を、鈴木がまとい始めた。

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●絶不調だった前田の走りも上向きに

 19年夏のMGCに優勝したことで、現在の女子マラソン・ナンバーワンの座に就いた前田穂南が、昨秋から不調に陥っている。今大会では1時間10分50秒の5位。本来の姿ではなかったものの、回復の兆しが見られたレースになった。
 前田はMGC後も好調をキープした。11月のクイーンズ駅伝3区、20年1月の全国都道府県対抗女子駅伝9区と、スピードランナーが集まる区間で区間3位と4位。2月の青梅マラソンでは1時間38分35秒と、アテネ五輪金メダルの野口みずきの持つ30kmの日本記録を上回った。
 昨年は新型コロナ感染拡大による大会自粛期間明けに、5000mと10000mで自己新を連発。その間、30km走などマラソン練習を行いながら、スピード向上を図っていた。東京五輪でのメダル獲得に向け、最も順調にトレーニングと試合出場を進めていた。
 だが昨年秋のクイーンズ駅伝前から、走りに精彩を欠くようになった。武冨豊監督は、合宿場所の米国アルバカーキが使えなくなったことで、練習の追い込み方と抜き方のバランスが崩れてしまったという。それが疲労を蓄積させることにつながった。
 今年1月の大阪国際女子マラソンでは、一山とともに日本記録ペースに挑んだが2時間23分30秒の2位。優勝した一山に2分以上の差をつけられた。12月には「左脚のふくらはぎからアキレス腱の付け根」(武冨監督)にかけて硬くなる症状が出て、3日ほど走る練習を中断していたという。
 大阪国際女子マラソン後にはしっかり休養したが、復帰レースの兵庫リレーカーニバル(4月25日)10000mは33分25秒85もかかった。「32分(00秒)くらい」を想定していたレース。優勝タイムが32分30秒台だったにもかかわらず、序盤で先頭集団から後れてしまった。
 前田は「疲労と、体調が思うように上がって来ない状態」と話したが、かなり心配される走りだった。
 しかし、兵庫から10日後の今大会にも敢然と出場してきた。代表がそろうレース。序盤で先頭集団につけなくなることも想定していた展開だ。
 1時間10分50秒の5位は、1時間15分かかることも覚悟していたことを考えれば、好走といえるかもしれない。
「状態が良くないのにこのタイムが出たのはよかったです。レースに出てコースもしっかり見ることができたので、オリンピックにつながる良いレースになりました」
 自分に言い聞かせる意味もあったかもしれないが、このコメントは前田の本心だったように思う。同じ五輪代表たちに負けることがわかっていても、結果を受け容れる覚悟を持って出場した。前田の逃げない姿勢が、予想以上のタイムにつながった。
 五輪本番までアルバカーキには行かず、国内で合宿を行う覚悟を決めた。残り3カ月。MGC優勝者の逆襲が、今回の札幌から始まる。
                      ◇
 順調に歩を進める一山。故障明けでも新たなトレーニングに手応えを得られた鈴木。長引く不調から抜け出す兆しを見せた前田。東京五輪女子マラソン代表3人が、3カ月後の本番に歩調を合わせる。そんな期待ができるテストイベントになった。

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TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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