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【兵庫リレーカーニバル2021② 秦澄美鈴】

女子走幅跳で秦が日本歴代4位タイの6m65
「世界で戦うスタートラインの一歩手前くらいには立てました」

 4月25日に神戸市ユニバー記念競技場で行われた第69回兵庫リレーカーニバル。女子走幅跳は秦澄美鈴(シバタ工業)が1回目の跳躍で6m69と、大会記録の6m43(中野瞳・和食山口=18年)を超えるジャンプを見せた。追い風2.0mまでが公認されるが、そのときは追い風3.0mで参考記録に。2回目の試技で6m65(+1.1)と、今度は大会記録を大幅に更新した。日本記録の6m86や五輪参加標準記録の6m82には届かなかったが、日本歴代4位タイ、16年以降の最高記録となった。走高跳から本格転向して3シーズン目。どんな変化が秦に起こっているのだろうか。

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●「早く日本歴代何位という称号がほしかった」

 秦の自己記録は19年9月にマークした6m45。昨シーズンは新型コロナ感染拡大で試合数が減少したこともあり、室内の6m28がシーズンベストにとどまった。19年に優勝した日本選手権も3位と精彩を欠いた。
 今大会の1回目に6m69の数字が出たときは「ビックリした」という。
「でもインドアシーズン(2月に6m35、3月に6m33)で手応えがあり、今日は追い風も良い感じで吹いてくれていたので、踏切板に合えばこんなものかな」
 次の2回目に6m65をマークした。
「踏み切りとしては1回目の方が良かったのですが、助走の感じとかを含めた全体の流れは、6本の試技全体の中でも2本目が一番良かったです。助走が良くても踏み切りがよくないことが多かったのですが、今日の2本目は両方が合いました」
 そして日本歴代4位の感想を質問されると、「早く日本歴代何位という称号がほしかったので、シンプルにうれしいです」と笑顔を見せた。
「今年は五輪参加標準記録(6m82)に近づくこと、そして破ることが目標です。やっと世界で戦うスタートラインの一歩手前くらいには立てたと思います」
 東京五輪に出場するには、標準記録突破以外に世界ランキングを上げる方法もある。秦の世界ランキングは4月20日時点で66位。今回の結果でランキングがどこまで上がるのか。そこも注目されるところだ。

●走高跳からの転向の異色選手

 秦は走高跳から走幅跳に転向してきた選手。走高跳では大学1年時に1m82と、その年の日本リスト2位の記録をマークした。高校時代は1m72が自己記録で、当時も急成長が注目された。2年時にも1m81、3年時にも1m80と日本トップレベルの記録を出し続けたが、4年時には走幅跳で6m24、三段跳でも12m64とマルチジャンパーぶりを発揮。大学卒業を機に走幅跳をメイン種目にした。
 秦の走高跳と走幅跳のシーズンベストと、その年の日本リスト順位は以下の通り。
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走高跳   走幅跳
14(高3)1m72[29]
15(大1)1m82[2]    5m52[]
16(大2)1m81[1]  5m84[73]
17(大3)1m80[2]    6m08[12]
18(大4)1m75[13]  6m24[6]
19(実1)1m76[8]    6m45[1]
20(実2)       6m25[3]
21(実3)        6m65
※[ ]はシーズン日本リスト順位
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 走幅跳と三段跳、走高跳と三段跳を兼ねる選手は多いが、走高跳と走幅跳の組み合わせで兼ねる選手は、トップレベルになるとほとんどいない。
 走幅跳と三段跳は英語圏ではホライズンジャンプ・イベント(水平跳躍種目)とくくられ、助走スピードを跳躍につなげる共通点がある。走高跳と三段跳も上方向にスピードを転換する点で、踏み切り技術が似ていると言われている。走幅跳が助走スピード(スプリント能力)が大きな要素となるのに対し、走高跳は助走スピードより踏み切り技術が大きな割合を占める。
 秦の場合は走高跳を行っていたことが、走幅跳にどう影響したのか。昨年のゴールデングランプリの際に次のように話していた。
「走幅跳では踏み切りでつぶれてしまって、流れてしまう(跳躍に上手く転換できない)悩みを持っている選手も多いのですが、走高跳では踏み切りでしっかりブロックして上方向に跳び出してきたので、私は踏み切りで流れてしまう(しっかり踏み切れない)ことはありません。マイナスになっているのは最後の一歩を大きく入って、上に上がってしまうクセが抜けないことですね」
 世界のトップジャンパーでも踏み切り前の減速はしているが、秦の減速は走高跳の影響で大きかった。前方向への勢いのある跳び出しという点では、課題となっていたのである。

●踏み切り前の減速を小さくするために

 秦は大学卒業を機に、男子走幅跳前日本記録保持者の森長正樹(現日大コーチ)ら、多くのトップ走幅跳選手を育てた坂井裕司先生(太成学院大高陸上部顧問)の指導を受けるようになった。
 坂井コーチとは「大きな走りをして、最後まで駆け抜けるイメージの走幅跳をする」という方向性でトレーニングを進めてきた。その成果が兵庫リレーカーニバルで現れた。
「やっと助走が最後まで走れるようになりました。走力自体が上がった感じはなく、本来の走力で最後まで走れたのだと思います」
 踏み切り前に減速するクセは、どうやって直すことができたのか。これまでも頭では、減速が大きいとわかっていたはずである。
「踏切板という目標物があって、踏み切ろうとする指向が強いとどうしても、体が勝手に合わせようとして減速していました。今は練習で踏切板を気にしないで踏み切ったり、後半に上げていく走りをしたりしています。そうすることで実戦でもできるようになってきました」
 踏み切り時の助走スピードが上がると、それまでと同じ踏み切り技術や感覚では踏み切りが狂ってしまう。これは森長コーチに取材しているときに聞いた内容だが、大なり小なり、どの選手にも当てはまることだろう。秦野の昨年の停滞も、そこが原因だった可能性がある。
 だが、今回の試技で6m60台を2本跳んだことで、現在のスピードに踏み切り技術が微調整できてきた、と見ていい。それを成功する回数が6本の試技中で増やせられれば、さらなる記録更新も期待できる。
「室内でもそうでしたが今日も、(4回目以降の)後半の試技で走り急いでしまう傾向が出ています。地面を押してスピードを上げることに頭が回らなくなってしまうんです。そこをもう少し練習でしっかり意識できれば、後半の試技でも勝負をかけられます。他の選手も記録を出してくれば、テンションも上がって相乗効果が期待できます。戦いの中で記録が上がる種目になったらいいですね」
 昨年の日本選手権優勝者の高良彩花(筑波大3年)や、6m40台を何度も出している中野ら、ライバルたちも6m50を超えてくると、ハイレベルの競り合いが現実になる。
「世界で戦うスタートラインの一歩手前くらい」から、スタートラインに立てる日に向けて、走高跳から転向した秦が女子走幅跳を牽引していく。

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TEXT・写真 by 寺田辰朗

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