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【READY STEADY TOKYO③五輪代表たちと標準記録に迫った選手たち】

田中、相澤ら東京五輪代表4選手が出場
戸邉は世界歴代2位を持つバーシムと優勝を分け合う健闘

 東京五輪代表に決まっている長距離種目選手が、READY STEADY TOKYO陸上競技(5月9日・国立競技場)に登場した。女子5000m代表の田中希実(豊田自動織機TC)は1500mに、男女10000m代表の相澤晃(旭化成)と新谷仁美(積水化学)、廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ)が5000mに出場。代表になっている種目より短い距離で本番会場のトラックを走った。
 男子走高跳では戸邊直人(JAL)と衛藤昂(味の素AGF)が2m30をクリア。2人とも5月3日の静岡国際に続いて2m30に成功し、標準記録の2m33突破の可能性が高まった。
 また、男子100mでは多田修平(住友電工)がジャスティン・ガトリン(米国)に0.02秒差の2位(10秒26・±0)と善戦。女子100mハードルでは寺田明日香(ジャパンクリエイト)が、自身の持つ日本記録に0.03秒差と迫る12秒99(-0.8)と好記録をマークした。多田と寺田も標準記録突破が期待できる。

●スピード持久とメンタル面の課題を確認した田中

 田中希実は10連戦中の1大会ではあるが、自己記録(4分05秒27=日本記録)更新を目標に出場した。レース中のペース的にも、田中自身のコンディション的にも微妙に難しい状況になった。
 昨年のゴールデングランプリで日本記録を出したときとの通過タイムと400m毎のタイムの比較は以下の通り。
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    GGP2020       READY STEADY TOKYO2021
400m 1分06秒42(66秒42) 1分07秒7(67秒7)
800m 2分11秒91(65秒49)   2分14秒6(66秒9)
1100m 3分02秒37                         3分05秒26
1200m 3分17秒89(65秒98) 3分20秒85(66秒3)
1500m 4分05秒27(62秒90) 4分09秒10(63秒84)
※100分の1秒単位の記録は大会側の計時、10分の1秒単位の記録は筆者計測
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 外国人選手が800 mを2分10秒で通過すると思っていたが、表のように2分14秒6と予定よりかなり遅くなった。
「1周目のタイムが自分の感覚とズレがあって、(それを考えると)余裕がない状態でした」
 それでも800 mを過ぎるとトップに立ち、1000m過ぎに外国人選手と卜部を引き離し始めた。ラスト1周でさらにリードを広げて4分09秒10でフィニッシュした。自己記録には3秒83届かなかったが、10連戦中の9戦目である。ベストコンディションになかったことが、1周あたりほぼ1秒の違いになり、ラスト1周も63秒84で日本記録のときよりも0.94秒遅かった。
 だが田中は「63秒が壁になったらダメなんです」と自身に厳しい。「(ラスト1周を)62秒台で上がれれば、65秒(の日本新ペース)で回る余裕も持てるはずです。絶対スピード(400mの距離でのスピード)はついている自信が持てていますが、スピード持久への不安が拭いきれず、65秒ペースで押して行くことができませんでした。課題が明確になりました」
 メンタル面でも田中は自身の弱さを感じている。
「(連戦の)初めの方は絶不調でしたが、今は心身とも疲労が抜けてきています。それで気持ちにスキが生じているのだと思います。決死の覚悟で臨む状況が生まれていないんです」
 その状況を連戦の中で作るのは簡単なことではない。
 ただ、連戦をすることで地力は間違いなくアップしている。スピード持久の部分と“決死の覚悟”を持って臨む状況が作れたとき、日本記録を更新できる。五輪本番でも何かをやってくれるだろう。

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●相澤と新谷が10000m日本新以来、6カ月ぶりのレース

 相澤晃と新谷仁美の男女10000m日本記録保持者が、今大会の5000mに出場した。2人が日本記録を出したのは昨年12月の日本選手権10000m。故障をしていた期間もあって、2人ともその日本選手権以来6カ月ぶりのレースとなった。
 相澤は優勝した市田孝(旭化成)のスパートに対応できず、13分29秒47で3位(日本人2位)。新谷も日本人トップとなった萩谷楓(エディオン)のペースアップでトップ集団から後れ、15分18秒21で5位(日本人3位)。
 相澤は「12月の5~6割」の状態だったが、悪い中でも評価できる部分はあったという。
「(スピードは抑えた)基礎的な練習しかしていない中で、どのくらい出せるかを見るレースでした。体がついて来なくて前に出る余裕はありませんでしたが、その中でも粘れたのは基礎練習の成果が出せたと思います。観客は入っていませんでしたが、こんな大舞台で五輪本番を走れると思うとワクワクします。6、7月と合宿して、スピードを強化して本番は26分台を目指します。12月の日本記録で、26分台も不可能じゃないと思いました」
 一方の新谷は「収穫はありません」と言い切った。
 まず、レース前の仕草にいつもと違ったものがあったそうで、「あれをやった時点で終わっていた」と集中力を欠いていたことを認めた。誰も前に出ないので2周目で先頭に立ったが、それでもペースがそれほど上がらず「タイムは出ないな」と、気持ちが入らなかった。
 先頭に立ったことで意地を見せたのではないか。そう問われると「12月の日本選手権の5000m通過より遅いんですよ。意地があったとはとても言えません」と返した。
「(前日会見で)日本記録を出すと言ってこの結果ですから、ビッグマウスと書いてもらっていいです」
 新谷のレース後のコメントは「結果が全て」というプロ意識から発せられている。厳密には、次のレースにつながることはゼロではないはずだ。だが新谷にはレースに出る以上は、見る側が価値があると思える走りをしなければ意味がない、という信念がある。次の大会につながればいい、という思考はしない。
 強いて言えば、東京五輪で同じような走りをするわけにはいかない、という決意が強くなったのであれば、無駄な走りにはなっていない。

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●標準記録突破への期待が高まった選手たち

 今大会での東京五輪参加標準記録突破はできなかったが、次戦以降への期待が高まった選手も現れた。
 男子走高跳では戸邉直人(JAL)と衛藤昂(味の素AGF)の2人が、5月3日の静岡国際に続いて2m30に成功。戸邉は「2m33は気温も下がって力んでしまいましたが、2m30までは計画通り、気持ち良く跳べました。もっともっと跳べる」と、2m33の標準記録突破へ自信を得た。
 戸邉は2m35の日本記録を筆頭に、19年2月に2m33以上を室内3大会で跳んだ。そのときよりも技術的な手応えがあるという。
「2m35のときは跳びに行ったというより、跳べちゃった記録。良い状態が作れてしまったんです。今は良い状態を作ろうと思って作ることができています。あのときよりもコントロールができているし、これからやることもイメージできています」
 今大会には2m43の世界歴代2位を持つムタ・エッサ・バーシム(カタール)も出場。そのバーシムと戸邉が1回の失敗試技がなく2m30までクリア。その後の優勝決定試技でも差が生じずに2人とも棄権したため、バーシムと戸邊の2人が優勝という結果になった。
 ダイヤモンドリーグなど海外試合に積極的に出場している戸邉は、バーシムとは過去20回以上対戦している。10年世界ジュニア(現U20世界陸上)で金メダルと銅メダルを取ってから、戸邉が勝ったことは19年8月のダイヤモンドリーグ・チューリッヒ大会の一度しかない。
 19年世界陸上はその1カ月少しあとに、バーシムの地元のカタールのドーハで行われた。バーシムの技術の崩れを感じていた戸邉は、バーシムの優勝はないと思っていた。だがバーシムは17年世界陸上ロンドン大会に続いて優勝した。
「どうやったら地元で力を発揮できるか、バーシムが見せてくれました」と、戸邊は自身の東京五輪での戦いをイメージできた。
「今日もバーシムと同じ記録だったことはすごく自信になりました。オリンピックの予行演習として試合ができ、国立競技場もすごく良い印象になりました」
 戸邊は東京五輪での自身の活躍が、明確にイメージできた。
 男子100 mの多田修平も健闘だった。得意のスタートでリードを奪うと80~90mまでトップを走った。最後はガトリンに逆転はされたが、「1、2戦と苦しいレースが続きましたが、調子を上げることができて自信になった」と手応えを得ている。ガトリンも「タダはグレートスターターだ」と絶賛した。
「1、2戦は中盤まで無駄な力を使っていました。今日は中盤までもスムーズに走れて、後半も余力があったのでリラックスして走ることができました」
 今大会では10秒26(±0)だったが、ガトリンとの差を見れば、標準記録(10秒05)突破の力は十分ある。次戦の布勢スプリント(6月6日)で山縣亮太(セイコー)、ケンブリッジ飛鳥(Nike)ら未突破の選手とともに、サニブラウン・アブデル・ハキーム(タンブルウィードTC)、桐生祥秀(日本生命)、小池祐貴(住友電工)に続く男子100m4人目の標準記録突破に挑む。
 女子100mハードルは寺田明日香は12秒99(-0.8)で優勝した。目標としていた標準記録の12秒84は破ることができなかったが、4月29日の織田記念(12秒96・+1.6)に続いて12秒9台をマークした。今回は向かい風だったが、気象条件がよければ12秒8台は間違いなく出ていた。
 本人はレース後に「浮き浮きで鋭さに欠けていた」と話している。おそらく踏み切り位置が近くなり、目指す“踏み切り位置が遠く、走る動作に近いハードリング”ができなかった。
 それでも12秒8台に相当するタイムを出した。今大会は世界ランキングのポイントが高く設定されている大会で、標準記録突破者と世界ランキングを各国3人でカウントした順位を、33位まで上昇させた。
 40人までが五輪出場資格を得られるが、世界ランキングは他の選手の成績で上下する。戸邊&衛藤や多田も種目毎の出場人数順位内に入っているが、標準記録を突破して出場資格を得たい。その力が十分あることを、五輪3カ月前の国立競技場で寺田たちが示した。

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TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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