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【東京五輪陸上競技2日目(7月31日)】

男子100mの山縣、まさかの予選落ち
持ち前の修正能力で4×100 mリレーへ立て直しを

 東京五輪陸上競技第2日目が7月31日、国立競技場で行われた。注目度の高かった男子100mは、1組の多田修平(住友電工)が10秒22(+0.2)の6位、3組の山縣亮太(セイコー)が10秒15(+0.1)の4位、4組の小池祐貴(住友電工)は10秒22(±0)の4位で予選を通過できなかった。
 特に過去、2大会連続で五輪日本人最高記録(ロンドン五輪予選10秒07&リオ五輪準決勝10秒05)をマークし、準決勝まで進んできた山縣の予選落ちは想定外だった。

●予選通過ラインの上昇ではなく山縣に原因

 山縣のスタートはよかったが、中盤で後退してしまった。10秒15で4位。着順で通過できるのは3位まで。プラス3(4位以下の選手全員のなかでの記録上位3選手まで通過できる)に入れるかどうか、という状況になったが、3番目の選手が10秒12で、0.03秒差で準決勝進出を逃した。
 レースで生じた課題を持ち前の分析力で洗い出し、次のラウンドで修正する。その能力が高い山縣だけに、準決勝の走りを見てみたかった。山縣本人も「チャンスがあるならもう1回走りたいですけど、“1回で出しきる”ことも能力の一つ。諦めます」と結果を受け止めた。
 予選通過ラインが上がった、という指摘も出ている。19年の世界陸上ドーハは10秒23までプラスで通過できた。17年世界陸上ロンドンは10秒24、16年リオ五輪は10秒20と、直近の3つの世界大会は今大会より低かった。
 だが15年世界陸上北京は今回と同じ10秒12で、高瀬慧(富士通)が山縣と同じ10秒15で通過できなかった。ロンドンとドーハも、プラスで通過した選手は向かい風だった。通過ラインが明確に上昇したとは言えないだろう。
 山縣自身予選で10秒0台、準決勝で9秒台を出すつもりで準備していた。予選を通過できなかったのは、山縣自身に問題があった。

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●レース中盤で脚が速く回らなかった

 高野大樹コーチはレースを見て、次のように問題点を指摘した。
「スタートは良かったのですが、2次加速(大きな加速から緩やかな加速になる局面。一般的には35m付近から)から中間付近で脚が速く回っていなかった。日本選手権は逆で、スタートは上手くいきませんでしたが、2次加速から中間は悪くありませんでした」
 テレビ解説の高平慎士氏(北京五輪4×100 mリレー銀メダル時の3走)も、「前半は上手く出たように見えましたが、中間疾走に持っていくときに少し力感を上手く伝えられていない、発揮できていない」と、同様の内容をコメントしていた。
 現時点で考えられる原因は何か、という問いに山縣は次のように答えている。
「スタートをもうちょっと楽に飛び出したかったな、というのはありますが、それも含めても調整の問題かなと思います。自分としては納得のいく調整をしてきたつもりですが、何かが違ったのでしょう。何が良くなかったかということは、時間を置いて考えなければいけないところだと思います」
 高野コーチも山縣の見方に同意している。レース翌日の時点で原因は特定できていない。
 1つ気になるのは、6月6日の布勢スプリントで9秒95(+2.0)の日本新を出した後、疲れがいつもより大きく、回復にも時間がかかったことだ。6月24~25日の日本選手権は調整が上手くできず、準決勝は10秒16(±0)だったが、決勝は10秒27(+0.2)とタイムを落とした。
 29歳ということで年齢的な体力の衰えも考慮すべき時期だが、身体の状態を把握する能力は人一倍優れている選手である。日本選手権の教訓は生かせているはずだ。高野コーチによれば山縣は「前日の練習の感覚も、当日のサブトラックの感覚も良かった」と話しているという。
 疲れのコントロールの問題よりも、山縣が指摘する調整段階の練習の問題だった可能性が高い。

●メンタル面に問題はあったのか?

 もう1つ原因だったかもしれない点は、ストレスなどメンタル面の問題だ。陸上競技は中・長距離と競歩種目を除けば競技時間が短いのが特徴で、体を動かし始めて徐々にオリンピックの雰囲気に慣れていく、ということができない。緊張がパフォーマンスに影響しやすい競技なのだ。
 4×100 mリレーでメダルの可能性が大きいことに加え、9秒台を4人が出し、男子100mは注目度が高かった。選手たちも89年ぶりの決勝進出を成し遂げると、メディアで繰り返し発言していた。メダルを目標に掲げた選手が次々に失敗した07年の世界陸上大阪大会と、男子100mは似た雰囲気になっている、という指摘もある。
 だが山縣は、メンタル面の問題ではないと否定した。
「緊張するのはいつものことです。オリンピックは特別なレースですが、初めてでもありません。大きい試合の前は、自分のやりたいレース(意識して行う技術的な部分)を決めてスタートラインに立つのが自分のなかのルールで、それはできたと思っています。心理的な要因というのはあまり考えていません」
 日本選手団の主将を引き受けたことがストレスになった、という指摘もあるが、それはなかったように思う。18年アジア大会でも主将を引き受け、優勝はできなかったが10秒00(+0.8)で銅メダルと健闘した。
 以前は、リオ五輪の入場時に侍ポーズをすることには難色を示したように、競技だけに集中したいタイプだった。だがリオ五輪以降はそういった部分にも前向きになっている。おそらく気持ちに余裕を持つなどして、競技にプラスにもっていけるようになった。
 メンタル面で気になったのは、今年に入ってからの取材で山縣が、次のように話したことだ。
「これまでのオリンピックと違う点があるとすれば、心境の違いです。以前は4年に1回強いよね、と言われる状態ではなく、真っ白な状態で迎えるオリンピックでしたから」
 12年ロンドン五輪は大学2年で、文字通り挑戦するだけだった。16年リオ五輪は前回準決勝進出者という肩書きはあったが、前年まで腰の痛みで満足に走れなかったため、それを克服した新たな自分として挑むことができた。前年までの故障を克服して臨む点は東京五輪も同じだったが、オリンピックで自己新を出す山縣、という特徴を周囲から何かにつけて聞かされる状況だった。
 そのときは冗談めいた口調で話していたが、心のどこかでストレスとなっていた可能性はある。それ以外では、山縣が久しぶりの世界大会であることを指摘する関係者もいる。


●100mの反省とリレー独自のイメージトレーニング

 山縣は日本が金メダルを目標にしている男子4×100 mリレーにも出場する(8月5日に予選、6日に決勝)。
 調整練習に問題があったとすれば簡単なことではないが、山縣の修正能力の高さには期待できる。山縣本人も、修正は可能だと考えている。
「リレーは、スターティングブロックから出る100mとは違うものになります。100mの反省とリレー独自のイメージトレーニングと、両方を摺り合わせてしっかり準備したい」
 100mの敗因がメンタル面だったとしても、まったく問題ない。過去の4×100 mリレーでも、個人種目は失敗しても、リレーになれば気持ちを切り換えて快走した選手は多い。バトンパスの失敗をしたらどうしよう、というプレッシャーは生じない。これまでの経験とバトンパスの練習で、日本チームは絶対の自信を持っているからだ。そしてチームで1つの目標に向かうことが、選手のエネルギーを引き出す。
 リレーはまた別、なのだ。期待していい。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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