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レース後のコメントに現れていた田中の3種目挑戦の意味

【日本選手権レビュー④】
2種目で世界陸上オレゴン代表内定!
田中の4日間3種目5レースの足跡

7月の世界陸上オレゴン代表選考会を兼ねた第106回日本選手権。大会4日目(最終日)が6月12日、大阪市のヤンマースタジアム長居で行われ、田中希実(豊田自動織機・22)が女子800mで2位、その70数分後の5000mで優勝。5000mは、2日目に優勝した1500mに続き世界陸上代表に内定した。
 4日間のレース後のコメントには田中の率直な思いがあふれていた。田中の置かれていた状況と、レース内容がわかりやすいように整理して紹介したい。

●大会1日目(6月9日)13:50 女子1500m予選1組=1位・4分15秒19(予選全体1位記録)

400m・1分06秒6(66秒6)
800m・2分18秒6(72秒0)
1100m・3分10秒9
1200m・3分27秒9(69秒3)
1500m・4分15秒19(64秒3)
※800m、1500mの途中計時は筆者。5000mの1000m毎は主催者発表

「予選は安全に通過すること、できれば組1位でゴールすることを意識しました。気楽に行くのであれば後ろについて走って、ラストだけ上げる通過の仕方もありましたが、タイムや通過することよりも、自分と向き合って走ることが大事でした。
 できれば2周目まで66秒ペースで行きたかったのですが、1周通過したときに風と後ろが気になって、通過タイムは速くないのにきキツく感じて、2周目はタイムを落としながらリズムを意識しました。
 1番で走る感覚を楽しむことは取り戻せていませんし、ラストは後ろの勢いを感じて焦りました。しかしその割には脚が動きました。自分が一番余裕を持ってゴールできたと思います」

●大会2日目(6月10日)19:55 女子1500m決勝=1位・4分11秒83

400m・1分07秒1(67秒1)
800m・2分19秒7(72秒6)
1100m・3分11秒0
1200m・3分25秒4(65秒7)
1500m・4分11秒83(60秒8)

「ラスト1周を大事にして、勝ちきることをイメージしていました。自分が後ろにいてもみんなで競り合いながら、(それなりに速いペースで)流れるかな、と思っていたのですが、みんな待っている流れになったので、思ったよりも早く(800mで)トップに立ちました。
 予選を見ても、日本選手たちがラストを身につけてきています。自分を見失ったら取ってはいけない4位を取ったり、それ以下になることもある。3位(世界陸上代表内定)を取ることができ、世界陸上に向けて身を入れて練習できます。5月のアメリカ遠征2試合では手応えを感じられずに戻ってきましたが、世界陸上で世界のレースにしっかり乗って走れば自己新を出せます。
 楽しむ余裕はまだ取り戻せていませんが、怖くて自分を見失っているところは乗りこえて、冷静な気持ちでスタートラインに立てています。最近では久しぶりです。そこをもっと楽しめるようにしたい。
 世界陸上は2種目にチャレンジしたいと思っていて、日程的に800mと1500mか、1500mと5000mかのどちらかになります。どちらも選択できる結果を日本選手権で出したいのですが、今は4日目の800mのあと、5000mで権利を取れるのか、を考えています。800mは2分を切って標準記録(1分59秒50)を破らないと内定が出ないので、6月末まで待つことになりますから。
 今のところ痛い箇所は出ていませんし、日本選手権は最後まで攻めたい。最後まで800mも5000mも捨てない判断をできるようにしたい。そう思っています」

●大会3日目(6月11日)12:35 女子800m予選3組=1位・2分04秒13(予選全体1位記録)

200m・  30秒4(30秒4)
400m・1分02秒4(32秒0)
600m・1分32秒7(30秒3)
800m・2分04秒13(31秒4)

「800mでポイントを少しでも取って世界ランキングをもう少し上げないと、世界陸上の出場資格に引っかかりません。予選から攻めた走りをして2分3秒くらいで走りたいと思っていましたが、タイムは中途半端になってしまいましたね。予選で気持ちも中途半端になり、ラストの必死さがありませんでした。2分3秒を当たり前に出せる力がついていない。それを確認したレースになりました。
 今の力では800mで世界陸上に出場しても、出るだけで終わってしまいます。世界陸上にはつながらないかもしれませんが、来年以降にはつながります。今日のタイムから、明日の800m決勝をどう走るか(コーチとも)相談しますが、800mの権利を取ることは最後まで狙っていきます。
 昨日1500mで世界陸上出場の権利を取れたことで、気持ちは少し上向きになっています。(800m予選の)ラストは会心のスパートではありませんでしたが、気温が高い中で完全に止まることなく走れたので、明日につながれば、と思っています。
 明日は800m、5000mとも走りたい。それをしないと今回の日本選手権は不完全燃焼になってしまいます。意味がなくなってしまうんです。5000mの走り方は、800mをどう走るかが決まった後に決めていきます。800mを走って5000mも行けそうなら、戦っていきたい。800mに全部懸けるかどうか、になります。このあと体を大事にして、明日2種目を必ず走りたいと思います」

●大会4日目(6月12日)16:20&17:35 女子800m決勝=2位・2分04秒51&女子5000m決勝=1位・15分05秒61

▽800m
200m・  30秒7(30秒7)
400m・1分02秒0(31秒3)
600m・1分33秒9(31秒9)
800m・2分04秒51(30秒6)
▽5000m
1000m・3分06秒(3分06秒)
2000m・6分06秒(3分00秒)
3000m・9分12秒(3分06秒)
4000m・12分17秒(3分05秒)
4600m・14分04秒
5000m・15分05秒61(2分49秒、62秒)

「800mは3位以内、2分5秒以内で行けば、ぎりぎり出場資格の世界ランキングに入る可能性があると思って走りました。ラスト200 mまで無理せず、ラスト200mも脚が止まるほど行ききるのでなく、5000mにつながるスパートで優勝できたらよかったのですが、優勝した塩見(綾乃・岩谷産業)さんの気持ちが強くてかないませんでした。ラスト200mを無理して行っても負けていたと思います。しかし800mに対して逃げずに完遂できた自信を得て、5000mに向かえたことはプラスになったと思います。
 インターバルの70分は、去年よりも時間がとれて、トレーナーさんにたくさんケアをしていただくことができました。体的には良かったのですが、考える時間が長いとプレッシャーに押しつぶされそうになるんです。今日は体の回復と緊張し始めないぎりぎりのタイミングでスタートできて、レースもいいものになったと思います。
 5000mは廣中(璃梨佳・JP日本郵政グループ)選手を意識して走りました。廣中さんも不安はあると思いますが、気持ちの強さと自信をもってレースに臨むことができる点が、私と違う部分です。後ろを走っていて彼女の自信を感じ取って、その圧にやられてしまうことがあります。今日は廣中さんがこんな自信をもって走っているのなら、私も自信をもってぶつからないと申し訳ない。(そう考えることで)リズムをもらいながら走ることができました。どんなレース展開になるか予想はしていませんでしたが、そういうイメージで廣中選手と走るぞ、ということをテーマとしていて、そういう走りができたのでよかったです。
 今日は今年度で一番良いレースができたんじゃないかと思います。まだラストだけのレースしかできていませんし、国内ではラストで負けないことを確認できても、世界で通用するか、国内でもハイペースのとき潰されないレースができるか、1人で走ったときに押し切れるレースができるのか。まだまだ課題はありますが、今できることを出し切る走りをやれたことはうれしいです。
 去年は3種目に挑戦する経験が初めてだったので、スケジュールがプレッシャーでした。(5000m東京五輪代表が決まっていて)失うものがなかったので割と楽しめました。今年は3種目走ることへの抵抗は割となかったのですが、その分(代表を取れない)恐怖や不安が大きくて、1500mのときが一番怖がっていました。会場に来るまで、宿舎でも葛藤していましたが、それを乗りこえて3種目を走ることができました。
 しかし3種目に逃げずに挑戦することに意味があると口で言っても、5000mを外したり結果が伴わないと、1500mが内定しても“何やっているんだ”となります。周りから見ても認めてもらえる結果を出したいし、でもやりたいことに挑戦したい。難しい挑戦でしたが5000mで(口だけでないことを)見てもらえたと思います。今回成功した分、失敗もたくさんするかもしれませんが、今回大事なところで成功したことを、今後の自信にしたいと思っています。
 失敗したら世界陸上の代表権を失ってしまう。そのプレッシャーに負けず、3種目総合して去年を上回る成績を残すことができ、去年以上の力を確認できました。
 オレゴンに1500mと5000mの2種目で出場することになったら、両種目とも東京五輪と違って決勝という場に立って、両方とも中途半端にならない、ということを意識して臨みます。東京五輪は5000mの決勝に残れなかったことが1500m(の8位入賞)に生きることになりましたが、5000mも決勝に残っていたら両方中途半端になったと思います。今年は両方で決勝に残って、両方で戦うぞ、という手応えを今回の日本選手権で得ることができました。
 今回つべこべ言っていられない状態にして、自分に負荷をかけることでやっと、火事場の馬鹿力が出せました。しかし何でもないときには、一瞬一瞬を大事にすることが意外とできていません。向き合っているようで向き合っていない。知らず知らずのうちに逃げていたり、あとで気づいたり。周りにも申し訳ないことをしてきました。今回は1500mも5000mも日本選手権で内定をもらうため、背水の陣で臨みました。自分に向き合ったことで一瞬一瞬を大事にする感覚ができたと思います。今回の日本選手権くらいの集中力をずっと持ち続けて練習、レースに向かっていくのはすごくキツいこと。もしかして世界で戦っている海外のプロ選手たちは、そうした日々を送っているのかもしれません。そのくらいの覚悟が必要な時期になっているのかもしれないです。そのシミュレーションは今回、自分にすごい負荷をかけたことで味わえたかな、と思います」

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト


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