【全日本実業団山口ハーフマラソン2021 男子レビュー】
市田が日本歴代4位と快走した旭化成はチームとして機能
古賀と野中が2年連続で好成績をキープ
第49回全日本実業団ハーフマラソン大会が2月14日、山口市の維新みらいふスタジアムを発着点とする21.0975kmのコースで行われた。男子はパトリック・マゼング・ワンブイ(NTT西日本・23)が1時間00分12秒の大会最高タイムで優勝し、市田孝(旭化成・28)が1時間00分19秒の大会新記録で2位に入った。前回日本人トップの2位だった古賀淳紫(安川電機・24)は1時間01分13秒の4位(日本人2位)と、今年もしっかり上位に食い込んだ。
また、各チーム上位3人の合計順位で争われる団体戦は、日立物流が合計順位「25」で優勝した。
●村山謙の飛び出しが市田快走の引き金に
市田孝の快記録は、旭化成がチーム全体で頑張った結果でもあった。
市田がレース後にコメントしたように、
5連覇がかかったニューイヤー駅伝で3位に終わった悔しさを、個人レースで結果を出すことで晴らそうとする雰囲気がチームにあった。市田が今大会に向けて練習するときには、持久系のメニューはびわ湖マラソンを目指す大六野秀畝(旭化成・28)と一緒に走った。そしてレースでは、村山謙太(旭化成・27)の飛び出しが引き金になった。
村山は前回も優勝候補の1人だったが、最初の5kmが14分49秒のスローペースにリズムを崩してしまった。今年はその反省から1kmを2分45秒と速いペースで入った。2km通過も5分33秒とそのスピードを維持し、そこにワンブイとベナード・キマニ(コモディイイダ・27)、古賀淳紫(安川電機・24)、今井篤弥(トヨタ自動車九州・23)らが追いつき、集団が速い流れになった。
しかし上りに入った3km付近でペースが落ち着いたため、4km付近でまた村山謙が前に出てペースを上げた。「5km通過が14分20秒(実際は14分19秒)では、次の5kmを14分0秒台に上げないと59分台を出せません」(村山謙)
市田は出場資格記録が低かったためスタート位置が後方だった。先頭のペースの上下動にその都度反応するのでなく、自分のリズムで5.6km付近までに先頭に追いついた。そのときは村山謙が作った速いペースが安定していた。そのスピードにワンブイ、キマニと市田が乗った。5km以降は大きな上りはないコースで、風さえなければ一定ペースを続けやすい。
「謙太が(先頭に出る)アクションをしてくれたことで、レースの流れがガラッと変わりました。すごく良い飛び出しでした。それも僕が自己記録を大きく更新できた理由の1つです」
大六野、村山謙の同学年2人の存在が、市田の日本歴代4位実現に準備段階を含めチームとして機能した。
●「次につながる」古賀の2年連続快走
前回日本人トップ(2位)の古賀淳紫も序盤は積極的に前に出た。だが4km付近から村山謙がさらにペースを上げると、そこにはつかず第2集団でレースを進めた。直前にレベルの高い練習をしたことで疲れが出ていたことが、思い切った判断をすることをためらわせたのかもしれない。
9km以降は野中優志(大阪ガス・25)が第1集団と、古賀や日立物流勢らの第2集団の間を単独で走っていた。
「15kmを過ぎて、市田さんに追いつくのは無理と思いました。野中さんも含めた集団の中で勝とうと思って走っていました」
15kmでは永戸聖(日立物流・24)が第2集団から抜け出した。古賀もそれを追い始め、間もなく永戸を抜いて差を広げ、野中にも20km手前で追いついた。2人の並走から古賀がリードを奪い、最後はまた野中が差を詰めたが古賀が1秒先着した。
「後ろの集団で勝てたことはうれしいですけど、市田さんと1分近く開いています。力の差を感じました」
しかし昨年の日本人1位から、練習でも積極的に前を走るようになった。前回はまったく狙っていなかった日本人1位だが、今回は練習でもレースでもそのレベルを意識していた。
「調子が上がらないなかでも日本人2位に行けたことは、次につながるかもしれません」
このレベルが最低ラインになれば、日本代表を狙う道筋が見えてくる。
●前回と違う単独走でも持ちこたえた野中
野中も2年連続の好走だった。前回は9位で入賞を逃したが、1時間00分58秒と日本歴代17位(当時)で走った。ハーフマラソンでこのレベルの記録を出し、その後マラソンや10000mの日本代表になった選手も多い。
今回も1時間0分台を狙い、序盤、村山の作ったハイペースの集団に迷わず加わった。だが6km過ぎに市田と外国選手2人の集団から離れてしまった。そこからずっと単独走を強いられたが、渡邉浩二コーチは10km手前で先頭集団に追いつくチャンスがあったという。
「下りきるところを2分42~43秒で行けていましたが、少し余裕があったそうです。一気に追いついていたら、単独走で風を受けることもなかった」
20kmで古賀に追いつかれ、フィニッシュでは1時間01分14秒で1秒競り負けたが、1年間の成長は確認できた。ニューイヤー駅伝3区では区間4位。34位でタスキを受けて16人抜きをやってみせた。今大会前の練習を比べても「5km3本など同じ練習でも、余裕を持ってできていました。去年より行けると感じられた」(渡邉コーチ)という。
関西の大学出身で箱根駅伝出場がないため知名度は高くないが、有名選手が飛ばしたときもついて行くつもりでいた。
前回は集団のペースに乗っての1時間0分台だったが、今回は10km以上も単独で走ってのタイム。内容的には今年の方が上かもしれない。
トラックの10000mは28分31秒27が自己記録で、ロードと比べるとあまりに低い。この日の10km通過は28分36秒だった。「練習を見ていたら27分台は出る」と渡邉コーチ。
●日立物流が団体優勝。ニューイヤー駅伝4位に続く快進撃
男子団体戦で優勝したのは日立物流だった。3人が第2集団でレースを進め、牟田祐樹(27)が7位、永戸が8位、栃木渡(25)が10位でフィニッシュした。
別府健至監督就任1年目で、ニューイヤー駅伝チーム過去最高の4位と今回の団体優勝。駅伝メンバーに入れなかった牟田が好走したことからも、チーム全体が良い状態になっていることがわかる。
「牟田は2年間故障をして駅伝に出られなかったので、期するものがあったのでしょう。駅伝後の2度の合宿は、パーフェクトで練習しました」と別府監督。
箱根駅伝で区間賞を取った選手や、各大学でエースだった選手が集まっている。これまでも自分を理解してコントロールできる選手が多かった。別府監督は「少し変化を加えただけ」だと言う。
「(加えた変化は)距離を踏むことと、ケガが多かったのでウォーミングアップを工夫しています。もともと力のある選手ばかり。基本的には、彼らがこれまでやって来たことは間違いではなかった」
ただ、その少しの違いがレース結果の違いになって現れ始めた。練習したことが試合で出せるようになると、練習がさらに充実する。その「相乗効果」が今の日立物流には出ている。
ニューイヤー駅伝1~3位の富士通、トヨタ自動車、旭化成に食い込むのは簡単なことではない。日本代表や日本選手権3位クラスが3~4人育たなければ太刀打ちできない。
「4月以降、今回の上位3人は27分台を狙いたい」と別府監督。近年の好記録続出で、27分50秒台では日本トップレベルとは言えなくなっているが、選手個々の成長の指標であるのは確かだ。
ニューイヤー駅伝入賞や、27分台選手を増やすことなどを地道に続けることで、3強の背中に迫っていく。日立物流が打倒3強の有力候補であることを、全日本実業団ハーフマラソンで改めて示した。
TEXT by 寺田辰朗