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男子走高跳優勝の真野と、女子走幅跳優勝の秦が、世界ランキングでの世界陸上代表入りが有力に【日本選手権レビュー②】

7月の世界陸上オレゴン代表選考会を兼ねた第106回日本選手権。大会1日目が6月9日、大阪市のヤンマースタジアム長居で行われ、男子走高跳に2m30で優勝した真野友博(九電工・25)と、女子走幅跳に6m43で優勝した秦澄美鈴(シバタ工業・26)の代表入りが有力になった。2人とも世界陸上参加標準記録には届いていないが、6月末時点の世界ランキングで世界陸上出場資格を得たときに、日本選手権3位以内の条件を今回クリアしたので代表入りできる。
「世界陸上では助走を安定させて、初めての代表ですが物怖じせずに戦いたい。世界の選手と比べても速い助走スピードを武器に戦います」(真野)
「世界大会は未知数ですからチャレンジャーです。世界のすごい人たちの胸を借りて、思い切り跳躍したい」(秦)
 日本選手権の競技後には、2人ともオレゴンに思いを馳せていた。

●世界ランキングによる出場資格とは?

真野は2m33の標準記録は跳ぶことができなかったが、2m15、20、25、そして優勝記録となる2m30と、すべて1回で成功させた。2m20までの段階で、真野以外の選手は何度も失敗試技があった。2位とは10cm差の圧勝だったが、試技を進めている段階でも力の差は明らかだった。
「今回の優勝で世界ランキングが安全圏に入ったと思うので、ここからは世界陸上を見据えてしっかり準備していきたい」
 世界陸上の出場資格を得る方法は2つある。1つは世界陸連が定めた標準記録を破ること。この記録は極めてレベルが高く設定されている。種目によって出場人数が違うので設定レベルに若干の違いはあるが、男子走高跳の2m33は21年の世界リスト8位相当、女子走幅跳標準記録の6m82は22位相当である。
 線を引く世界順位に違いが生じたのは標準記録が決められた後に、女子走幅跳の選手たちが好記録を多く出したからなのかもしれないし、米国の選手が多く突破してくることを見越して設定されたのかもしれない。走高跳は複数の選手が同じ記録になることも考慮されたのだろう。
 もう1つの出場資格を得る方法が世界ランキングだ。世界ランキングの得点は、これも種目によって異なるが、フィールド種目は5大会の得点平均である。各大会の得点は記録による得点と、その大会の順位による得点の合計得点で決まる。記録得点はどの大会で出しても同じだが、順位得点は大会のグレードによって大きく異なる。国内開催の試合ではゴールデングランプリがAカテゴリーで、日本選手権がBカテゴリー。静岡国際など国内グランプリの多くはCカテゴリー、都道府県陸協や大学が主催する競技会はFカテゴリーとなっている。
 世界陸上の出場人数は、男子走高跳は32人。1カ国3人までしか出場できないので、1カ国3人までのカウントで標準記録突破者を合計し、32人に満たない場合はその人数分、世界ランキング上位から出場資格が得られる。
 現時点の標準記録突破者と世界ランキング上位者を各国3人で集計したリストがRoad to Oregonで、世界陸連ホームページに掲載されている。

男子走高跳は32人の出場枠で真野は日本選手権前の順位が18位、女子走幅跳も32人の出場枠で秦は22位だった。
 真野は一昨年2m31、昨年2m30と好記録を跳んでいた。しかし世界ランキングの得点で戸邉直人(JAL・30)と衛藤昂(味の素AGF)が東京五輪出場資格を得たのに対し、真野は世界ランキングの得点が低く出場資格を得られなかった。「主要大会での成績を残せなかったんです」と真野は昨年を振り返る。日本選手権は戸邉に次いで2位に入ったが、ゴールデングランプリで8位、静岡国際で5位だったことが響いた。
 戸邉は世界ランキングでの出場資格獲得だったが、東京五輪で予選を突破している。標準記録を破れなかったから戦えない、ということではないのである。戸邉は日本選手権の欠場を、アキレス腱の損傷で試合直前に決めたが、今回も世界ランキングで出場資格は得られそうだ。

●秦が考える世界陸上本番対策とは?

秦澄も昨年すでに、6m65の自己記録を跳んでいる。今年のシーズンベストは6m63で自己記録は更新できていないが、記録のアベレージが昨年よりも上がったことで世界ランキングも上昇した。今回の日本選手権の優勝記録は6m43だったが、向かい風2.5mの悪条件の中だった。世界ランキングの記録得点は、走幅跳や100mなど風速によっても点数が変わってくる。向かい風の場合は得点が上昇するのだ。
 世界ランキングは前述のように得点の上位5大会の平均で、真野は日本選手権の得点で世界ランキングの得点が上昇するのは間違いない。秦の世界ランキング得点が上がるかどうかは微妙だが、日本選手権優勝の得点は大きいので上がる可能性はある。

秦は前回の記事

で紹介したように、世界ランキングに頼らず、標準記録を跳んで代表を決めるつもりだった。だが、向かい風の影響を大きく受けてしまった。
「思い通りの助走をさせてもらえませんでした。風は自分ではコントロールできないので、自分がコントロールできる部分を意識しましたが、良い1本が出せなかった。少し情けない。悔しい気持ちでいっぱいです」
 6月26日までに標準記録を跳べば代表に内定するが、真野も秦も、日本選手権後はすぐに世界陸上への準備に取りかかる。真野は日本選手権翌週に海外遠征を行うという。もちろん標準記録を跳べば最高の結果だが、それよりも国際大会の経験を積むことを重視しているようだ。2人とも国際レベルの記録を出し始めたのが、新型コロナの感染拡大があった20年以降ということもあり、国際大会の経験が少ない。
 秦は試合には出ずにトレーニングの中で世界陸上の準備をする。女子やり投の北口榛花(JAL・24)の記事

でも触れたように、国際大会では3回の試技の中で良い記録を出さないと予選を突破できない。秦は「3本の中で6m60以上を出すことが重要」だという。
 大会の予選通過記録は標準記録ほど高くはないが、決勝を12人で行う前提で、12人以上が出せないレベルの記録が設定される。昨年の東京五輪女子走幅跳の予選通過記録は6m75で、実際に跳べたのは8人だけ。残り4人は記録の上位4人で、結果的に6m60の選手までが決勝に進出した。
 秦はこれまで、6m60以上を3試合で跳んでいる。昨年の6m65こそ2回目の試技だったが、今年の2試合は4回目以降の試技だった。修正能力がしっかりしている証でもあるが、国際大会では通用しない。
 では、どうすれば3回目までに記録を出せるのか。
「早い段階で助走の(正しい)スタート位置を決められるようにすることです。本番試技前に助走合わせの練習ができますが、本番試技になるとどうしてもズレが出てしまうんです。助走合わせの段階で本番と同じリズムを作ればいいのですが、それが今はまだできません。それができるようになれば、3本以内に6m60以上を跳べます」
 秦はYouTubeなどで世界陸上の動画もよく見ている。印象に残っている動画は「色々ありすぎる」が、一番は91年東京大会男子走幅跳で、マイク・パウエル(米国)が8m95の世界記録を跳んだシーンだという。2位のカール・ルイス(米国)も8m87の世界歴代3位というすごい戦いだったが、世界記録を出したパウエルがフィールドを走り回り、審判に抱きつくなどした喜び方が「すごく楽しそう」と記憶に刻まれた。
 世界大会の経験はなくとも、世界で戦うイメージはしっかりと持てている。オレゴンを明るい思い出にするために。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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