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世界陸上オレゴン標準記録突破の瞬間が見られるか女子フィールド種目の期待は走幅跳の秦とやり投の北口

【日本選手権プレビュー⑤】

7月の世界陸上オレゴン代表選考会の日本選手権が、6月9~12日に大阪市ヤンマースタジアム長居で開催される。
 男女フィールド種目は現時点で、世界陸上オレゴンの参加標準記録突破者がゼロ。特に女子は体格の違いや選手層の薄さから、世界レベルから置いて行かれている。その中にあって走幅跳の秦澄美鈴(シバタ工業・26)とやり投の北口榛花(JAL・24)は、オレゴン出場が期待できる2人である。北口は昨年の東京五輪で決勝に進んだ実績があり、今季は未突破だが自己記録は66m00の日本記録で、標準記録の64m00を上回っている。
 一方の走幅跳が標準記録が6m82で、秦の自己記録の6m65から17cm差がある。しかし秦は翌日に決勝を控えた前日会見で、標準記録を跳ぶ手応えを口にした。

●秦が前日練習で動きの“感覚”に手応え。データ的にも根拠

日本選手権開幕前日(6月8日)に有力選手たちの記者会見が行われた。自身のコンディションを質問された秦は「先ほど前日練習を終えてきましたが、かなり良い感じなんじゃないかと思います。自分でハードルを上げてしまいますが、明日は自分でも期待しています」と答えた。
 走っている最中の動きの“感覚”が良いのだという。
「関節とか引っかかりがなくスムーズに脚が回るんです。動きの中で力を入れていてもスムーズに動くことが、良いコンディション(の証拠)だと感じています」
 これは選手にしかわからない“感覚”の部分のことだが、データでも6m82を跳ぶ根拠に近いものが出ている。その1つが助走最高速度だ。学生時代までは走高跳をメイン種目にしていたこともあり、もともとは助走スピードが速い選手ではなかった。それが今季は9.32m(/秒)まで上がっていて、ゴールデングランプリでは9.4mに近い数値が出ていたという。
 日本陸連の測定したデータでは、池田久美子が6m86の日本記録を出したときの助走最高速度は9.65mだった。花岡麻帆が日本歴代3位の6m82を跳んだときのデータは確認できなかったが、花岡が6m60を跳んだ跳躍で9.28mだったことがわかっている。
 池田は100mハードルでも日本歴代5位を持つ選手で、助走スピードの速さが特徴だった。花岡は三段跳の日本記録保持者で、バネ(跳躍力)が特徴だった選手。元走高跳選手だった秦もタイプとしては花岡に近い。その秦の助走速度が花岡を上回り池田に近づいている。
 もちろん助走速度だけが走幅跳の記録の決定因子ではない。池田は9.5mのスピードでも6m40台のこともあった。最高速度とともに、踏切時の減速率も重要なのだという。
 何より、踏切板に合わせられるかどうかで、5cm、10cmと距離が違ってくる。
「今季は(踏切板を越えてしまう)ファウルでも手応えがある跳躍が多かったんです。踏切板に合わせて跳び切ることが、(今の自分には)6m82を跳ぶために一番必要なことなんです」
 秦は今季4月24日の兵庫リレーカーニバルで6m60(+1.8)、5月8日のゴールデングランプリで6m63(+0.5)を跳んだ。昨年6m65(+1.1)の自己記録を出した頃より安定感が上がっている。
 標準記録を跳ぶための基本的な走力と、踏み切りの技術を持っていることは間違いない。あとはそれを記録に結びつけられるか。
「一番難しいことなんですが、しっかり集中して、最大限の力を出し切りたい」
 助走開始前の集中した秦の表情が、着地した瞬間に笑顔に変わる。その瞬間を見逃さないようにしたい。


●1投目から北口の笑顔が見られるか?

北口榛花の持つ日本記録は66m00で、世界陸上オレゴン標準記録の64m00を2mも上回っている。
 だが、19年秋に出したその記録は“一発”の要素が強く、その後も安定して65m前後を投げられる状況にはなっていない。セカンド記録は19年5月に出した64m36で、サード記録は今年5月8日のゴールデングランプリ(GGP)で投げた63m93である。標準記録より2m良い記録を持っていても、64m00を投げるのは簡単ではない、ということだ。
 だが今年のGGPの63m93には、明るい材料があった。それは1投目でその記録を投げたこと。スタンドにはじけるような笑顔を見せた。
 投てき種目は3回目までの上位8人だけが、6回の試技が認められている。北口は後半の試技でその日の最高記録を出すことが多く、66m00は6投目、64m36は5投目だった。その他にも63m台が2試合あるが、19年日本選手権は4投目、20年全日本実業団陸上も6投目。東京五輪代表を決めた昨年の日本選手権も6投目だった。
 試技を重ねる中で技術の修正や助走スピードの調整ができる。それ自体は悪いことではないが、国際大会では3投目までに良い記録を出さないと、決勝やベストエイトに進むことができなくなってしまう。好調だった19年シーズンの世界陸上ドーハ大会も、3回目までが60m54という微妙な記録しか残せず、6cm差で決勝に進めなかった。
 その点を修正できたのが東京五輪予選で、1回目に国際大会としては好記録の62m06を投げて決勝進出を決めた。北口は「3回の練習試技を前半3回と思って全力で投げて課題を見つけて、1投目を4投目だと思って投げたんです」と、それ以前との違いを説明する。
 決勝では左脇腹に痛みがひどくなって12位に終わったが、成長した姿を見せることができた。
 今季はゴールデングランプリだけでなく、59m63ではあったがシーズン初戦の日大競技会(4月23日)も、61m20で優勝した木南記念(5月1日)も1投目にその日の最高記録を投げている。大会によって練習試技の本数は違うので東京五輪とまったく同じことができているわけではないが、今季の北口は1投目に記録を残すコツをつかんでいる。
 GGPでも「1投目だけやり真っ直ぐに飛ばせましたが、2投目から助走スピードを上げたら投げの動作が少し変わってしまいました」と課題を挙げる。だが、それは“次の段階”の課題に取り組めることを意味している。
 木南記念のときには以下のように話していた。
「63~64mを毎試合、3投目までに出す試合を続けたいです。私自身も安心できますし、見ているみんなも安心できる(笑)。4投目以降で試すこと、攻めることができます。そういった試合を続けていれば標準記録は出るでしょう、と思ってやっています」
 日本選手権でも北口の1投目を見逃さないようにしたい。そこで64m00を超えれば、その後の投てきでさらにチャレンジができる。
 ヤンマースタジアム長居は、19年5月の木南記念で64m36と、自身初の日本記録を投げたゲンの良い競技場だ。前述のように5投目だったが、日本選手権でそれに近い記録を投げたら、後半試技で長居2度目の日本新と、北口のその日2度目の笑顔が見られるかもしれない。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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