【兵庫リレーカーニバル2021① 田中希実】
東京五輪女子5000m代表の田中が1500mのラスト1周で圧勝
兵庫は世界を見据えた11連戦の中間点
第69回兵庫リレーカーニバルが4月25日、神戸市のユニバー記念競技場で行われた。記録的に価値が高かったのは女子走幅跳の秦澄美鈴(シバタ工業)で、6m65(+1.1)の日本歴代4位タイを2回目の試技でマークした(優勝記録は6m69だが追い風3.0mで参考記録)。また、五輪種目ではないが、男子は阪口竜平(SGホールディングス)が5分29秒89、女子は山中柚乃(愛媛銀行)が6分19秒56と、男女の2000m障害で日本最高記録が誕生した。
東京五輪代表では女子5000mの田中希実(豊田自動織機TC)と女子マラソンの前田穂南(天満屋)が出場。前田は33分25秒85の4位と振るわなかったが、田中は4分10秒14の好タイムで優勝した。田中は常識では考えられない11連戦を敢行しているが、その理由とは何なのか。
●プラスの評価とマイナスの評価
田中はレースを振り返り、以下のようにプラスの評価をしていた。
「風もありましたし、昨日まで付く予定だったペースメーカーも不在となって、記録を狙うには厳しいコンディションでしたが、その状況としては落ち着いてレースをすることができました」
その一方でマイナスの評価もしている。
「落ち着いていても位置取りが良くありませんでしたし、ラストが上がり切りませんでした。70点くらいです」
位置取りが良くなかったのは、1周目を5~6番手で走ったことを指す。400 mで3番手に、600 mで卜部蘭(積水化学)に次ぐ2番手に上がったが、そこで僅かかもしれないが、余分なエネルギーを使ってしまった。田中はトップで走ることを苦にしないタイプだ。4分05秒57の日本記録を出した昨年のゴールデングランプリのように、国内ならスタートから先頭を走り続けた方が自分のリズムを刻みやすい。
その日本記録のレースと、兵庫の通過タイムを比較したものが下記の表である。
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▼ゴールデングランプリ2020
距離 通過 400m毎
400 1:06.42 1:06.42
800 2:11.91 1:05.49
1100 3:02.37
1200 3:17.89 1:05.98
1500 4:05.27 47.38
※1200mまでは速報タイマー表示
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▼兵庫リレーカーニバル2021
距離 通過 400m毎
400 1:07.3 1:07.3
800 2:15.6 1:08.3
1100 3:06.0
1200 3:21.3 1:05.7
1500 4:10.14 48.84
※1200mまでは田中健智コーチ計測
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ゴールデングランプリの方が1周平均1.5秒前後速い。それは記録を狙いに行ったレースと、後述するように11連戦中のレースの違いで生じた部分になる。
ペース変化を見ると、ゴールデングランプリでは3周目を気持ち休む区間として、そこで卜部に背後に迫られた。だが、最後はしっかりと切り換えて、ラスト1周は1分02秒90とスパートできた。
今回は800 mで先頭に出たものの、1100mまでは卜部を引き離せなかった。だが残り1周(1100m)でスパートすると、1300mまでの200 mで卜部を約30mも引き離した。
そのラスト1周の評価にも、田中は高低をつけた。
「タイムよりもテーマを完遂して、勝ちきることを目標に走りました。ラスト1周を大事にして、そこで勝ちきることはできましたが、ラスト1周の後半は脚が固まって、後ろを気にしすることになってしまいました」
言い換えれば課題をクリアできた部分もあったが、残した部分もあった。
ただ、それを11連戦というハードスケジュールの中でトライできたこと自体、田中のすごさを物語っている。
●実質的には右肩上がりでタイムは上昇
兵庫リレーカーニバルは田中の11連戦中、6試合目に当たる。7戦目以降は体調などで変更になる可能性もあるし、大阪府に新型コロナ感染拡大による非常事態宣言が出たため、すでに木南記念は6月への延期が決まった。
予定通りに出場できれば、兵庫リレーカーニバルがちょうど折り返し地点になる。
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第1戦 高松市記録会
3/21 800 m 2分09秒10
〃 1500m 4分15秒18
第2戦 明石市春季記録会
3/29 800 m 2分08秒53
〃 3000m 9分09秒57
第3戦 東京陸協ミドルディスタンスチャレンジ
4/3 3000m 8分52秒27
4/4 1500m 4分13秒09
第4戦 金栗記念選抜中長距離熊本大会
4/10 1500m 4分09秒31
第5戦 兵庫県春季記録会
4/18 800 m 2分06秒60
〃 3000m 9分11秒39
第6戦 兵庫リレーカーニバル
4/24 1500m 4分10秒14
▽以下は予定
第7戦 織田幹雄記念国際
4/29 5000m
第8戦 静岡国際
5/3 800 m
第9戦 木南記念=6月に延期。田中の出場は未定
5/6 1500m
第10戦 Ready Steady Tokyo(東京2020テストイベント)
5/9 1500m
第11戦 中部実業団対抗
5/15 オープン3000m
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父親の田中健智コーチは、「今は延々と、最低限これで走れる、というところを作ろうとしています」と、11連戦の目的を話す。練習の中では設定タイムをクリアできないことも、たびたび生じているという。だがレースで「帳尻合わせ」はできている。
その一方で「悪い状態があっても最低限ここでまとめよう、という範囲でもまとめられていない」という言葉も出る。田中コーチの中でも両方の評価が生じているように思われた。
しかし連戦の記録を見ると、確実に速くなっていることがわかる。800 mは3試合してタイムは右肩上がりである。3000mは3試合目で記録が落ちたが、その大会は同日に800 mも走っている。そして1500mは2試合目で自己3番目の4分09秒31と想定以上のタイムを出し、3試合目の兵庫が4分10秒14。風の影響を考慮すれば、2試合目よりタイムは上がったと見ていい。
田中コーチが不満を感じているのは、世界大会の入賞ラインか、その少し上のレベルを目指しているからだろう。連戦の走りを見る限り、田中がレベルアップしているのは間違いない。
「東京五輪の5000mで決勝に残れば(19年世界陸上ドーハでは決勝進出をすでに経験済み)、数日間で2本レベルの高いレースをしないといけません。1500mの代表権を得たら、よりハードになります。今、毎週試合をこなすのは、そのためのスタミナ作りという位置づけです」
そしてもう1つ、世界で戦うことを考えたとき、今回の連戦はより具体的な意味があった。
●世界を目指すための11連戦戦略
それは世界陸上や五輪のペース変化を分析し、その中で走ることを想定したときに思いついた。
「世界では5000mのラスト2周が、日本の800 mのタイムと同じくらいなんです。世界のラスト2周の方が、(優勝者などは)速いですけど、少しでも追いつかないと。3000mは1500mのスピード持久にも生きてきますが、世界の5000mの最初の3000mや、後半3000mの上がりのところにも生きてきます」
昨年12月の日本選手権で優勝したときも、後半3000mが8分50秒で、7月に3000mの日本記録(8分41秒35)を出したことが生きた。廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ)に競り勝つことができたのは、その違いだったと田中は感じている。
今回も「連戦で800 mと3000mを大事にしてきたから、シーズンの序盤でも1500mを組み立てられた」と分析している。
仮に兵庫の1500mが4分10秒を切ることができれば、五輪参加標準記録の4分04秒20にも手が届くと考えていた。標準記録を切っただけでは世界と戦う田中の目標には届かないのかもしれないが、連戦の成果は出たことになる。日本は1500mの五輪代表を過去、1人も送り出したことがないのだから。
兵庫は連戦の中間点であり、成果が確定したわけではない。そもそも連戦の成果は、五輪本番で結果が出て初めてわかることである。
「5月中旬まではレースが続きますが、1本1本を大事にして、失速しないで走り切ることを意識して行きます。それを超えたら6月で、7月に向けてコンディションを整えていきます」
田中の言う「6月で」は、6月の日本選手権のことで、その大会で1500mの代表権獲得を狙って行く。仮にそれができなくても、そこで1500mのスピードを強化することで五輪本番の5000mに向けての調整になる。
東京五輪で世界と戦った、といえる結果が出たとき、田中の11連戦戦略のすごさがより鮮明になる。
TEXT・写真 by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト
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