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「あおり運転」の厳罰化 改正自動車運転処罰法施行

悪質な「あおり運転」など危険運転の適用範囲を拡大する改正自動車運転処罰法がきょう2日、施行されました。改正法ではいわゆる「あおり運転」に歯止めを掛けるため、走行中の車を妨害する目的で、前方で自分の車を停止させ、死傷事故を起こすケースなどを処罰対象に加えました。なぜ、この法改正が必要だったのでしょうか?

■改正自動車運転処罰法

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6月5日、改正自動車運転処罰法が成立しました。これまで危険運転致死傷罪にはいわゆる「あおり運転」について、「重大な交通の危険を生じさせる速度」での運転行為は規定されていましたが、ここに「停止行為」が加わり、処罰対象が拡大したのです。追加された2点は・・・

①車の通行を妨害する目的で、走行中の車の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転する行為

②高速道路または自動車専用道路において、自動車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転することにより、走行中の自動車に停止または徐行をさせる行為

これらの行為により、相手にけがをさせた場合は15年以下の懲役、死亡させた場合は1年以上20年以下の懲役が科されることになりました。


■改正道路交通法

これに先立ち、6月2日には改正道路交通法も成立していて、死傷事故を発生させていなくても、「あおり運転」行為自体を罰せられるようになりました。

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改正法では「通行を妨害する目的で行う一定の違反行為」を「妨害運転罪」として規定。車間距離を保たないことや急な割り込み、不必要な急ブレーキなどの行為を行った場合、事故を起こしていなくても運転免許の取消処分と最高で懲役5年または罰金100万円以下の法定刑を科されることになります。


■東名夫婦死亡事故

改正自動車運転処罰法が成立した日は、奇しくも「あおり運転」が社会問題化した「東名夫婦死亡事故」が起きてから3年の日でした。

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2017年6月5日。
神奈川県の東名高速で石橋和歩被告(28)があおり運転をしたうえ、萩山嘉久さん(当時45)一家4人が乗ったワゴン車を停車させ、そこに後続のトラックが追突しました。
この事故で、嘉久さんと妻の友香(当時39)さんが死亡、一緒に乗っていた当時高校生と小学生だった娘2人もけがを追いました。

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■石橋被告の裁判

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石橋被告の裁判は、「危険運転致死傷罪が認められるか」が争点でした。
1審の横浜地裁では、速度がゼロの「停車」は危険運転と認められなかったものの、あおり運転と死亡の因果関係はあるとして危険運転致死傷罪が認められ、懲役18年の判決が出ました。その後、弁護側が控訴した2審では危険運転致死傷罪については1審と同じ判断でしたが、横浜地裁の手続きが法令違反だったとして、東京地裁は1審を破棄し差し戻しました。公判は現在も続いています。

逮捕時からの一連の報道を受け、「あおり運転」は社会的問題化し、厳罰化を求める声は日々高まり、遺族も訴えてきました。


■遺族の思い

事件から3年経ち、あおり運転の厳罰化が実現したことについて、亡くなった嘉久さんの母・文子さん(80)は。

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文子さん:
当然のこと。数年遅かったけど、法律が変わってよかった。これであおり運転が減ってくれたら嬉しい。嘉久は犠牲になったけど、社会が良くなってくれればと思う。

一方、亡くなった友香さんの父(75)は。

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友香さん父:
あおり運転をやる人は、法律が厳しくてもやるから、厳罰化してもあおり運転はなくならないと思う。法律が変わっても、人が変わらないとだめ。

そして、事故当時、両親とともにワゴン車に乗っていてけがを負った長女(18)は。

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(取材中の福田記者)

長女:
一言に『あおり運転』と言っても様々な状況があるので、視野の広い見方でより厳しくなったことはいいことだと思いました。時代や現状に合わせて少しずつ法律が変わっていくことは必要なことで、私も免許を取ったので、法律の改正が実現したことに安心しました。


■専門家の評価

交通事故に詳しい高山俊吉弁護士はこう評価します。

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改正道路交通法については、「あおり運転」を行うドライバーがかなりの数いるという実情を反映させた法改正になっており、改正自動車運転処罰法についても「停止していても著しく危険な結果が発生するという場合に処罰できる」と加えたことは評価できる。ただ、どちらも規定の曖昧さがどうしてもぬぐえない。あおり運転というのは、東名夫婦死亡事故のように誰が見ても明らかなものばかりではない。たとえば、改正道路交通法に「交通を妨害する目的で危険が生じると予測させる行為」とあるが、目的はドライバーの主観なので、それをどう判断するのかという問題がある。また、改正自動車運転処罰法には「高速道路で走行中の車を徐行させる」という表現があるが、「徐行」というのはどのくらいの速度になったときに徐行させたことになるのか。共通の概念がはっきりないという問題が非常に悩ましい。
規定の曖昧さが警察と検察の捜査活動を非常に幅広にしてしまって、なんでも処罰できる、取り締まれるというのは刑罰法規の生命線を壊すことになるので、そこは慎重に捜査を進める必要がどうしても出てきてしまう。かといって、極端な事例だけを処罰するようになると法律の努めを果たせていないことになってしまう。今回の改正によって「あおり運転」は一定数は減るが、その後はあまり減らなくなると予想する。運転不適格者は処罰を重くしてもやってしまうと思うから。そういう人が出ないようにするには、交通安全の教育や人のことを考える感性など、交通の世界だけでない社会の問題になってくる。


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社会部 福田浩子 記者

【あおり運転はなくせるか】
私は、東名夫婦死亡事故の石橋被告が逮捕されてから、遺族やその関係者の取材を続けてきました。石橋被告の行動がすんなりと「危険運転致死傷罪」に当てはまらず、非常に軽い刑になる可能性もあることにもどかしさを感じました。事故当時の状況や遺族の気持ちを取材する中で、法律の不完全さを痛感し、変わってほしいという思いで報道してきたので、今回、改正法が成立したことはほっとしています。
一方で、悪質なドライバーは厳罰化すればあおり運転をやめるのか、と言われるとそうではない気がします。裁判で、繰り返しあおり運転を行ってきた事実をまるで他人事のように聞いている石橋被告を見て、法律を変えれば済む問題ではないと感じました。
遺族の言うように、「運転する人自身が変わらなければいけない」ですし、そのためには専門家の言うように「幼い頃からの教育や、免許を取る段階での適性の見極めが重要」だと思います。
改正法の施行により、相次ぐあおり運転に歯止めがかかることを期待しながらも、悲惨な事故が少しでも減るよう取材を続けていきたいと思います。