起業の天才、リクルートのDNAと昭和・平成史

大西康之の「起業の天才」を読んだ。長いが一気に読ませる。昭和・平成史を語る上では必読だ。

リクルートを創業した江副浩正は、リクルート事件で最も知られる。リクルート社のHPにも、名前が掲載されていない、黒歴史扱いだ。
一方で、日本株式会社の人事部として戦後の硬直した採用制度・人事制度に風穴を開けるとともに、製造業中心の日本社会の中、土光敏夫に「虚業」と揶揄されながら、情報・データの重要性に目を付け、電電公社の独占体制にも風穴を開ける。屈指のイノベーターだ。

本書は、江副の複雑な生い立ちから語られ始める。二人の母親が同居するという複雑な家庭・貧困時代に培った合理的思考で、東京大学新聞の広告に企業の求人広告を載せる、というアイディアを思いつき、これを元にビジネスをスタート。これがコネ・学歴で閉鎖的だった採用制度に風穴を開けるとともに、リクルートは日本企業全体の情報のハブとなった。自身はカリスマがないことを自認しており、役員・従業員に納得をさせ、自分で最後まで責任を取らせる、というスタイルで急速に業績を伸ばす。

自分はゼロから1にしか興味がなく、1からnは他任せ。スーパーコンピュータの導入等、情報産業に力を入れる。
第二電電のくだりは面白い。自分もメインで議論をしていた第二電電の経営体制に深く入ることができず、瀬島裁定があり、稲森氏が社長になった後、NTTと組んで情報産業に足がかりを得る。合わせて岩手県のリゾート(安比)や不動産事業にも手を出す。これが江副のバランス感覚を狂わせる。

江副の業績と撒いた種を吹き飛ばしたのがリクルートコスモスの未上場株の譲渡だ。これは当時の基準では違法ではなく、朝日新聞のスクープの後、江副の辞任を受けて一旦、検察も打ち止めにしたが、不道徳な金儲けはけしからん、という世論に押され、江副の逮捕に踏み切った。ベンチャー経営者はギラギラしている分、いかがわしい。それを大人の観点で止める人が必要だ。グーグルにはエリックシュミットがいたが、日本にはそのセーフティーバーが少ない。現在の感覚からするとコンプライアンスが緩い。それはリクルート側も検察側も同じだ。強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は憲法上も証拠にすることはできない。

著者も、リクルートの撒いた種・NTTの撒いた種がフライしていれば、日本にもGAFAMができていたかもしれない、と指摘する。その真否はともかく、私も2000年代から働いてきて、日本社会の硬直性は痛感する。日本の組織で上に立っている人は、(当たり前だが)地頭がよく経験もある。なかなか若い人は勝てない。そもそも若い人は人数が少ない。この結果、既存組織のつぎはぎによる延命が行われ、新陳代謝が進みにくい。

一方で、リクルートは、自分でやらせる。圧倒的な当事者意識がキーワード。リクルート在籍者・出身者の知人はいるが、これは今のリクルートにもDNAとして引き継がれていると思う。国内企業の中で時価総額現在10位まで大きくなった。HDの新社長も若い。

いかがわしさと脇の甘さで闇に葬り去られてしまったが、日本の昭和・平成史を語る上で、語られることが少なすぎる人物だと思う。必読。


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