見出し画像

2023年マイベストアルバム

2023年に出会った作品の中から10枚を選びました。2023年に留まらず、この先ずっと聴いていくであろう定番になり得る10枚です。近年はそんな"定番"を探す旅を細々と続けているような気がします。


10 V.A.『We Wish You A Merry Christmas』('83)

長らくレコードを見つけたら買って聴いてみようと思っていたクリスマスソング集。細野晴臣によるホーリーなシンセサイザーの独奏から始まって、ムーンライダーズ、越美晴、そして戸川純による「降臨節」へと至るA面が特に素晴らしい楽曲。それを拠り所にして、コンピレーションとしての構成、レコードのプレス品質、ジャケット、インサートの装丁と全てがあるべきところに収まっている。気持ちがいいレコード作品である。
長く暗い冬の夜のために、これからも大切に持っておきたい1枚。


9 Charlie Haden & Kenny Barron『Night and the City』('96)

チャーリー・ヘイデンとピアニストが共演する作品がたまらなく好き。ケニー・バロンと組んだ本作、ハンク・ジョーンズとの『Steal Away』、ゴンサロ・ルバルカバとの『Nocturne』と90~00年代初頭は特に名作揃い。そして、『Nocturne』は2022年、本作『Night and the City』は2023年LP化。
ヘイデンのベースに支えられたピアノのメロディーは、奏者に関わらずその多くが際立ってリリカルなのだ。メロディーはリズムであり、リズムはメロディーである。両者は複雑に絡み合った概念なんだと本作をはじめとする録音を聴くたびに思うのである。


8 ムーンライダーズ『P.W Babies Paperback』('05)

この秋冬の私的アンセムといえばムーンライダーズの「スペースエイジのバラッド」であった。作詞:鈴木慶一 (と長江優子)、作曲:岡田徹のタッグによる、いなたく、いびつで、そしてどこか切ないポップソング。ガチャガチャとした雰囲気を演出しつつも整備されたアレンジ、タメを作りつつ、あっけらかんと響くドラム。オーバーダブの喧騒の中で朗々と歌い上げられる "孤独を知ってる" のフレーズにポップソングの神髄を見た。
ムーンライダーズのディスコグラフィを気まぐれにさらい始めて3ヶ月ほど経つ。その途中経過としてこのアルバムを選びたいと思う。


7 小川さくら『いる』('23)

小川さくらというSSWの作品を特別なものとしているのは、譜割であろう。ギリギリのところで次の言葉にしがみついて渡っていくようなスリリングなそれには聴いていて圧倒されるような不思議な説得力がある。言葉がそれぞれの楽曲の中でしか持ちえないリズムと文脈を得て躍動しているのである。"SSWとは"、"ソングライティングとは"、かくあるべき。このアルバムを聴いているとそんな確信めいたことを思ったりするのだ。
2019年にリリースされた前作『日々』をタイミングの問題で年間ベストとして挙げ損ねてしまっていたから、この新作のタイミングで選ぶことができてうれしい。活動スタイルも相まって知名度と、そのSSWとしてのユニークな魅力が現状全くもって比例していない作家。皆さまもCD買いましょうね。

6 cero『e o』('23)

2023年のマイベストドライブミュージックである。
陽の長い初夏の夕方、片側2車線、広い歩道、だだっ広い空き地が広がる新興住宅地の近所周辺を走るとき、カーステレオで再生するのである。銭湯なんかで一風呂浴びてきた後だとなお良し。『e o』の音楽はエンジン音と、タイヤが路面を踏みしめる音に混じりあいながら、聴いたそばから消えていく。車内や私の頭にはとどまらない。静寂を越える静寂とはこのことか、ふと気づいたような気がして、また車を走らせる。


5 noid『YAMI/YO/AKE』('23)

1曲目の「bluebird」、邦ロックフォーマット一直線というべきギターロックに乗せて

奪われても失っても希望の火を絶やさないで 絶望の淵で やがて来る明日信じて

noid「bluebird」

と歌う。真っすぐな決意のようなものが不思議なほどピュアなものとしてよく届く。実に6年ぶりの夜明けのアルバムである。ラストの「moon」におけるホーンが帰還を告げるファンファーレのように響く。
アートワークを担当し、本作リリースのタイミングで "ダブルリリースパーティー" を行った盟友 三船雅也率いるROTH BARON BARONにおける『HEX』と、noidにおける本作がダブって見えてきてしまうのは私だけだろうか。ROTH BART BARONが2017年に当時3年ぶりの新作としてリリースした『HEX』の1曲目「JUMP」において愚直なエイトビートに乗せて歌われるのもまた、真っすぐな決意ではないか。

僕ら欲張りなんだ 呆れるくらい すべてが欲しいし すべてを見たい 今の僕たちには 悲しんでいる暇はないんだ

ROTH BART BARON「JUMP」

『YAMI/YO/AKE』というアルバムが、noidにとっての『HEX』になりますように。勝手ながらそんな期待をしています。
何よりもまずは金沢周辺のnoid関係者の皆様が無事に日常の生活に戻れることを無力ながら祈るばかりです。


4 くるり『感覚は道標』('23)

くるりが調子がいいということには、何か特別なうれしさがある。
2023年のくるりは明らかに過去何度目かのゴールデン・イヤーを迎えていたように思う。その要因は、ライブと制作のサイクルを初期メンバーのドラムス 森信行を含めてヘルシーに回すことができたから。わたしはそう捉えたい。
あなたは10月に公開された佐渡岳利による『くるりのえいが』を見たか。そこには、音楽を作ること、演奏することの積み重ねをじっくりと追っていく3人だけの一連のスタジオセッションも、また2月に行われた京都 拾得での殊勝のライブ演奏 (「尼崎の魚」「California coconuts」「東京」の3曲) もいきいきと収められている。
そして、12月のアルバムツアー東京公演。新作の「LV69」でスタートして、ラスト "俺ら3人のため" に演奏された「さよならストレンジャー」が全てであったのだ。
「ロックンロール」も「HOW TO GO」も「琥珀色の街、上海街の朝」も「Morning Paper」も「東京」も、この日演奏されたすべての曲が今までわたしがライブで聴いた中でベスト演奏であった。2023年のくるりを想うたびにあの奇跡的な夜を想う。


3 坂本龍一『12』('23)

新幹線、もしくは飛行機で毎週のように移動し続けた1年だった。移動中、頭の中がノイズまみれになったとき、決まってノイズキャンセリング機能のついたイヤホンでこの作品を聴いた。ピアノ・シンセを介して伝わる、もしくはマイクでそのまま拾われた坂本龍一の呼吸と自分の呼吸を比較した。『12』は呼吸と旋律のアルバムだと思った。まずは坂本龍一の呼吸に少しずつアジャストしていく、そして中盤からゆっくりと伸びては呼吸の海に消えていく旋律を追っていく。その時間がたまらなく好きだ。映画『怪物』での使われ方も素晴らしかった。教授、ありがとうございました。


2 Brian Blade『Mama Rosa』('08)

2023年、これはゆっくりと家で聴いたなと振り返ることのできる唯一のレコードかもしれない。ジャズドラマーのブライアン・ブレイドがギターを手にしてフロントに立ち、アメリカ南部の古のフォーク・ブルース音楽を現代に蘇らせたようなオリジナル楽曲を歌い、演奏するアルバムが『Mama Rosa』だ。慌ただしく何かをしながらではその表現のコアを素通りしてしまうような素朴さとさりげなさで構成されたソングライティングであり、演奏であり、録音である。似たような作品はこれまでたくさん聴いたきたような気がする一方で、その実このレコードに比類する作品は全く存在しないような気がしてくる。ジャズドラマーとしてのBrian Bladeのディスコグラフィの中でエアポケットに迷い込んでしまったような、マジカルで魅惑的なレコードなのである。


1 麓健一『3』('22)

2023年に入って早々にBandcampで2011年リリースのアルバム『COLONY』を聴いたとき、すぐにそれが一年に一度あるかないかの "出会ってしまった" 体験なのだと確信した。その後急いで新作『3』のCDを買って旧譜と合わせて毎日のように聴いて今に至る。「幽霊船」という曲にアルバム『3』、ひいては麓健一という作家の魅力が凝縮されているように思う。エレキギターの鳴り・コードの響き、タイム感は寂しく、静謐で、どこか虚ろである。そんなエレキギターの演奏に彼のボーカルや詞世界が引っ張られてくるようなそんな感覚を私は持つ。
7月に大阪の雲州堂で麓健一のライブを観ることができた。彼は一人でスタンドマイクの前に立ち、ルーパーを駆使しながらエレキギターで『3』の楽曲を弾き語りしていた。音源よりもテンポを上げて畳みかけるように進む演奏。ドラムやベース、ピアノといったリズムパートがオミットされているのが抜群に効いていて彼のエレキギターと歌に力づく(でもニュアンスはふわふわと浮遊するようでもある)で引っ張られていくような感覚に、私は本作のコアを体感したのであった。それと同時に麓健一の歌のすごさにも気づかされた。音源よりもつんのめるような歌い方、そして聴こえ方はごくナチュラルだが、極めて精密にコントロールされているような発声は素晴らしくセクシーで格好よかった。"天才"だとしみじみ思った。『3』はまさしくエレキギターと歌の鳴り・コード感のアルバムであったのだ。

わたしの敬愛するyumbo 澁谷浩次さんとの2マン公演、そして共作曲でも大変にワクワクさせていただいた。旧譜の素晴らしい楽曲群も含めて、わたしのこの一年は麓健一の音楽と共にあった。



最後に。そういえば2023年は、Tsuki No Wa『Ninth Elegy』、World Standard『Silencio』、yumbo『鬼火』といった作品が揃ってLP化され、近年の私のリスニングライフの集大成のような一年でもありました。
冒頭に書きました"定番"を探す旅の次なる指針を探すところから、2024年は始めるのがいいのかもしれません。

どうぞお気軽にコメント等くださいね。