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医療と制度⑤⑥ ACPの必要性と課題

ACPの必要性と課題

 今、なぜACP (Advance Care Planning)が必要なのか?
2-3年前から考えるようになった。やっと、自分の腑に落ちる考えに行き着いたので書かせて頂きたい。

 現在の日本の医療・介護の特徴は、一人の患者さんに対して複数の施設が関与することである。私が子供の頃、町医者だった私の父は多くの人の診断から終末期までを父の病院だけで引き受けていた。患者さんは地域の方ばかりであり、その子供や孫まで診ていることも珍しくなかった。そういう医療には、医療者と患者(とその家族)の間に無言の共通理解が存在していて、ことさらに「人生の最終段階をどう生きるか?どういう治療を希望して、何を拒否するか?」という現在のACPで求められることを事前に話し合う必要はなかった。患者の意思が確認できない状況になれば、医師と家族で簡単に相談すれば、大きく間違うことなく対応できたのである。

 しかし、21世紀の医療・介護は大きく様変わりをした。その原因は医療・介護の専門性と分業化が進んだことに拠る。専門性が向上すれば一人の医療者が対応できる範囲が狭まるので、分業化は避けられない。医療だけでも、病院・診療所医療(患者が移動する医療)と在宅医療(医療者が移動する医療)があり、多くの患者がその両方を利用するようになった。そこに老人保健施設や特別養護老人ホームなどの高齢者施設、また認知症対応を目的とした小規模多機能施設などが存在する。一人の生活や人生を支えるために、複数の施設が関わることが当たり前となった。
 複数の施設が関与する場合、あうんの呼吸は通用しない。現在の私達には、有言の共通理解を事前に作りそれを他施設で共有していくことが必要になった。それが、今、ACPが求められている理由なのだと思う。社会は変わった。そこで働く私達も変わらなくてはいけない。

 しかし、私達は正しく変わっているのか、私には自信がない。現在「ACPとして行われている行為」に違和感を持つことが多い。本当に患者さんの希望を叶えるためにやっているのか?医療者の都合の良いように誘導していないか?本当に正しい情報を患者さんやその家族に提供しているか?と感じてしまう事例に遭遇する。そんな時、ACPなんかやらないほうがましじゃないかと感じてしまうことがある。
後半は、私が感じているACPの課題について、もう少し考えを進めていきたいと思う。

 ここまでは日本にはACPが必要であると述べた。ここからは、私が感じている「ACPとして行われている行為(本当の意味でのACPではない)」の問題点について述べたい。

 先日、ある高齢者施設に私の患者さんが入所希望をしたとき、施設からこう言われた。

入所前に、DNAR(心停止したときの蘇生処置をしない)のACPを取ってください。それを記載した書類がなければ入所できません。 

 この発言にはいくつもの本質的な間違いがある。まず、ACPは取れる物ではない。ACPは、患者さんが自分の人生の最終段階をどのように迎えたいか、医療や福祉の専門科が知識を持ち寄って患者さんの思考を支援する(共同意思決定)プロセスである。プロセスをどうやって取るのか?この「取る」という言葉には「“施設で急変して医療対応が遅れたとしても異議を唱えません”いう言質を取る」ことを意味しているのだろう。これは本質的にACPではない。
 また、書類を出すことを求めている。これは自分の将来の医療に関する命令書を意味し、Living Will (LW)という。LWを作成することは1970年代に米国を中心に拡まったAdvance Directive (AD)(事前指示)の考え方の中心的行為である。自分の将来の医療は自分で決め(患者の自己決定)、医療者に対する命令書として書類:LWを策定する。LWは1976年米国カリフォルニア州で法制化され、LWに法的強制力が付加された。しかし、2000年代になってADの問題点が指摘された。医療の専門知識のない患者が自己決定ができるのか?LWを策定した後に患者の意思は変わらないのか?意思が変わっても患者が意思表明できない状態になっていたら、望まない最期を迎えることにはならないか?そういう課題からADに変わって生まれてたのがACPである。従って、「DNAR指示を表明する書類を出せ」という行為をACPと言うべきではない。

 私の周りで本当の意味でのACPが施行されていることは稀だと思う。患者さんのためでなく、医療者の都合に合わせて、ACPをねじ曲げて利用しているように思われてならない。こんなことならACPなんてやらない方がましではないのか?と思うこともある。
 私は思う。ACPをどうしてもやりたいのなら、きちんとACPをやろう。ACPが日本の社会に合わないのなら、偽物のACPはやめて私達独自の方法を見つけるしかないのではないか。

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