医療と制度②③ 在宅医療・ケア提供者の安全を確保するためのワーキンググループ
在宅医療・ケア提供者の安全を確保するためのワーキンググループ
2022年1月埼玉県ふじみ野市において、訪問診療を行っている医師が患者家族に射殺されるという痛ましい事件がおきた。在宅医療に関わる私たちはこの事件を重く受け止め、決して許容してはいけないと考える。この事件を乗り越え、これからも質の高い在宅医療を提供してゆくためには、在宅医療・ケア提供者の安全を確保することが大切である。
2022年8月から、在宅医療に関わる医師や医療・介護スタッフが会員となっている一般社団法人全国在宅療養支援医協会と一般社団法人日本在宅救急医学会が、合同で「在宅医療・ケア提供者の安全を確保するための合同ワーキンググループ(以下、WG)」を立ち上げ、活動を開始した。WGの設立の趣意書が2023年5月29日に確定した(今後、日本在宅救急医学会HPなどで公開予定)ので、全2回にわけて紹介したい。前半は趣意書の中で、私達が考える在宅医療の特性とそれに伴う課題についてである。
【在宅医療の特性とそれに伴う課題】
1.在宅医療・ケア提供者は、利用者の生活と療養の全体を支えることを使命としている
(課題)在宅医療の現場では、より良い療養方針選択のために、在宅医療・ケア提供者は利用者の生活や死生観、経済事情など、私的な情報をも共有する特徴があります。対等で深い対話が可能になる一方で、それぞれに利己的な要望を抱く可能性があります。
2.在宅医療・ケアの場は、利用者宅などの私的な空間であり、時に密室となる
(課題)第3者の介入が乏しく、私的な空間である利用者宅などでは、有事の際に、救援の要請、退路の確保、証拠の保全が困難となる場合が通常です。
3.在宅医療・ケア提供者は、その利用者の看取りまで、責任をもって関わり続ける
(課題)在宅医療・ケア提供者は、疾病等により社会参画が難しくなった利用者が、社会から孤立せず暮らしていけるように支援するための最後の砦としての役割を担います。在宅医療・ケア提供者は、利用者との間にトラブルが発生しても、容易に支援を止めず対話による歩み寄りを続ける傾向があります。その結果として、不本意にも問題が深刻化する恐れがあります。
ここからは、これらの課題を認識した上で、WGが考える、在宅医療・ケア提供者の安全を確保するために検討すべき方針についてお話ししたい。
前述の在宅医殺害事件直後の2022年2月、一般社団法人全国在宅療養支援医協会は在宅医療を行っている医師に対してアンケート調査を行った。その結果、在宅医療を行う医師のうち、患者本人やその家族の暴力行為により身の危険を感じる経験があったと解答する割合は「毎年ある」が5%、「数年に一度」が12%、「一度はある」が23%にのぼった。すなわち、在宅医療を実践する医師の40%に、身の危険を感じる経験があったということになる(島田潔:緊急報告:在宅医療の安全確保に関する調査報告書. 日本在宅救急医学会誌 2022:6:16-19)。
今回は、WGが趣意書に掲げる4つの活動目標について述べる。
【在宅医療・ケア提供者の安全を確保するための4つの目標】
1.在宅医療・ケア提供者の安全が脅かされることの無い仕組みを作る
例)在宅医療・ケアの現場の実情に即した安全管理マニュアルの作成、社会への啓発活動など
2.在宅医療・ケア提供者と利用者間で関係悪化が生じた際に相談できる仕組みを作る
例)中立的立場にある公的機関が双方の意見を聞き積極的に解決に導く制度の構築、弁護士会が主催する法律相談ができる窓口の新設など
3.在宅医療・ケア提供者の安全が脅かされる事件が発生した際に救助する仕組みを作る
例)警備会社の緊急通報システムの改善・普及、被害を受けた時の保険会社による保険商品の開発、警察や弁護士への介入依頼方法の整備など
4.在宅医療・ケア提供者の安全に関する問題の情報を集めて調査、分析する
例)問題を一般化し、予防策や解決方法を検討し、その結果を共有する仕組みを作るなど
2016年の年間訪問診療件数は60万件であったが、2022年の統計で90万件を超えている。これは予想より早いスピードで在宅医療の需要が増えていることを示す。日本の医療に在宅医療はすでに必須であり、在宅医療の充実がない限り医療レベルの維持はできない。日本の医療を守るために、在宅医療・ケア提供者の安全確保は喫緊の問題である。WGは趣意書作成を終え、具体的な提言作りを開始している。今後、公表していく予定なので様々な意見を頂ければ幸いである。
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