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牡牛座7度「祖先の井戸にいるサマリアの女」 #サビアンシンボルのタロットワーク

ルディアによれば「伝統的な過去と未来を指し示す創造的な精神の出会い」の度数です。イエスは宣教の初期に、先祖伝来の井戸でサマリヤ人の女性と出会います。この女性はユダヤ人に蔑まれた部族の出身で、しかも未婚で自分の社会からも孤立していました。そのような女性にイエスは自分がメシアであることを明らかにしたのです。イエスは弟子たちにさえ、これを少なくとも言葉では授けていません。これは何を意味するのでしょうか? キリストの動機を組み込んだアバターとしてのイエスは、古い部族秩序を普遍的な愛に基づく新秩序に置き換えるために来たのです。イエスが変革者であることを明らかにしたのは、古い秩序の代表者たちにではありません。サマリアの女は、愛の促しに心を開き、古い秩序への狭い従属をすでに否定していたので、イエスは自分の役目を明らかにすることができたのです。最も高い者が最も低い者に出会うのは、最も低い者が伝統的なしがらみから解放され、愛に向かって開かれているときです。創造的な未来は、最初に混沌としたものに降り立ちます。

ジョーンズによれば、人間の本質を根底から特徴づける揺るぎない神性の象徴であり、すべての経験を深みまで追求し、自分の存在の最も奥深いところにほとんど無差別に人生を迎え入れる、高次のものに対する本能によって表現されています。キーワードは「覚醒」です。肯定的な場合、この度数は、誠実な自己実現を願っての絶対的な自己提供であり、否定的な場合、達成できなかった永続的な満足の代用品として受け入れられる、堕落した、無責任な不誠実さです。

サビ研でのSUGARさんによると、イエスは6度で架けられた橋を行き来する、土地に紐付かない移動する人物です。訪れた土地の古い権力を相対化、否定し、「ついてきませんか」という言葉は伝統、権威を剥ぎ取る力を持ちます。それを受け入れるサマリア女は、イエスを見抜いたからついていったのではなく、愛に開かれていたからそれができたのです。「この水(井戸)を飲むものはまた渇く。しかし私が与える水を飲むものは渇かない。私の水を飲むものは自身の中で水が湧く」

まとめるとサマリアの女は「古い秩序に属さず、創造的な未来のため愛の名の下に無秩序を受け入れる存在」だと言えます。しかし井戸の方はいくつかの解釈ができそうです。

井戸をどう考えるか?

まず「先祖の」井戸であることから、古い秩序の象徴として見ることができます。そこからは水が湧き出し乾きを癒すことができますが、井戸を使うことにより古い秩序に縛られます。イエスは井戸の水ではなくイエスの水を飲むよう促しているため、井戸はサマリア女にとって去る場所です。

もう一つはジョーンズの言葉から。「すべての経験を追求する深さ」「高次のものに対する本能が、無差別に人生を受け入れる自分の最も奥深いところ」を表しているものとしての井戸です。これはサマリア女がイエスを心の奥深くから受け入れた、その深さの象徴でもあるでしょう。

また牡牛座の4度からここまで、ずっと「穴」が登場し続けているようです。3度「虹の終わりの金の壺」の開口部、これは天と地のつながりから受け取った宝が入る穴。4度「開いた墓の未亡人」の墓穴、虹はもう消え空虚があります。5度「渓谷に架けられた橋」の渓谷、その深淵の穴は橋によって克服されました。3度で天から手に入れたものではなく、人間たちの手で作った橋によってです。

橋も井戸も人の技術によって作られたもの。一方は穴を埋めライフラインをつなぎ、もう一方は穴を堀り地下水を引き出す。そうした6度との対照も見えてきます。橋は「過去の遺産に基づいてグループやコミュニティ全体の力で作られたもの」であり、おそらく井戸もそうですが、サマリア女はそこから離れることになります。「過去の遺産」にはもうこだわりがなく、未来の創造のために無秩序を受け入れるのです。5度で未亡人が空虚によって豊かさを失っていたのに対し、サマリア女は6度で空虚を克服し手に入った豊かさの前にいるにも関わらず、創造的な未来を受け入れそこを後にします。

スプレッド

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1.井戸
2.サマリアの女

井戸は「古い秩序」であり、「過去の遺産によって作られた豊かさ」であると同時に、サマリア女が経験や人生を(あるいはイエスの愛を)受け入れる「深さ」も示します。しかしこれでは複雑なので、単に「古い秩序」として読んでもいいと思います。

サマリア女は「古い秩序に属さず、創造的な未来のため愛の名の下に無秩序を受け入れる存在」です。

イエスのポジションを作ってもわかりやすいのかもしれませんが、そうなるとシンボル名に含まれていない登場人物が出てきてしまいます。サマリア女のカードは創造的な未来であるイエスに出会っている状態、と読んでみます。

リーディング結果

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1.井戸:審判逆
2.サマリアの女:ペンタクルのナイト

審判逆の井戸はもう革命のための力を持っていません。そこにいても環境はもう改革できない。6度で新しく橋をかけたのは人間の進化による大きな変革でしたが、7度の昔からの井戸はもう変革とは言えず、日常や変化しない環境の一部になっています。

経験や人生を受け入れる「深さ」として読むとどうでしょうか。大きな環境の変化を受け入れきれていない様子とも見えます。変革に対してやや抵抗感もあり、とことん深く受け入れているとは言い切れません。もし正位置だったら、なにもかもとことん飲み込む深さを感じられますが、逆位置なのでそこまで飲み込むのは拒否している。しかしそこまで飲み込めるならすでにイエスと同等のレベルに達しているのでは、という気もします。

サマリアの女はペンタナイト、創造的な未来のために、積極的に働く姿勢と能力を持っています。ペンタクルは過去の遺産も大事にするため、井戸を離れつつも、井戸を掘る技術などは持っていくようにも感じます。イエスと出会う前は逆位置で、その頃はずいぶん怠け者だったと読むこともできます。

カード同士の関連

井戸の方が大アルカナなので影響力が強いのですが、逆位置になっているため、正位置であるサマリア女の方がそれを拒絶して進もうとしているようです。革命はもう終わっているので、それよりも次の進化のために働きに行きます。

他の度数との関連

審判逆は牡羊座29度「天球の音楽」で登場しています。変革を起こさないのが宇宙の調和でしたが、これは全体としてみるなら不協和音の一部でもありました。去るべき井戸の審判逆は、この天球の音楽の不協和音から離れていくことにもつながるのかもしれません。

また審判は正位置で牡羊座10度「教師」にも登場します。具体的なものを抽象化し新しい象徴を与える教師は、ものごとをひっくり返すような革新を起こしています。逆位置の審判逆から離れるようにサマリア女を導くイエスは、もしかするとこの教師と同一人物、もしくは似たような人物だと考えてもいいかもしれません。

これで牡牛座に入ってから、ペンタクルのコートカードが勢揃いしたことになります。1度「小川」キング、2度「電気の嵐」の雷クイーンに大地ペイジ逆。クイーンは4度「壺」でまたひっくり返ってしまいますが、ここでナイトにバトンタッチしたようにも見えます。ペイジは牡羊座で何回か印象的に登場していましたが、牡牛座では逆位置化し、成長段階がナイトやキングへ移っているようです。

みなさんのカード

今日もみなさまトライありがとうございます! さびたろ俳句、さびたろ短歌も生まれています!

牡牛座6度

牡牛座5度

サビアンシンボルからタロットのスプレッドやワークを作っています。「そのサビアンシンボルの意味を探る」のではなく、「その度数におけるその人の発達の状態」を読み解く取り組みです。しかし個人の発達状態を通じてサビアンシンボルの元型を透かし見ることもできるかもしれません。このワークについての詳しくはこちら