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ショートショート「ねえ、一緒に落ちてよ」

昼寝でもしようと思って、屋上に続く扉を開くと、先客がいた。
見知らぬ女は、フェンスに寄りかかっていた。あまり背の高くないフェンスだから、今にも落っこちそうに見える。
「ねえ、一緒に落ちてよ。」
女は俺を見るなりそう言った。
「…え、俺に言ってます?」
「当たり前でしょ。他に誰がいるのよ。」
いや、知らないけど。今入ってきたところだし。なんなんだ、この女。
「……いや、ふつうに嫌ですけど。ここから落ちてもたぶん死ねませんよ。痛いのはごめんです。」
そう返すと、女は目を丸くした。
「ここから落ちても死ねないの?」
「俺の友達が言うには、確実に死ぬならビルの15階以上がいいらしいですよ。」
これって自殺幇助になるかな。なったら困るかも。いやべつに困らないかも。
「ふーん。ならやめとくわ。」
女は案外素直にそう言って、フェンスから身を離した。
「なんで初対面の人間と一緒に飛び降りようなんて思ったんですか?」
「躊躇っていたところに、ちょうどあなたが来たのよ。これは一緒に飛び降りるしかないって思うでしょう。」
なるほど。この女は頭がおかしいし、俺はタイミングが悪かったらしい。そういえば今日、双子座は占いで最下位だったような気がする。明日から真面目に聞こう。
「それより、なんで飛び降りようとしてたかは聞かないの?」
女は不思議そうに言った。
「まあ、生きてれば屋上から飛び降りたくなる日もありますよね。」
俺は適当に返事をした。既に昼寝を邪魔されているのに、不幸な身の上なんて語られたらたまったものではなかった。

そこで会話は途切れた。
授業をさぼってこんなところにいる俺たちは、きっとこれからもろくな人生を送らないだろうな、と思いながら空を見上げると、飛行機が飛んでいた。
「墜落すればいいのに。」
俺がそう呟くと、女は目を見開いた後、大きな声で笑いだした。
「もしここがビルの15階だったら、あなたは私と一緒に落ちてくれた?」
笑いすぎたのだろう、涙を拭うような仕草をしながら、女はそう問いかけた。
「さあ、どうでしょうね。」
俺は彼女に背を向けて、扉の取っ手に手をかけた。
空には飛行機雲が浮かんでいた。

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