「私と彼の始まりと終わり CASE.1」
告白は三度目のデートの帰りがけだった。
もう少し時間良い？と言われて、特に急いでもいなかったので了承した。
ちょっと歩こうか、と促されて夜景の綺麗な場所へ移動した時「あ、これは」と思ったのを覚えている。まぁデートも三度目だったのでそろそろだろうなとは思っていたけれど、意識すると途端にドキドキとしてくる。
彼がベンチに座り、私は何だかその隣に座れなくって立っていた。
暫くの沈黙の後、彼が「好きです」と私に言った。その途端に顔が熱くなって、ごにょごにょと意味不明な言葉を並べた後に「私も好きです」と返した。その後、「よかった」と脱力する彼に笑って、初めて手を繋いだ。お互いちょっとだけ手が震えていて面白かったのを覚えている。彼の骨ばった手が私の手を撫でるのがくすぐったかった。
付き合っての初めてのデートは水族館へ行った。
ゆっくり魚が揺れるのをみながら、綺麗だね、とか可愛いね、とか話していたら、彼が何かを思いついたように「あー」と声を上げたもんだからどうしたの？と聞いたら「今日の夜、魚……」と呟いた。お魚が美味しいお店を予約してくれていたらしい。「え、やった！」と何も考えず答えたら、「だってこんな風に魚みたあとに魚食べるってさ……いいの？」と問われたので「私、豚みながらソーセージ食べたことあるよ」と答えたら彼が笑った。
ある日の夜、ドライブ行かないか？とメールが来た。二つ返事で「いいよ～」と答えて彼の車に乗り込むと、彼が肩にもたれかかって来た。どうしたどうした、と聞いても返事はなく、私は彼の柔らかな髪をぽんぽんと撫でる事しか出来なかった。でも、彼が言葉に出来ないほどの辛さを身の内に抱えている時に側にいることを許してもらえてるんだな、と少しだけ安心した。暫くすると「元気が出た」と笑う彼が車を動かして、2時間ぐらいドライブして帰った。その時に話した内容はあまり覚えていない。二人してたくさん笑ったことだけは覚えている。
彼と私の誕生日がほぼ一週間違いだったから、真ん中バースデーってことで5月21日にちょっとお高いディナーでお祝いすることにした。もちろんお互い誕生日プレゼントを用意して。私は本革の定期入れを、彼は綺麗なグラスを互いに渡しあった。ワインで乾杯して、おめでとうって言いあって、美味しい食事と好きな人で満たされた時間は幸せだった。
それから色々な場所へ遊びに行った。温泉、遊園地、プール、お城とか神社とか、映画も一緒にたくさん観たし、お互いに好みの服を着せ合ったり、色んな時間を共有した。その度に彼と一緒に過ごせることが嬉しくて、好きだということを実感して、幸せになった。
幸せ、だった。
2年を過ぎる頃には、お互いへの気持ちが薄れ始めていることは明白だった。デートは減ったし、連絡の頻度も減った。一緒にいる時間も何だか落ち着かなくなっていって、いつの間にか「楽しくしなきゃ」って不安でいっぱいな時間に変わっていってしまった。彼のことを嫌いになったわけではない。彼も私を嫌いになったわけではない。好ましい。だけど。という話だ。
なのにすぐに別れなかったのは、お互い「恋人がいる」という安心感のためだった。互いにそこそこの年齢だから、その安心感は得難いものだった。手放すには惜しかった。愚かなことに、私達はそういうところが似ていた。ずるずると、そのまま1年付き合った。
ただ、恋人がいる。というだけの1年だった。
別れは唐突だった。ある日、彼から「もし俺が転勤になったらさ、ついてきてくれるか。」と問われて、言葉に詰まった。それが全ての答えだった。何か言わなくては、と思いながらも何も言えない私の顔をみて、彼は寂しそうに笑った。「ごめん」と小さく呟くと「いや、俺こそごめんな」と彼は言って、二人して暫くの間キッチンの側で黙って床や壁を見つめた。
「寝ようか」と彼が言って、頷いた。私はズルいから背中合わせの向こう側の彼の寝息を聞きながら泣いた。傷付いた気持ちになるなんて、なんて自分勝手なんだろうと自己嫌悪に陥った。
「遠距離でも大丈夫だよ」って直ぐに言えたのなら、「ついていくよ」と迷わず言えたのなら私達は終わらずに済んだのだろうが、……いや、違う。私がそう答えないことを知っていて、彼はあんな問いを投げかけたのだろう。ズルいやり方だ。でも、お互いさまだ。それをさせたのは私なのだから。
こうして彼との3年間は終わった。
幸せな時間と、寂しい最後が今でも時々脳裏にチラつく。
例えば彼からもらったグラスで一人お酒を飲んでいる時とか。
私が彼にプレゼントした定期入れは、とっくにくたびれて捨てられてしまっているだろうか。そうだとしても何の感情も湧かない自分に、あぁ本当に終わってしまったんだなと実感させられる。
そんな、私とKくんの話。
※アカウント新設に伴って昔書いたものをお引っ越しさせました！！
前の記事にいいねしてくださったみなさまありがとうございます！！
引っ越しにあたり少しだけ書きなおしました。キャラ名は伏せます。
あーーーーー妄想エッセイ楽しーーーーーーーー！！！！！！！！！